学校一の美少女が自分の体操着をくんかくんかしていたところを目撃してから高校生活の全てが狂った男のラブコメ
瀬々良木 清
第一章
第1話
山川光は、どこにでもいる、平凡な高校一年生の男子。
……と言いたいところだが、残念ながら生まれ持った体格の良さのせいで、そうとは言えない。中学の時に一九○センチを越えた身長、それに見合った肩幅と全身の筋肉。おまけに顔は強面で「あいつ、絶対人殺してるだろ」と学校で噂されている。
実際の光は、そんなに恐ろしい人間ではない。成績は中の中、趣味は読書という温厚な男だ。
光は、平均的な人生を歩みたいと思っているが、この見た目のせいで周囲からどことなく浮いている。男子たちは体育会系の奴らでなければ光に話しかけてこないし、女子とは数えられるほどしか話したことがない。英語の授業のペアワークで女子と一緒になると、相手がビビって泣きそうになる。体格のでかさを感じさせないほどの優しい表情ができればよいのだが、あいにく不器用な性格なので、心の中で「ごめんなさい」とつぶやくことしかできない。
さて、この物語の始まりは、十一月の後半、つまり光が高一の二学期の終わりを迎える頃から始まる。
今、光は放課後の校舎を、自分の教室に向かって歩いている。
体操着を忘れたことに駅の前で気づき、戻ってきたのだ。
「ひゃんっ」
「んっ?」
誰もいないと思われた教室だが、光の席には、一人の女子がいた。
清宮瑞樹。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能。明るく、皆を引っ張る力をもつ、完璧なヒロインのような女。
生徒会活動を熱心に行っており、この学校で知らない者はいない。次期生徒会長と噂されている。
そんな瑞樹が、光の席に座り、机の横にかけてあったナップサックから、体操着のシャツを取り出していた。
瑞樹は光のシャツで顔を隠し、そのまま硬直している。
光には、状況がわからない。なぜろくに仲良くもない瑞樹が、自分の席に座っているのか。わざわざ光のきたない体操着を取り出し、顔をうずめているのか。
瑞樹が口をつけたシャツを自分が着れば、間接キスになるのだろうか?
そんなことを考えたが、そもそも瑞樹が光の体操着に触れていること自体異常で、光には理解できなかった。
「……何してるんだ?」
仕方がないので、光は普通に聞いてみることにした。
「……」
瑞樹はシャツを少しだけ降ろし、光の様子を伺っている。
「それは、俺のシャツだが?」
全く理解が追いつかない光は、瑞樹が自分のシャツと光のものを間違えていると仮定し、そう言った。だが瑞樹と光の席は離れているし、ナップサックも違うデザイン。シャツのサイズも全然違う。間違えようがない。
「知ってる」
「じゃあ、何してるんだ」
「……ち、違うの! これは違うの!」
不意を突かれていた瑞樹の頭が回り始めたらしく、急に大声で話しはじめた。
「何が違うんだ?」
「わ、私、山川くんに興味なんかないから! 山川くんのこと好きだから体操着勝手に取っちゃったとか、そういうのじゃないから!」
「お、おう」
知っている。と光は言いたかったが、一体どんな勘違いをしているのか、まだわからない。しばらく喋らせることにした。
「わ、私、その、ちょっと、人と違う趣味があるのよ。あの、その、男の人の汗、というか、その、に、匂い全般が好きで……」
普段、はきはきと話す瑞樹のイメージとは似ても似つかない、おどおどした様子だった。
なんとなく言いたいことはわかった。信じがたいことだが、優等生で美少女の瑞樹が、光の体操着の匂いを嗅いでいたらしい。
「べ、別に山川くんのことが好きとか、そういうのじゃないから!」
それは言われなくてもわかる、と光は思った。しかし、なぜそれを強調するのか。告白もしていないのに振られるとは、不思議な気分だ。というか、普通に傷ついた。瑞樹が光のことを好きだという訳でもないのだが、それでも否定されると辛い。光はやっぱ俺モテないんだな、という気分になる。
「それにしても、他人の物を勝手に鞄から持ち出すのは、どうなんだ」
否定されすぎて腹が立ってきた光は、ド正論を言った。
「ひっ」
まずい、と光は思う。光が凄むと、九割の女子は恐怖で何もできなくなる。コミュニケーションを円滑にするため、女子には極力怒らない。イラッとしても表には出さない。そう心がけていたのだが。
