寵愛のハミングは星空に震える
いしかわかなで
Chapter 1
#0001 桜家にて
いしかわかなでと申します。
初めて投稿します。
読者の皆様からの感想を頂けると嬉しいです。
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ある夏の休日、家族2人での夕食を終えた後のリビングで、父さんがあらたまった口調で「相談がある」と切り出した。
曰く、現在父さんにはお付き合いをしている女性がいて。
そして、近々再婚をしたいと思っている、と。
おれが住む高尾町は、町を横切る川の両岸に森と畑と田んぼと少しばかりの家が点在する北国の田舎で、おれと父さんはその町にある一軒家でふたり暮らしをしている。
母さんはいない。
おれが物心つく前に、父さんと母さんは離婚したからだ。
どうして父さんと母さんは離婚しなければいけなかったのか。
母さんは今どこで何をして暮らしているのか。
おれはそういう母さんに関わることの多くを、何も知らない。
まったく気にならないといえば嘘になるけど、そもそも関心があまりない。
父さんとのふたり暮しはのんびりしていて性に合っているし、父さんは稼ぎも十分にあるので生活上不便もないし。
家も古いけど広々としてて快適だし(掃除は大変だけど)、父さんもよく気にかけてくれる。
おれは自分のことを不幸な子供だと思ったことはない。
最近、父さんがある女の人と親しくしてるらしいことは、普段の会話からなんとなく察していた。
中学時代の同級生で、かつ父さんが当時片想いをしてた人らしく、久々に開かれた同窓会で卒業以来はじめて再会したという。
父さんと里香さんは、昔はそれなりに仲が良かったらしく(付き合うまではいかなかったらしいけど)、お互いにいまは独り身ということもあってすぐに意気投合して休日によく外出するようになっていた。
仕事柄服装に無頓着というか、いつもラフな格好でいる父さんが、それなりの格好で外出するようになったのが分かりやすい。
いつも休日であっても暇だからと仕事か釣りかゴルフしかしていなかった父さんが、だ。
間違いなくデート。
さすがに気づくなというほうが無理な話だった。
おれは父さんを生暖かく見守っていた。
父さんみたいな私生活ダメ人間でも親しくしてくれる女の人がいたのはびっくりだったし、父さんがおれのこと基本放任なように、おれも父さんには好きにしたらいいと思ってた。
何よりあの父さんが好きな女の人の前でどんな表情でいるのかを想像しただけで何だかおかしくて笑えてくる。
そうして1年くらいたった頃だろうか。
「父さん、結婚したいと思ってる人がいるんだ」
夕食後のリビングで、すこし緊張した口調でそんなことを言ってきたのだ。
おれはさほど驚かなかった。そろそろかと予想していたし、淡々としていたと思う。
「里香さんのことでしょ」
「……気づいてたのか」
「……なんで気づかれてないと思えるの?」
「……」
おれは小さくため息をついて、父さんに視線を向けた。
「……いいんじゃない? 結婚しても」
「反対しないのか?」
「良い人なんでしょ?」
「ああ」
「なら反対する理由は無いよ。この家も無駄に広いから、キャパが足りないなんてこともないし。父さんが選んだ人で、お互い納得して、幸せになれるって言うならおれは反対しないよ」
「……そうか」
父さんはほっとした表情だった。
どうせ、突然血のつながらない家族が増えることが嫌だとでも言われるのを心配していたんだろうけど。
おれだってもう子供じゃない。
理由は知らされてないけど、子供まで作った女性と別れたってことは父さんも色々苦労してるだろうし、そんな父さんがもう一度女の人と一緒に家庭を作ってみたいという気持ちは、家族として尊重したい。
まだあったこともない人が新しい母さんになることも、すぐには慣れないだろうけど、やってみる前から否定して父さんの人生を邪魔してしまうのは違うと思った。
これが、おれの本心だった。
このことを父さんに伝えると、
「……そうか、ありがとう」
と、言葉少なに感謝された。
「でもさ、向こうは大丈夫なの? 父さんが子連れだってこと相手には言ってるの?」
「……そのことなんだが」
まだ話は終わらない、というような話し口で父さんは続けた。
「子連れなのは俺だけじゃなくて、向こうもなんだ。俺は息子ひとりだが、里香さんのほうは娘が複数いて、みんな年頃というか、難しい年齢なんだ。お前と同い年の中学3年が2人と、中学2年が2人、双子が2組だそうだ」
「……それで」
「結婚しないかという話は少し前からあったんだが、やはり子供のことが不安でなぁ。2人で話し合って、まずそれぞれが再婚のことを打ち明けた上で、1つの家族としてこれから暮らしていくことに全員がOKしてくれたら結婚しよう、ということになった」
「なるほど……」
女の子となると話は難しくなってくるだろうな。
男と違って異性の視線も気になるだろう。
実際、いきなり同年代の男子や母親と同い年の男が家族と称して同居するってのはどうなんだろう?
