第9話
光が、思わぬ形で万帆の過去を知ってしまった頃。
瑞樹は、悶々としながら作戦を考えていた。
ちょうどこの日、瑞樹は倭文泉が光を誘惑しようと、体を密着させて歩いている姿を目撃していた。作戦は失敗に終わったようだが、自分も何かアクションを起こさなければ、置いていかれるという自覚はあった。
瑞樹にとって最後のカードは、万帆の過去の事件である。
当時、女子グループの中心にいた瑞樹はその騒動のことを全て知っている。そのネタを元に光へ迫るしかないと思われた。
この話で盛り上がって、ある程度光と仲良くなれたら、倭文泉のように、色仕掛でもなんでもするしかない……
瑞樹はそう考えて、意を決した。
翌日。
瑞樹は、光を家庭科準備室へ呼び出した。
「話とはなんだ」
光が入ってきた時、瑞樹は昨日とは雰囲気が違う、と感じた。
もっと絶望している感じをイメージしていたのだが、少し明るくなっているような気がしたのだ。瑞樹にとってはいやな予感だった。
「あのね……万帆ちゃんの昔話、知りたいでしょ?」
「ああ、それなら昨日聞いたぞ」
瑞樹は、椅子から転げ落ちそうになった。
「えっ? 誰から聞いたの?」
「万帆さんの弟の翔太と偶然仲良くなって、教えてもらった」
「万帆ちゃんの弟と? そ、そうなんだ、ふーん」
「話はそれだけか? その件はもういいから俺は帰るぞ」
「ちょ、ちょっとまって!」
慌てて瑞樹は、光の知っている内容を詳細に聞いたが、自分が知っている事実とおおむね同じだった。
「それで……万帆ちゃんはどうだった? ショック受けてなかった? この高校では誰にも知られてない話よね」
「ああ。確かにかなりショックを受けていたようだが、それでも俺は変わらず万帆さんのことが好きだと伝えておいた」
ヘロヘロの球を投げたらスカーン、とホームランを打たれたように、瑞樹はノックアウトされた。
「今日も翔太とキャッチボールの約束があってな。悪いが、これで」
これ以上光を止めることはできず、この場は解散となった。
* * *
直後、瑞樹は美帆を駅前のカフェに呼び出した。
「ちょっと! どうなってるのよ!」
「うーん、わたしも予想外なんだよなあ。まさかしょーたんと山川くんがあんなに相性良くて、お姉ちゃんとの関係まで変えちゃうとか思わなかったもん」
「それで、万帆ちゃんはどうする気なの?」
「わかんない。まだ機嫌治ってないみたいだよ。瑞樹ちゃん、中学の頃は仲良かったんだし背中押してあげてよ」
「そんなことしたらわたしが山川くんと付き合えないじゃないの!」
「あー、そういえば瑞樹ちゃんも山川くん狙ってるんだよね。でもそろそろ諦めたら? 山川くん、ほんとにお姉ちゃんのことしか考えてないよ。多分わたしの彼氏の赤尾くんより一途だよ」
「ぐぬぬ……」
「さすがの瑞樹ちゃんでも、これ以上作戦ないでしょ」
「……仕方ない。最終手段を使うか」
「最終手段……?」
「あんたも来る?」
「なんか、すごく行きたくない感じがするんだけど、それってお姉ちゃんも行くの?」
「そうね。万帆ちゃんに仲が良いところを見せつけて、諦めさせるしかないもの」
「うーん。行けたら行くわ」
* * *
寒い冬は終わり、春休みが迫っていた。
この時期、来年の一学期の始業式直後に生徒会長選挙があるため、瑞樹と泉は特にバタバタするはずなのだが、春休み中にできる選挙活動は特になく、時間はあった。
そうして、瑞樹は動き出した。
終業式の日の午後、瑞樹は泉、万帆、美帆、光の四人を駅近くのカフェに集めた。
「生徒会長選挙に向けた、合宿をしようと思うの」
事前にこの動きを聞いていたのは美帆だけだった。皆が驚く中、ははあ、強引だなあ、と笑っていた。
「わたし、生徒会じゃないんですけど……」
「俺もだな」
光と万帆は、話についていけないという感じだった。なおこの二人の関係、三学期中は結局、特に進展することはなかった。
「生徒会選挙はスタッフがいつもより多く必要だから、ふだん生徒会じゃない人にもお手伝いをお願いしてるの。今回はその前準備を、仲良くしてる山川くんと万帆ちゃんにお願いしたいの」
「えー、じゃあわたし他校だし関係なくない?」
「あんたはお茶くみよ」
「ひどーい」
確かに、美帆まで巻き込むのは強引だった。瑞樹はかなり強めに美帆を睨んで黙らせた。
「それはたしかに、春休み中にまとめておく必要があるわね」
生徒会の仕事を理解している泉は納得していた。
「でも、合宿までする必要あるかしら? 数時間説明すれば――」
「大事な選挙を失敗させないためには、スッタフの団結が必要なのよ! 一宿一飯を共にして団結力を高めるのよ」
「そ、そうなのかしら……?」
瑞樹の強引な提案に、泉はあまり納得してなかった。瑞樹の目的を考えれば、泉は不要というかむしろ邪魔なのだが、生徒会選挙のための集まりというロジックを成立させるため、泉を抜く訳にはいかなかった。
泉が納得するか、最初は微妙だったが、
「山川くんは来れる?」
「ああ、春休みは特に、大きな予定はない」
「だって。倭文さんどうする? 忙しいなら来なくてもいいけど」
「行くわ」
こうすれば即答だった。
「場所はどこだ? あまり費用がかさむと難しいが」
堅物な光らしい心配だった。
「大丈夫! 私の親戚のおじさんがやってる旅館を使うから。ここから電車で二時間くらいかかるけど、電車賃と食事代くらいのお金があれば大丈夫よ」
「そうか。それなら大丈夫そうだな」
「これで決まりね! 春休みは合宿するわよ!」
こうして、瑞樹の最後の戦いが始まった。
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