「……魔が、刺したのか」
「えっ?」
「誰もいない教室で、自分の好きなものがあったから、つい触りたくなった。そういうことか?」
「う、うん、まあ、そうだけど」
「……気持ちはわかる」
光は、深く考えず、とりあえず瑞樹を許すことにした。世の中には好きな女子のリコーダーを勝手に舐める男子もいる(実際に遭遇したことはないが)というし、そういうものだと理解した。
「えっ、それで納得するの?」
「お前の趣味は否定しない。だが、他人の物を勝手に触るのは、よくないと思う」
「あっ、はい、ごめんなさい」
「とりあえず、体操着は返してくれ」
光はナップサックを瑞樹から受け取り、さっさと帰ろうとした。これ以上瑞樹を責めても仕方ない。優等生でもそういう一面があるんだな、と自分を納得させた。
「ま、待って!」
すると瑞樹に制服の袖を掴まれた。直接体を触られてないとはいえ、いきなり女子に引っ張られた光は驚いた。こいつ俺のこと好きなんじゃないか、という甘すぎる妄想が光の脳裏をよぎる。
「な、何だ?」
「あのね、さっきのこと、絶対秘密にして!」
「お、おう」
「絶対だよ!」
「心配しなくても、俺が清宮さんの噂を話しても、誰も信じない。俺には大した友達がいないからな。そもそも俺と清宮さんが話したこと自体、信じてもらえないだろう」
「うそ! 福永くんとかとよく話してるでしょ! あのへんに知られたら、私の人生終わっちゃうから!」
福永という男子は、サッカー部のエースで絵に書いたようなリア充だ。光とは違う人種だが、なぜか気が合うのでたまに話す。光の影響力は小さいが、福永経由で学校中に瑞樹の噂が広まることはあり得る。
「絶対! 絶対言わないで! 私、一年の終わりの生徒会長選挙に立候補するんだから! この時期に変な噂が立ったら終わりなの!」
「だから、俺からは何も言わない、と言っている」
「むむむ、信用できないよ」
また少し凄んでしまったのだが、今度は食い下がってきた。デカブツの光を相手にしても引かないのは、瑞樹の強さであり、クラスで人気者の地位を得られる資質を感じさせる。
「どうやったら信じてくれる?」
「うーん……そうだ、山川くん、私に手伝ってほしい事とかない?」
「手伝ってほしいこと?」
「うん。今、私は山川くんに、私の性癖を満足させるため勝手にシャツを持ち出していたこと、許してもらったでしょ。その対価として、私が何かを手伝ってあげる」
「別に、俺は気にしないが……」
「私が気にするの!」
瑞樹は、光に対して一方的に負い目があることを気にしていた。日陰者の光の事など気にしなくても、陽キャラの瑞樹にはなんら被害はないと思われたが、とにかく瑞樹はそれを気にしている。
「何かないの? あっ、エッチなのはだめだよ!」
「当たり前だろう。付き合ってもいないのに、そんな事はできない」
「山川くんってすごく硬派なのね……そうだ、山川くんには好きな人とかいないの?」
言われて、光は固まってしまった。
光の好きな人。いなくは、ないのだ。
瑞樹は、光の変化を見逃さなかった。
「いるんでしょ?」
「……」
「ねえ、私がその子に近づくの、手伝ってあげる。だから私に言ってみて?」
なるほど、瑞樹は光の好きな人を握ることで、互いに弱みを握り合いたいのだ。
光は少し考えた。瑞樹に好きな人を知られるのは、正直恥ずかしい。だが光の性格と見た目のせいで、その『好きな人』と自然に距離が縮まる可能性は、今のところ一ミリも存在しない。いっそのこと瑞樹の力を借りたほうが、うまくいくかもしれない。
「……そんな事、できるのか?」
「できるよ! 私のコミュ力の高さ、知ってるでしょ」
「自分で言うか」
「いいから早く言いなよ!」
つい先程窮地に追い込まれていたのに、瑞樹はもう、完全に恋バナをする女子の目だ。
「……誰にも言うな」
「うん、言わない! 山川くんだって私の秘密、守ってくれるんだから、そこは信用して!」
「……江草さん」
「えっ?」
「……同じクラスの。江草万帆さん」
光が、強面な雰囲気をもつ男には到底似つかわしくない、クラスではいつも隅っこにいる健気な文学少女・江草万帆の名前を口にすると、
「え゛っ」
瑞樹は、パソコンが突然壊れた時のような、ヘンな声を出した。
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