第17話

 万帆から距離を置こう、と告げられた日の、翌日の放課後。

 光は、最早駆け込み寺となっている瑞樹のもとへ、相談しに行った。

 家庭科準備室にて、光は最近起こったことを、淡々と報告した。


「ふうん……それはおかしいわね……」


 瑞樹は特に驚かなかった。むしろ落ち着き、冷静に考えているようだった。光は少し違和感を覚えたが、気にしていられる状況ではなかった。


「何か悪いことでもしたの? 心当たりは?」

「ない。その日も、手編みのマフラーをプレゼントしてくれたばかりだったのに、こう急に態度を変えられるとわからない」

「えっ、そのマフラー手編みなの!? す、すごい……」


 瑞樹は光からマフラーを勝手に剥ぎ取り、自分の首に巻いた。


「しゅごい~愛がこもってる~」

「おい、やめろ。それは俺のだ」

「はいはい。でもこんなの作ってくれるなんてすごいわね。まだ付き合ってもないのに、告白されたようなものじゃない」

「そう、なのか? そのようなことは何も言っていなかったが」

「あ、そう……一応言っとくけど、あんた、何かお返し考えときなさいよ」

「もちろんお返しはするつもりだ。しかし、それにしても会う機会がないから、渡すことができない。一体どういうつもりなんだろうか」

「そんなに焦らなくていいじゃない。付き合ってる子たちも、テスト期間中はLINE禁止とかしてる子、結構いるみたいよ。山川くんもテスト勉強しなきゃいけないし、万帆ちゃんの邪魔はできないでしょう」

「それもそうだな……待つしかないか。すまないが、お前ともテスト後までは近寄らないようにしておく」

「えっ? なんで?」

「万帆さんが、この前――」

「ぶっ、何その万帆さんっていう呼び方、普通に万帆ちゃんとか呼びなさいよ」

「……いいから聞け。万帆さんが、俺に対して『他の女の子と会っていないか』と聞いてきた。おそらく俺とお前が会っていることを感づかれたのだろう」

「えっ、そう、なの」


 瑞樹は棒読みだったが、光は気にせず続ける。


「実は、福永も気づいていたんだ。学校で人気のあるお前と不用意に近づくと、お前を狙っている男子たちから嫉妬されるぞ、と警告された。だから、これ以上万帆さんとの間にトラブルを起こさないためにも、お前との相談はしばらく封印する」


「えええええっ、何それ何それ」


 ここで瑞樹は、この日初めてまともに驚いたのだが、光にはいちいち瑞樹の表情を伺う余裕がなかった。


「どうしても相談したい時は、LINEで送る」

「そ、そう、私もしばらく山川くんには近づかないでおくわ」

「そうしてくれ」


 光が家庭科準備室を去った後、


「あのバカ、何勝手な設定加えてるのよ……」


 とても恨めしそうに、瑞樹が一人つぶやいた。


* * *


 万帆は、光と仲直りした翌日あたりから、ずっと悶々としていた。

 自宅にて、美帆にとある写真を見せられたからだ。


「ねえ見てお姉ちゃん! これ!」


 どうせしょうもないTwitterで拾ったネタ画像だと思ったら、光と、同じ高校の制服を着た女の子が並んで歩いている写真だった。


「えっ……」


 万帆は、堅物の光が、同時に複数の女の子と交流を持てるとは、とても思えなかった。


「山川くん、この子に猛アピールされてるらしいよ」

「この子、誰なの?」

「わかんない。わたし、青高の子はほとんど知らないし」


 写真に映っている女の子は、美帆が演劇部にいるパソコンオタクの男子に依頼して、美帆が隠し撮りした光と万帆のツーショット写真をもとに、女の子の体型や髪型を変えたものだ。つまり女の子は架空の存在。ちなみに、瑞樹とは似ていない。


「誰から聞いたの?」

「瑞樹ちゃん」

「そ、そうなんだ……」


 リビングのソファで話していた二人だったが、万帆が部屋に戻り、ベッドの枕へ顔を埋めてふて寝を初めてしまった。


「ちょっとー! お姉ちゃんがそんな様子だったら、山川くん、この子にとられちゃうよ」

「知らない」

「告白しちゃいなよ」

「……」

「まだ中学の時のこと、根に持ってるの? あの時みたいなことにならないように、すぐ返事してもらえばいいじゃん。山川くんなら二つ返事でオッケーだよ!」

「……」

「わたしも手伝うから! 瑞樹ちゃんにも頼んで、告白の雰囲気作ってあげるから」

「……それは邪魔」

「ひどっ!」


 こうして、万帆は美帆の策略により、どんどん追い詰められていたのだ。

 ちなみに、テスト前に万帆が光と距離を置くことにしたのも、美帆の助言によるものだった。美帆は「しばらく離れて、気持ちを改めたほうがいいよ」とそれらしい事を言っていたが、実際には、美帆が万帆にテスト勉強を手伝ってもらうため、光から引き離したのだった。


* * *


『あんた、やってくれたわね』

「えー、何が?」

『私が山川くんとこっそり会ってること、万帆ちゃんにバラしたでしょう』

「えっ、そんなこと一言も言ってないけど」

『そうなの? じゃあ、山川くんにアプローチしてる女の子がいる、っていうのは?』

「わたしが合成写真で適当に作っただけだよ」

『あんた、時々とんでもない大嘘つくわね……』

「お姉ちゃん相手だからね。ってか、瑞樹ちゃん、山川くんと会ってることバレたらそんなにまずいの?」

『べ、別にまずくないわ。同じクラスだし、ちょっとくらい話していてもおかしくないもん』

「ちょっとくらいじゃないよね、たぶん」

『……』

「瑞樹ちゃん、やっぱり山川くんのことが――」

『そんな訳ないでしょ! で、万帆ちゃんはどうなの?』

「うん。わたしの作戦通り、テストが終わったら告白するみたい」

『万帆ちゃんは、告白できそうなの?』

「わかんない。当日になって逃げるかもしれないし。まだ根に持ってるみたいだよ、中学の時のこと」

『ふうん。多分、上手くいかないわね。あの時のトラウマのせいで、性格まで変わっちゃったんだから』

「わたしはお姉ちゃんに自信を取り戻して欲しいんだけどなあ。告白、手伝っちゃだめ?」

『駄目。私のためよ』

「おにー、あくまー」

『なんとでもいいなさい。告白の日程がわかったら、また連絡して』

「はいよー」

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