#0117 コーラス同好会 (2)



 作者の書く関西弁はインチキです。

 不自然な言葉遣いなどありましたらご指摘いただければ嬉しいです。


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「ううううう嘘や! な、なんで"奇跡の新入生"がこないなとこにおんねん! しかも2人も!!」

「い、一旦おちつこう、トキちゃんっ! こっち向いて、深呼吸しましょう……!」

「やっぱし変わらへん! おる!」


 おれたちの存在に驚愕の声を上げたのは、トキちゃんと呼ばれた――ジャージ姿にストレートヘアの先輩と、私服のブレザーを身にまとったポニーテールの先輩だ。

 間違いなく、あの新入生歓迎会でアリアを歌い、ピアノの伴奏をしたふたりの先輩だった。



「あ、あなたたち。見学に来たって言ったわよね? ここ、コーラス同好会だけど、何かの間違いじゃない?」

「いえっ。わたしたち、コーラス同好会に興味があって来たんです」

「――――」

「えらいこっちゃ……見間違いやあらへん、本物や……」


 綾の答えに、先輩はそろって言葉を失っていた。



「あの、やっぱり勝手に入ったりして、ご迷惑でしたよね……」

「いやいや! 迷惑とちがうさかいそないな悲しそうな顔で謝らんといて!」


 ジャージの先輩はくつを投げだすように脱いで室内に上がってくる。

 もうひとりのブレザーの先輩は、綾の声を聞いた途端、顔面蒼白のまま固まっていた。



「みのり! 正気や! 魂消えかかってるで!」

「……っ! ごめんなさい……あまりにその、神々しかったから」


 すぐに瞳には光が戻ったけど、声は動揺に震えたままだった。

 廊下に立ちつくしたままだった先輩も部屋の中に足を踏み入れる。



「あかん、心の準備がなにもできてへん。頭真っ白や、どないしよ……あっ、と、とにかくここ座って、お茶とお菓子あるさかい食べてや。なあみのり、何話したらええ?」


 先輩はうろたえて、みんながそれぞれ席についてからもいまにも泣きつきそうだった。



「そ、そうよ! 自己紹介! してないわ」

「そうや!」


 先輩は慌ただしく胸に手を当てると、椅子がガタと音を立てた。

 細い黒髪がさらりと揺れて、あいだから真っ白な耳元がのぞいていた。



「うちは夏井なつい朱鷺子ときこちゅう。鳥の朱鷺に子供の子で、朱鷺子。そやさかいみのりはトキちゃんて呼ぶねん。さっきはうちの歌聴いてくれておおきにね」


 そう言ってストレートヘアの先輩――朱鷺子先輩はにっこりと笑った。


 体育館でも感じたけど、地声からかなり高い声で、はっきりと聞こえる凛とした華やかさがあった。


 胸元までストンとまっすぐ落ちる細い髪は糸をかけたようで、睫の間近まである切りそろえられた前髪はすだれのような細やかさだった。

 よく見ると、ジャージの胸元の校章の下に先輩の名前の刺繍が入っている。



「ごめんね、びっくりしたでしょう。この子、小学校まで西のほうに住んでてこういう話し方なの。って、私の名前よね。私は加賀谷かがやみのりっていうの、よろしくね」


 続いて自己紹介をしたみのり先輩は柔和な笑みが印象的で、穏やかな声をしていた。


 先輩が身にまとっているのは暗めのグレーのブレザーで、銀色の2つボタンが輝いていた。

 ジャケットの下はピンク色のカーディガンと胸元のリボン。

 チェック柄のプリーツスカートは太ももがあらわになるくらい短くて、破廉恥と紙一重の可愛らしさだった。


 うごくたびにうしろでふわりとゆれるポニーテールの陰に、真っ白なうなじが見え隠れしていた。



「それで、少年らはなんていうんや?」

「1-7の桜葵です。こっちのふたりも7組で」

「さ、桜綾です」

「ボクは桜栞といいます」


 心なしか、ふたりとも名前を言うのがまだ少しぎこちなさが残っている。

 綾と栞はまだ新しい苗字になって日が浅いのだ。



「葵くんに、綾ちゃん、栞ちゃんね。私たちは3-1にいるから、よろしくね」

「同好会はおふたりで活動されてるんですか」

「そやねん。うちら3年生ふたりしかいーひんさかい、入部してくれる新入生さがしてんねん」

「今日は午後いっぱい部活見学だから、私とトキちゃんで校内かけずりまわって人集めするつもりだったの。まさか何も始める前から来てくれるなんて思わなかったわ」

「それは、突然おしかけちゃってすみません」


 みのり先輩は、ううん、と首を振る。

 どうやら、ようやく落ち着きを取り戻してくれたようだった。



「こっちこそ、このくらいのものしか用意できなくて。せっかく来てくれたのに、練習の準備も今日はしてないの」

「そのかわり知りたいことあったら何でも訊いてや。まっさきにうちに来たちゅうことは入部も考えてるんやんな?」


 ……知りたいこと、か。

 正直ここまででかなりの数の疑問が思い浮かんでいた。


 ふたりだけの活動で、どういう練習をしているのか。

 本番の舞台に立って歌うことはあるのか。

 どんな曲を演奏しているのか。


 そもそも……たったふたりでは、合唱は成り立たないのではないか。



 おれは左側に座っていた綾に視線を送った。


 きっと一番知りたいのは綾だ。


 おれが質問してしまってもいいのだろうかと思った。

 けれど、綾も目線の行き先を移ろわせて、すこし迷っているようだった。



「……さっき言っていた、"奇跡の新入生"っていうのは」


 口を開いたのは栞だった。

 全員の注目が栞に集まる。



「もしかして、ボクたちのことですか」

「そや。今年の1年にとてつもない美少女が3人おって、しかもふたりは理数科やって3年の間ではえらい話題になっとるで」

「そんな……」


 栞はがっくりと肩を落としていた。


 まだ入学して1日しか経っていないのに、おれたちが所属してるクラスまで知れ渡って注目されているのか。

 いや、綾と栞の美貌ならそうなってしまうのだろう。



「ただでさえ今年は女子の数がすごい多いでしょう。女子が男子を数で上回る学年なんて、たぶんうちの学校でははじめてなの。理数科なんて特に、女子の人数が1桁なんて年もあったくらいだから今年は本当に異例よ。女子の部活なんか今まで部員集めに苦労してきてるから、今年はどこも勧誘に力いれてるわ」

