第3話 待ち人来る

「ねえコア。とっても暇だわ」


 少女がポツリと呟いた。

 場所は彼女が目覚めた部屋。

 ダンジョンにあってどこにも通じていないダンジョンマスターのための管理部屋。


「マスターは永遠の存在です。これから永い時を過ごされることでしょう。ですから暇という感覚にはいずれ慣れます」

「違う。違うわ、コア」


 少女は赤い玉に向かって首を振って見せる。


「そういうことじゃあないの。重要なのは今なのよ。未来の話じゃあないの。分かる?私は今暇なのが我慢ならないって言ってるの」


 少女が目覚めてから一月ほどが過ぎていた。

 その間ダンジョンに訪れた者は一人もいない。

 造り上げたダンジョンの成果を期待して、来訪者が来るのを今か今かと待ちわびていたが我慢の限界の方が先に来たらしい。


「私にはどうすることもできない問題です」

「暇暇暇ひーまーーー」」


 少女は床に大の字に寝転がり同じ言葉を繰り返す。

 コアはそれに反応せず沈黙したままだったため、部屋には少女の声だけが響いた。

 それがある瞬間ピタリと止まる。


「来たわ」


 直前まで駄々を捏ねていたのが嘘のように真剣な表情を浮かべ、少女がと起き上がった。


『映像投影』


 キーワードが紡がれ、少女の眼前に青白い光が次々浮かび上がっていく。

 それは管理操作盤と似た、空中に浮かぶパネル群。

 映っているのはダンジョンの内部映像。

 少女はその中で入口に近いものを見つめた。

 噂をすれば影。

 複数人の人間がダンジョンへと侵入してくる姿が映っていた。


「来たわ来たわ、人間が一、二、三……八人!。いっぱいいるわ」


 嬉々として人数を数え、少女は歓声を上げた。


「ねえ見て、コアこんなに一度に来たのよ」

「はい、八人ですね」

「……ちょっと、あなたも少しは喜びなさいよ」


 無機質な反応に、嬉しそうだった少女の顔が鋭くなる。

 だがこれまでにコアが感情を表したことは無い。無理な注文である。


「私にそのような感情はありません」

「あっそう。じゃあいいわ。とにかくこいつらを監視しましょ」


 初の来訪者に、少女は自分が仕掛けた罠や魔物たちがどう働くのか興味津々である。

 食い入るように映像を見つめる少女だったが、徐々に訝しげな目でそれを眺めるようになっていった。


「こいつら…動かないわね」


 どうしたことか。来訪者たちは初めの部屋に入ってから動かなくなってしまった。

 最初の部屋はより奥へと誘い込むために、何の罠も魔物も置いていないのに、だ。


「もーーーっ、なにしてんのよ。さっさと入って来なさいってば」


 イラつきながらも来訪者が何をしているのか確認するため、少女は空中に手を走らせる。

 その動きに合わせ、パネルの中の映像が拡大表示された。

 それで分かったことは、彼らはどうやら二つのグループに分かれているということだ。

 一つは頭から足先まで真っ白な貫頭衣を着て、武器をベルトに提げたり手に持った者たち。

 もう一つはこちらも頭を覆っているが顔は出ていない。麻布を頭から被り、手を縛られ、腰を紐で繋がれた者たち。


 貫頭衣を着た方は部屋内を歩き回る者がいたり、立ったまま動かない者がいる。

 縛られた方は一塊になって座り、その場を動かない。なにやら項垂うなだれているようにも見える。


 宝目的で来たのではないのかしら。そんな考えが少女の頭に浮かんだ。


「まさか迷子」

「それはないでしょう」

「なんでよ」

「ダンジョンの入口は一目でそれと分かる装飾が為されています」

「あら、そうなの」

「マスターは外に出られないので目にすることはできませんが」

「そうなのよねー。外に出れたら暇だって潰せるのに」


 外の世界がどのようなものか興味がある。

 だが今はそんなことより目の前の人間たちのことが重要だと頭を振って、映像を注視した。

 貫頭衣を着た者たちは三人。彼らは両手を腹部前で組み、地面に片膝を着けて座り込んでいた。

 更に拡大してみると、何か喋っていることが分かる。

 何を言っているのか確かめるため、少女は音声を拾えるように操作した。


「―――ンマスター様、ダンジョンマスター様。どうか我らの声をお聞き届ください。ダンジョンマスター様ダンジョンマスター様、どうか我らの声をお聞き届けください」


 同じ言葉を何度も繰り返し唱えているのが分かった。


「こいつらマジで何なのよ。なんで私を呼んでるわけ。キモイ!」

「どうされますか」

「どうするって、コアはどうしたらいいと思う」

「マスターの望むままに」

「もうっ、当てにならないわね。……どうしようかしら」


 考えた末、少女は音声を繋げることにしたようだ。

 初めて使う機能の為、確認がてら声を掛ける。


「あーあーあー、聞こえてるかしら」

「ダンジョンマスター様。我らが呼び掛けにお応え下さり感謝申し上げます」


 声が届いた途端、侵入者たちは呪文のように唱えていた言葉を止め、お礼を口にした。

 代表して話すのはどうやら女性のようだ。


「それで、あんたたち何してるのよ。私のダンジョンを攻略しに来たんじゃないわけ」

「我々は迷救教、セラーレ支部の徒。私は代表のジェスカと申します」

「私は何しに来たって聞いてるんだけど」

「僭越ながらご説明させて頂けますでしょうか」

「あのねえ、私はさっきから説明しろって言ってるでしょ」

「失礼いたしました。それでは……」


 少女は暫し来訪者たちの言葉に耳を傾ける。

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