第20話 お外で更生ミッション

 週末の日曜日。

 僕が一番最初に時計台に着いたようだ。今日も周りはカップルだらけ。


 しばらくしてオドオドした足取りの少女が近付いてくる。白トレーナーにオレンジのオーバーオール型ロングスカート。


「こ、こ、こん……にちは」

「柿坂さん、どうもです」


 初めて見る私服姿の柿坂さんが僕の勧めで隣に座った。


 しばらく無言のまま時が過ぎると、いつも通りのロングスカート女子とジーンズ女子の腕組みカップルが歩いてくる。いつも通りだが、いつ見ても映える。


「おっ、柿坂さん、可愛いじゃん」


 柊さんが褒めると少しだけ頬を緩ませて、


「えーー、小学生みたーーい」


 松葉さんが貶すと肩を落とす柿坂さん。


「最低」


 柊さんの指摘を無視して松葉さんが切り出す。


「それでは発表しまーす! 題して、ひとりでテイクアウト作戦~♪」

「あ、それは何となく分かる。ひとりで四人分買って来るってことでしょ?」

「まあ、そうだけど、普通にやっても面白くないから条件を付けましょう。イケメン店員を選んでね♪」


 わざと男性店員から品を受け取るということか。

 いやしかし、柿坂さんは男性嫌いなのではなく、ひとが苦手だったはずだが、何故にイケメン店員推しなのか。


「いや、イケメンである必要なくない?」

「助け舟が出た時用だから。あたしが颯爽と助けて好感度を上げて、イケメンをテイクアウトするの」

「最低ー」




 松葉さんチェックから導き出されたイケメン率高しのハンバーガーショップの近くに置かれた席に僕たちは座っている。遠くからでも分かる推しの多さ。客がほぼ女性であることに納得させられた。