「まあ、うちらはふたりしかいーひんさかい、部室ココで話してる間は外で宣伝できへんねんけどな」

「わたしたち、噂になっちゃってるんだ……」

「……また、変な二つ名で呼ばれるなんて。もう嫌なのに、どうしてボクたちだけ」

「それにしても、ほんまに美人やなぁ。小顔やし、肌やらえげつない透明感やし、顔の造形どうなってるんや」

「しかも姉妹なんでしょう? たしかに面影は似てるわ」

「ち、ちなみに、3人いるもうひとりっていうのは誰なんですか?」


 綾や栞と比べられるほどの美少女なんて、昨日からすれ違った中にも思い浮かばなかった。



「3組に京極会長の妹さんがいるの。たしか、夏帆ちゃんとか言ったかしら」

「…………」


 ……。

 おれは言葉が出なかった。



「そやけど、あっちはあのけったいな生徒会長が過保護に護ってんねん。あんたらは女子2人に男子1人しかいーひんし、飲み物と背中には気ーつけたほうがええで。いくら美男子いうても血のつながらん男がお兄ちゃんやなんて、学校中の男子の恨み買うて余りあるで」

「――――えっ」


 おれは朱鷺子先輩の言葉に寒気が走った。



「少年、そこのふたりのほんまのお兄ちゃんと違うんやろ?」

「ちょっとトキちゃん。会って間もない人に家庭の話題を触れるのはさすがに失礼よ」

「まっ、待ってください。おれたち、血の繋がりがないって言ってない、ですよね。どうして……分かるんですか」


 朱鷺子先輩の確信めいた物言いにおれはぞっとしていた。

 それに、みのり先輩もさして驚いた様子は見せなていなかった。



 おれたち3人は、学校では身内同士として振る舞うと決めてずっとそうしてきたはずだった。


 血の繋がりがないと、初対面の先輩ふたりに簡単に気づかれるわけにはいかないのだ。


 おれたちは何か重大な失敗をおかしてしまっているのだろうか……と、おれは顔から血の気が引いていった。



「なんでって、そら3人の名前からすぐ分かったで」


 朱鷺子先輩は得意気に口を開けて理由を教えてくれる。



「桜葵って名前、ひとりだけちぐはぐやん。桜は春の花やのに、葵は夏の花やろ? ふつう、苗字が春の花で下やのに、夏の花を下の名前にくっつけるなんてありえへんセンスや。そやさかい、葵っちゅう苗字には元々別の苗字がくっついとって、親の再婚で今の桜っちゅう苗字に変わったと考えるのが自然やんか。どや? 名推理やろ」


 おれは先輩の考えを聞いている間に、全身の力が抜けていくようだった。


 ……先輩の考えは、とても理にかなっている。

 おれたちが連れ子同士で家族になったっていう結論も合っている。



 だから、自信満々な先輩にこの事実を告げなきゃいけないのは、気が引ける……


 おれは自己嫌悪に囚われた。



「……あの。おれの名前が苗字と合っていない変な名前なのは、その通りです。でも、この名前は生まれつき、なんです」

「へ?」



 できれば、あまり自分でも触れたくないことだった。

 どうして名付けの時にもう少し考えてくれなかったんだろう、という恨みをかみ殺した。



「おれの名前をつけたのは、おれの父さんで。つまり……、おれの父さんとふたりのお母さんが結婚して、今の兄妹になったんです。苗字が変わったのは綾と栞のほうで、おれは元々、桜葵です……」

「…………」

「…………」

「…………」


 案の定、この場の空気は微妙なものになってしまった。



 うなだれながら事実を白状するおれに、朱鷺子先輩は、



「…………それは、すまんかった」


 すっかり語気が削がれていた。












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・夏井朱鷺子 (なついときこ)

コーラス同好会の先輩。3年1組に在籍(文系)。

胸の上あたりまでストンと落ちた黒髪のストレートヘア。

コーラス同好会に強い愛着をもち、存続のために情熱を注いでいる。

声域はソプラノ。

着装は、学校では常にジャージを着ている。

一人称は「うち」

小学校まで関西に在住していたため、関西弁で会話をする。

大きな声も相まって校内でも非常に悪目立ちしている。

両親は会社員。

自転車通学をしており、遅刻寸前の時は時速40キロに達するらしい。



・加賀谷みのり (かがやみのり)

コーラス同好会の先輩。朱鷺子とおなじ3年1組に在籍(文系)。

ポニーテールが目印の、中学校時代からの朱鷺子の親友。

おっとりしたお姉さん的性格で、生徒会副会長をつとめており生徒からの人気も篤い。

声域はアルト。

私服のブレザーにチェックのプリーツスカートを着用している。

一人称は「私」

両親は専業農家。葵たちとは逆方角から電車通学をしている。

朱鷺子の影に隠れて怒られずに済んでいるが、実は遅刻の常習犯である。

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