無邪気なガンダルヴァは底が知れない
加瀬優妃
本編
第1話 何なの、この状況!?
目が覚めたら、真っ白いのべんとした、やけに安っぽい天井が目に入った。正方形のパネルがズラーッと並んでいて、細長い蛍光灯が真上に1つ、少し遠くに1つ、合計2つ並んでいる。真上の蛍光灯は消えているが奥の蛍光灯は付いていて、外はまだ真っ暗なことがわかった。
左側にはアルミサッシの窓があり、わずかに開いている。そこから春の夜風がそよそよと流れてきていた。その奥には、ちっぽけな流し台と取ってつけたような吊り下げ式の棚。
普通の住居の天井とは違う、簡素な造り。
プレハブか何かだろうか。壁も何の飾り気もないベージュの金属の柱が剥き出しの状態だし。
ああ、珍しくよく見えるな、と思ったらコンタクトを入れたまま寝ちゃったからか。目がシバシバゴロゴロしている。最悪だ。
……ちょっと待って、ここはどこ!?
「……っ!!」
慌てて飛び起きると、こめかみのさらに奥がズキッと痛んだ。
異常なぐらい喉が渇いてるし、これが二日酔いというやつか。飲み慣れていないのに無理して飲んだから……。
(はああああっ!!)
ちらりと自分の右側を見て、声にならない悲鳴が漏れる。
ガバッと両手で自分の口を覆った。
男の子がうつぶせになって気持ちよさそうに眠っていた。枕を抱え、顔だけこちらの方に向いている。黒と金の虎縞模様に染められた柔らかそうなミディアムヘアが、少しだけ開けられた窓から入ってくる風に揺れている。
何歳かは分からないけど、高校生と言っても通用しそうだ。少し日焼けした肌は吹き出物一つなくとてもきれい。目を閉じているけど、鼻もすっとしていて唇もぷりっとしているし、バランスは文句ない。目を開けたら、きっと某事務所のアイドルみたいな可愛い顔をしてるんだろうな、と思う。
それでもって、布団からはみ出ている肩と腕は剥き出しのまま……要するに、何も着ていない。
えーと……ちょっとこの少年は見なかったことにしよう。
と、再び辺りを見回す。
やはりここは、プレハブ小屋のようだ。大きく半分に分けられ、奥側は簡易事務所といった感じ。事務机が二つ向かい合わせに並んでおり、突き当たりの壁には予定表の罫線が引かれたホワイトボードが張りつけられている。
そして私がいるこちら側半分は、一段高くユニット畳が敷かれていた。八畳ぐらいで、その隅にふとんが一組敷かれている。
そう……その一組の布団に、私は寝かされていたのだ。――このアイドルみたいな少年と、一緒に!
再び視線を右下に戻す。やっぱり少年が眠っていて、これは現実だった。
でも……誰、この子?
そろそろ……と布団を少しだけめくってみると、とりあえず上半身は裸だってことは分かった。
これ以上は怖くて覗けない。パッと布団を元に戻し、咄嗟にあの安っぽい天井を見上げる。
仮にすっぽんぽんだったら私は確実に痴女、そしてあらゆるモロモロの所業が確定してしまう。
布団からそう遠くはない場所に箱ティッシュと円筒形の100均で買えるようなプラスチック製のゴミ箱があるのが見えて、余計にクラクラしてきた。
中を覗く勇気は、まだ無い。
はは……はははは……。
比較的真面目に生きてきた二十六年でしたけど。
やっちゃったわ。やっちゃいましたよ、『朝目覚めたら見知らぬ男の人が』ってやつを!
しかも男の『人』じゃない、これは男の『子』だ! 二重に罪が重い!
何やってんのよ、
両手で頭を抱え、ガックリとうなだれる。
額には結構な汗をかいていて、それが両手にベットリとついて気持ち悪かった。化粧も落とさないまま寝てしまったから、顔がゴワゴワしていて余計に引き攣った感じがする。
あれ、でもそう言えば私は服を……。
……着てる、けどコレは黒のキャミソール一枚で服を着ている状態とは到底言えない。しかもノーブラ。
パンツは穿いてる。穿いてる、けども……。
畳の上に、投げ捨てられていたブラジャーを見つけた。手を伸ばして拾い上げ、こそこそと着けながら、じっとりと考え込む。
どう見ても現場は私が「クロ」であると言っている。
相手はこんな年若い少年。私が食われたんじゃない、きっと私が食ったんだろう。
ああ、逃げ出したい。だけど事実確認だけはしっかりとせねば。
痛む頭を押さえながら、私は昨日の出来事を必死に思い出すことにした。
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