悲壮感漂うシャンプー

シャワーの温かさにらすため後ろ足にシャワーを当てながらライア姉にたずねる。


「アミィちゃん、外で待ってるけどいいの?」


 ガラス越しだと声が届かないから、アミィちゃんは見てるだけになる。


「これを耳に付けなさい」


 ライア姉から遠距離会話が可能になるイヤリングを渡される。

 受付にいるレイ姉と連絡を取るためライア姉が付けてるものだ。

 ガラス向こうのアミィちゃんの耳を見るとイヤリングを付けている。


「姉さんなら大丈夫だから安心なさい。それにシャワーの時だけよ」

「わかった」


 シュネはイヤリングを付けて、刻印に魔力を込める。


「アミィちゃん聞こえる?」

「! き、聞こえます! ガラス越しに話せるなんて……変わった道具ですね」

「そうなの? 都会には遠距離の人と連絡とれる水晶があるって聞いたことあるけど?」

「小型で、しかも声だけを届ける道具は初めて見ました」


 そうなんだ。というか声だけでなく姿まで届けられる水晶の方がすごいと思う。


「それじゃシャワーの説明をしていくね」

「お願いします」


 シャワーを手に取り魔力を込める。すると人肌ほどの温かいお湯が出てくる。


「ここは温泉が湧いているのですか?」


 立ち昇る湯気を見て温泉を使っていると思ったらしい。


「違うよ~。刻印魔法で温めた水を出してるだけだよ」


 このシャワーもイヤリングもレイ姉が作り、ライア姉が刻印を施した物だ。

 刻印魔法とは、少量の魔力を込めると、刻印に記された事象を起こすことができる特殊な魔法だ。

 イヤリングの場合は、『発した声をイヤリングに取り付けてある宝石に集音し、それを同様の刻印が施されたイヤリングの宝石に転送して、その宝石を振動させる』刻印を施すことで声を届けることができる。

 行程が複雑になるほど大量の魔力を消費して刻印を施さなければならない。

 温水のシャワーとなるとかなり複雑だ。

『貯水タンクにある水を給湯器に流す刻印。給湯器の水を熱する刻印。熱が籠らないようにを空気を循環させる刻印。給湯器からシャワーへお湯を流し、その温度や水量を調整する刻印』これらを連動させるための刻印が施してある。

 生まれつき魔力量が多く、繊細な魔力の扱いが得意なライア姉だからこそできる芸当だ。

 そもそもこんな複雑な最初に思いつき、作ったのは祖父母だ。――一体どんな人達だったのだろう?


「まず後肢の方からお湯を掛けていくの」


 シャワーの仕組みについて聞かれる前に本筋に戻す。


「注意点としてはシャワーヘッドは体に密着させて濡らしていくの」

「それはどうしてでしょうか?」

「遠くからお湯をかけると水圧にビックリしちゃうからね」

「なるほど」

「んで、やさしく撫でるようにしながら、お尻の方を濡らしていき、背中から胸。胸からゆっくりと顔の方に移動させるの」


 シャンプーするときにしっかり泡立たせれるように満遍まんべんなく体を濡らしていく。

 しかしシャワー室に入る前のルーちゃんはどこにいったのか、心地よい温かさに目を細めている。


「気持ちいい?」

「「クーン」」

「そうかそうか。じゃあライア姉」

「わかったわ」

「「せーの!」」


 ライア姉と同時に顔にシャワーを当てていく。

 

「よしっと……多頭の動物の場合は頭をひとつずつ当てていくと、別の頭にシャワーを当てようとしたとき嫌がることがあるから同時にやるといいの」

「へぇ~、ではふたつ以上頭がある場合はどうするのでしょうか?」

「う~ん、レイ姉含めて三つまでかな。まぁ頭にシャワーを当てる時は少ない回数でサッと済ますのがいいね」

「それにしてもルーちゃん……だいぶスッキリした体形になりましたね……」


 体毛がお湯に濡れてシュッとして、本来のボディラインがあらわになり、どことなく悲壮感が漂う。


「これがオルトロス用のシャンプー」


 ガラス向こうのアミィちゃんにシャンプーを見せる。


「レイ姉が調合したシャンプーで、オルトロスの皮膚と毛質に合わせてあるの」


 そう言いつつ適量を手に出して泡立てていく。


「シャンプーもお尻の方からね。強く擦りすぎると皮膚を傷つけるから優しくマッサージするように洗うの。んである程度泡立ったら肛門腺こうもんせんを絞る」

「こーもんせん?」


 尻尾を持ち上げて「ここ」とルーちゃんのお尻の穴に指を差す。


「お、お尻の……」


 アミィちゃんの頬が赤くなる。

 シュネ達は見慣れているし、言い慣れているから恥ずかしくもないが、――これが普通の女の子反応なの? もしくは箱入りだから?


「えっと、肛門の少し下の左右に肛門腺液こうもんせんえきっていう分泌物ぶんぴつぶつ内包ないほうされている袋があって、それを絞り出してあげるの。通常はウンチと一緒に排泄はいせつされるんだけど、まれに出にくい子がいるの。この腺液が溜まったままだと炎症を起こして、ひどいとお尻の皮膚が破けるからちゃんと絞ってあげないとダメなの」

「皮膚が……とても大事なことなんですね」

「そう。すっごい大事なこと。でもすご~く臭いから飛び散らないようにてのひらで肛門周りをおおってと……」


 親指と中指で肛門の少し下を探ると左右にドングリくらいの大きさのぽっちがある。

 それを奥から押し出すように絞ると、掌に分泌物か勢いよく当たる。――さすがに見せるのはやめておこう。くさいし。


「少し溜まってたけど大丈夫そうだね」


 ルーちゃんに付いてる泡を少しもらって手を洗い、ついでににおいも落とす。

 肛門腺を絞り終えるとライア姉が首から顔の部分を残してほぼほぼ洗い終えていた。


「オルトロスは首と首の間が汚れやすいからここはしっかりと泡立てて洗うの」

「なるほど」

「うぁっと――」


 気持ちよかったのかかゆかったのか、急にシュネのお腹に頭をこすりつけてきた。


「うへぇ……お腹辺りがびちゃびちゃだ……こいつめっ!」

「はふっはふっ」


 シュネは「お返しだ!」とわしゃわしゃと首周りを揉み洗う。


「よしっと」


 首を洗ったら最後は顔だ。

 右の顔はライア姉に任せて、左をシュネが洗う。


「目や耳の中に泡が入らないように後頭部辺りの泡を手に取って、そんなに泡立てないように顔を洗っていく。この時に目ヤニも取ってあげるといいね。んで口端くちはしから鼻先までのことをマズルっていうんだけど、このマズルをいきなり触るとびっくりするから顎下から徐々に洗うの」

「あの……泡を舐めたりしても問題ないのでしょうか?」

「口にしても問題ないけど、沢山舐めるのはあんまりよくないからサッと流していくよ」


 シャワーを手に取り再度魔力を込めてお湯を出す。


「今度は頭からお尻に向かって泡を流していくの」


 アワアワルーちゃんから悲壮感ルーちゃんに戻っていく。


「次は汚れと一緒に洗い流された体毛や皮膚の保護膜をトリートメントでケアするの」

「これもオルトロス用に作られたものですか?」

「そうだよ~」


 シャンプーと同じようにお尻から顔に掛けてトリートメントをして、顔からお尻に向けて軽く洗い流していく。


「よしっと。これでシャンプー終了だね。次は……」

「はい、タオル」


 ライア姉からバスタオルを受け取ってルーちゃんに被せる。


「次は毛を乾かす作業だよ」

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