おれは男だから女性の立場は想像しかできないけど、普通は嫌悪感があるのではないだろうか。
「……さっきも言ったように、おれは父さんの結婚に反対しない。それは変わらないけど、でも相手の娘さんは難しいと思うな」
「だよなあ」
「どう取り繕おうと男なんてみんな狼だし、知らないオッサンが父親になるなんて無理だと思うなあ」
「お前さあ、もっと言い方あるだろ」
「事実じゃん。女子中学生からしたら30超えた男はみんなオッサンだよ」
まあ、父さんは40も超えてるけど。
「でもこればっかはおれらがどうしようもないことだよ。相手の娘さんたちが相談して結論だすんじゃないの?」
「そうだよなあ……」
「まあ、もしかしたら賛成してくれるかもしれないしさ、それに期待してみるくらいじゃないの。できることって」
もしかしたら、母親が結婚したいという意思を尊重する心優しい子供たちかもしれない。
おれが、父さんに幸せになってほしいと素直に思っているように。
……と、こんなやりとりをしたのが1週間前。
おれは正直言って、反対されるだろうなと思っていた。
会話の感じから父さんも内心そう思っていたと思う。
しかし、里香さんの娘さんたちの結論は、問答無用の却下ではなかった。
一度、お互いの親子同士で顔を合わせて話す機会を設け、おれと父さんがそのお眼鏡に適うか――つまり、家族として迎え生活しても大丈夫な人間かを判断する。
そのような"条件付き承認"だった。
このことを父さんから伝えられたのが今から2日前だ。
そしておれは今、一人で市内へと向かう電車に乗っていた。
今日は2家族の"顔合わせ会"当日だ。
おれと父さんが暮らす家がある高尾町は県の中でも外れのほうに位置していて、一方で里香さんをはじめ粕谷家の皆さんは県庁所在地の市内に暮らしているということだった。
ということで会場は自然な流れで市内だった。
うちの周りは交通が不便だし、父さんは職場が市内である。
もう夏休みにもかかわらず今日はたまたま学校に用事があった関係で、おれは学校からの帰りのままの夏の制服姿で電車に揺られていた。
実はその用事というのが予想以上に長引いてしまって、ずっと気を揉んでいた。
田舎なので、電車のダイヤは市内への通勤時間帯でも30分間隔くらい、その上ダイヤ自体が遅延してたこともあって、もう踏んだり蹴ったりだった。
顔合わせ会にはひとりだけ遅刻だった。
……本当なら一旦家に帰って、このところ日中暑くて汗もかいていたのでシャワーでも浴びたかったのに。
制服ってのはちょっと畏まりすぎかもしれないし、それに汗臭くないだろうか。
嘆息しつつ、そんなことが気にかかっていた時。
チリン♪
ポケットに入っていたスマホが、メッセージ受信を告げる通知音を鳴らした。
父さんからか? と思い画面をみると、案の定そうだった。
先ほど、おれの到着を待たずに約束のレストランで時間通りに顔合わせ会を始めているということを告げられていたばかりだった。
父『とてつもない子たちだ覚悟して早く来てくれ』
アプリを開いて確認すると要領を得ない内容だけが送られてきていていた。
葵『どういう意味?』
すぐにそう返信した。
父さんから矢継ぎ早にメッセージが送られてきた。
父『言葉では言い表せん』
父『姉妹のうちの一人がとにかくお転婆というか……』
父『俺一人だととても相手できない』
葵『もう始まってるんだよね?』
葵『なんでスマホ弄ってんの?』
父『トイレに行くと言って逃げ出してきた』
葵『食事中に行儀悪い』
父『早くも一時退席のカードを切ってしまった』
いつも雑な父さんが年頃の女の子の相手とかやはり無理だったか。
父さんのメッセージを読んだときのおれはそう思っていた。
おれは大きくため息をつきながら画面に指を走らせた。
葵『わなるべく急いで向かうから、それまでなるべく印象悪くするようなことはしないでおいて』
父『ほかの子たちもすごく個性的だ』
ちょうどその時、乗っていた電車が駅のホームへと到着するところだった。
葵『いま駅着いたから』
そうとだけ返事を送ってスマホをしまった。
会場になっているイタリアンは、駅直結のファッションビルの最上階に入っていた。
といっても、しょせんは地方都市なので、すごい高級店というわけではないけれど、気軽に出入りできるような店内の雰囲気でもなかった。
何かのお祝いやちょっとしたご馳走のために、少し奮発して美味しいものを食べにくるようなお店だと思った。
駅前は頻繁に出向くので目的の店には迷うことなく向かうことができ、入口で若い女性の店員さんに予約していた父さんの名前を告げて席を案内してもらう。
店内の奥まった窓際のテーブルに、こちら向きに座っている父さんが見えた。
こちらが父さんを発見した一瞬後、父さんもおれを見つけ手を振ってきた。
……どことなく父さんの目線が縋るような涙目だったのは気のせいだろうか。
そして父さんにつられて、同じ席に座った人たち――おそらく、今から顔合わせする家族だろう人たちが一斉に振り向いて視線を送ってくる。
おれは絶句した。
そこにいたのは、とても父さんと同い年とは思えないような、大学生や高校生といっても通じるような小柄な女性と、信じられないような美少女の3姉妹だったのだった。
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