「あんたのチェック、凄いわ」

「でしょ~♪ うちの犬が霞んじゃ~う♪」


 僕を見て松葉さんが言ってきた。

 ジミメンと比べられても劣る僕があんなイケメン揃いに勝てるわけがない。そんなことは知ってます。


「でも、眼鏡取ったら――」

「しーーっ!」


 柊さんの言葉を、人差し指を自分の口に当てながら制止させる松葉さん。

 眼鏡を取ったらなお一層底辺だと言いたいのだろう。


「そんなことより、あの様子じゃあ買えませんよ?」


 柿坂さんが購買と同じ状況に陥っているので言ってみた。

 それを見て、素直に立ち上がる松葉さん。


「ここは、あたしが」

「あんた! テイクアウトしたいだけでしょ!」


 そんな時だった。

 皆の最推しみたいなイケメン店員が柿坂さんに手を差し伸べる。その様子に多くの女子が横へ逸れ、注文を受けてもらえるようだ。


「やるじゃん」

「ああいう洋服アリなのか……?」


 喜んでいる柊さんの横で、顎に手を当てて思案している松葉さん。何かを学習しているようだ。


 無事に四人分買えたらしく、トレイを持ってこちらへやってきた。


「か、買え……ましたっ」

「偉い偉い♪」


 柊さんが立ちあがり、柿坂さんの頭を撫でてあげている。柿坂さんも嬉しそうだ。


「ねえ、胸の名札チェックした?」

「え!? し、し、して……ません」

「チッ、データは取れず、か」

「そっちッ!? 褒めなさいよッ!」

「あー、おめー」

「雑ッ!」


 無事に買えた商品を机に広げて食事をする。

 しばらく食べ進めていると、


「くふふふ」

「なに? どしたの、美月?」


 急にクスクス笑い出す柊さん。


「愛莉、ほっぺにソース付いてる」

「えっ!? どこよ!?」


 見ると、中庭で柊さんが付けていた場所と似たところに黒ソースが付いていた。一向に取れないでいる。

 近くに置かれた紙ナプキンを手にして、


「僕が取りますよ?」

「はあ!? い、要らないって!」

「ふふ、取ってもらいなよ?」


 必死に場所を探している松葉さん。こんなチャンスは滅多にないと感じた僕は積極性を見せて紙ナプキンで拭いてみる。


「ひあ……っ!」


 あまりのことに動揺したのか、大きく目を開けて真っ赤になる松葉さん。こんな表情は初めて見た。


「ごちそうさま~♪」


 まだ食べ終わっていないのに柊さんがそう言うと、


「こ、こ、このクソ犬ッ! 勝手に何してんのよッ!」

「す、すみません! 早く取ってあげたくて」


 中庭での柊さんの時とは全然反応が違った。何故に怒られるのだろう。拭かないと不便なのに。


 食べ終わった時、柿坂さんが白い粉薬を飲んでいた。


「あんた、どっか悪いの?」

「え、べ、べ、別……に」


 自分から言い出しそうにないので、僕らはそれ以上は聞かなかった。




 次にやってきたのはゲームセンター。

 その中にあるUFOキャッチャーという機械の前にいる。遊びを知らない僕は初めて見る。


「あんた、どれが良い?」


 松葉さんが柿坂さんに聞くと、震える手で白兎を指差していた。

 そう言えばハンバーガーショップからここへ来るまで、何度かぬいぐるみを抱える子どもを目にしたが、その度に柿坂さんが食いつき気味だったことを思い出す。


「じゃあ犬、取りなさい」

「ええぇっ!? 僕ですか? こういうところ初めてなので操作も分かりませんよ」

「うちらもあんま来ないよね? コレ、横と奥に移動するだけ?」

「分かんないけど、ボタンのマークじゃあそうじゃないの?」


 四人とも未知の世界なら男の僕がしっかりしないといけないと思い、


「分かりました。僕がやります!」


 そのあと後悔した。この粋がりによって二千円を失ったから。


「お、お、お金……は、は、払い……ます」

「大丈夫です。僕から柿坂さんへのプレゼントです」

「あ、あ、あり……がと」




 そのぬいぐるみを僕が抱えて移動すること十五分。着いたのはネットカフェという場所だった。


「こんなとこで何すんの?」

「良いから良いから」


 四人で入り、松葉さんが受付を済ませる。

 僕から白兎を奪い取った松葉さんがそれを柿坂さんに渡す。


「あんたの部屋だけ取ったから、今から三十分、個室でこの子としゃべってきて」

「え!? は、は……い」


 言われるままに、告げられた番号の部屋へ柿坂さんがひとりで歩いていき、中へ入ったようだ。


「よし、行くわよ」

「え? どゆこと?」


 その場で軽く説明されたが、どうやら柿坂さんの隣の部屋も同時に取ったらしい。そこへ三人で潜伏し、耳を澄ますことで一人の時にどんな様子なのかを確認できるという寸法らしい。

 そろりそろりと移動して扉を開けたのだが、異様に狭い。なにせ一人用に三人で入るのだから。牛ぎゅう詰めになりながら声を潜めて境の壁に耳を付ける。


『……なりたい』


 小さな声だがハッキリと聞こえてくる。


『みんな……優しい。三人みたいに……なりたい』


 いつもよりも流暢な気がする。人の目を気にしなければ少しばかり平気らしい。


『ああ言うけど……悪くない。絶対……良いひと』


 ああ言う、とはどういうことだろうか。


『ダメって言うけど……ほしい。友達……作りたい』


 ダメとは一体。誰から言われるのか。


 その時だった。


「ひあ……っ」


 少しだけ体を移動させると、右肘に柔らかな感触があった。


「痛ッ!」


 突然、隣の松葉さんが真っ赤な顔で頭をはたいてきた。その痛みで声を出してしまう。

 柿坂さんにはバレなかったらしいが、松葉さんの怒りは収まらなかった。




 最後に向かったのは公園。

 椅子に座る柿坂さんの前に、白兎を自らの顔の前に掲げる松葉さんがしゃがんでいる。


「え!? え!?」

「どしたのぉ、ボク、シロたんだよぉ。さっき、しゃべっただろぉ?」


 松葉さんがいつもと全然違う声色で演じる。


「は、はい! しゃべり……ました!」


 僕と柊さんが柿坂さんの後ろから様子を窺う。


「じゃあさ、教えてよぉ。キミはひとりで居たいのかい?」

「ち、違う。……みんなと、居たい、です」

「みんなは性格も違うし、居ると辛いんじゃないのぉ?」

「そ、そんなこと、ない、です! みんな、優しい……好きです」

「そっかあ。みんなとはどうなりたいんだい?」

「と、友達に、なりたい……けど」

「けどぉ?」

「友達に、なり……たい……のに」


 泣いているのだろう、どんどん震えていく声に違和感を覚えた松葉さんがぬいぐるみを下ろした。


 その時、突然着信ベルのようなものが公園に響いた。


「はっ……い、今」


 柿坂さんが辺りを見渡し始め、


「五時……過ぎて」


 悲愴な顔でそう言った。

 すぐに鞄から携帯を取り出して、少し離れたところで会話をしている。


「す、すぐ帰る、ので。ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 ずっと謝る言葉を連呼していた。

 僕らはただそっと見守ることしか出来なかった。

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