一木権兵衛(いちきごんべえ)

びしゃご

海の神と、一木権兵衛

 土佐藩主山内豊昌は室津港工事の視察に来ていた。

 馬上でキセルを吹かしていると、権兵衛は慌て近づき頭を下げて、


権兵衛「藩主様、わざわざのお越し、恐れ入ります」


 これを聞いて人夫達も、慌てて頭を地に伏せる。


藩主「工事、難渋していると聞いておる」


権兵衛「はい…」


 藩主の馬の下の役人の一人は、権兵衛を見下ろし、


役人1「予定よりも月日も人夫も金もかかっておるな?」


権兵衛「まことに恐れ入りますが、港の入り口にあります『かま岩』『さめ岩』『きば岩』の三つの岩を取り除くことができましたら、首尾よく完成するのですが…」


役人1「入り口の無い港なんぞ聞いた事が無い。 これでは大池ではないか?」


役人2「鯉やふなを飼うに良いだろうな?」


藩主「権兵衛… 藩の財政は厳しい、早くしろ」


権兵衛「一木権兵衛、身命をかけ工事を完成するつもりであります」


 藩主と役人達は去った。


 人夫達は権兵衛の元へ寄って来て、


人夫1「あてらの手が及ばんばっかりにすまんです」

人夫2「大池や言うて、わやくられた」

人夫1「あてらの港ですきに、これが出来んと困るのはあてらですきに」

人夫2「あてらもこの港にかけちゅうがあやき」


庄助「あては浮津村の庄助いいますけど、おとやんは5年前の台風の時、海の神の怒りに触れて、二度ともんてこんかった。 ちゃんとした港があったら…」


人夫3「室戸に港が欲しいのう」


権兵衛「みんなに苦労かけてすまん、食う物もろくに無いのに毎日、朝から晩まで仕事をさせとる」


人夫1「ん? 急に海が荒れてきとる、しけや…」

人夫2「こりゃ、大しけになるぞ」


権兵衛「今日はこれまでやな、みんな帰っていいぞ」



 室戸は昔から、台風がたびたび襲来して、家が壊されたり、田や畑が駄目になったり、舟が流されたりして人々は苦しめられてきた。

 この夜も暴風雨となり、何人かの命を奪った。



 翌朝の室津港の工事場。


 庄助の死体を人夫達が運んでくる。

人夫1「庄助… おまんも、おまんのおとやんと一緒で海で死んでもうた」

 庄助の妹が人夫に「はようはよう」と急かされながら走って来た。


妹「にいやん! にいやん! あて一人で…いったいどうしたらいいが!?」


 庄助の足にすがって泣き崩れた。


人夫2「耳崎の三郎も舟を見に行ったきり… 舟もろともおらんなったそうや…」


 近くの居た、杖を持った老婆が… 何かにとりつかれたように、


「バチやぁ… バチやぁ… あの港の口の三岩『かま岩様』『さめ岩様』『きば岩様』あれは室戸の守り神じゃ。 あてが生まれる前から、いや、あてのおかやんの、そのまた、おかやんの時もずっと、あそこにあって、そうや…神代かみよの昔から室戸の守り神であらしゃったぁ。 それを毎日、大槌で叩きよったら、バチがあたらいでか。 あの岩は壊れん、神の岩じゃ。 なんぼやっても壊れるかぁぁ」



 港の工事が始まってから毎日、工夫として若い男は駆り出され、室戸の人々の生活は苦しくなり…

 年貢を納められない人が続出した。

 そのため奉公に売られる者も出てきた。

 庄助の妹も売られて行った。

 中には餓死する者も。

 

 その苦しさから、土佐藩から脱走する者も出てきた。

 脱走する事を『欠落かけおち』と言い。 土佐藩は欠落ちする者は両耳と鼻をそぐという重い罪で対処していたが、当時の記録によれば、この時に室戸から欠落ちした人数は男女63人とある。


人夫1「欠落ちした又助らあは何処に行ったがあやろうねえ?」

人夫2「九州の日向にかあらん」

人夫3「薩摩かもしれんで、薩摩はどこの国の者でも御詮議もなく、住まわせてくれるそうな」

人夫4「薩摩はええ所やろうねえ」

人夫5「しっ… 偉い様が権兵衛さんを連れて来たで、仕事仕事」



 役人たちは権兵衛を囲んでいる。


役人1「手だてをしても崩れんのなら、もう南の三岩は諦めて、入り口を西に持って来るしかないな? 権兵衛?」


権兵衛「室戸は西からの潮がえらい。 西が入り口では砂が入り、また元のように浅くなる。 どうしても南の三岩の場所を入り口としなくてはいかん」


役人2「おんしも…いごっそうやな? 三岩を崩せんのにどうするっちゃ?」


役人3「これ以上、工事を長引かせたらいかんぞ?」


役人1「室戸は近頃、欠落ちが多い。 殿もだいぶいられよるぜよ。 全部…いごっそうの、おんしのせいや」


権兵衛「殿には、この権兵衛、身命をかけ、この工事へんしもやり遂げると申し送ってくれ」


役人1「ようし、おぬしのその言葉、たしかに殿に申し送る」


 役人は不機嫌そうに去る。


 権兵衛は三岩を切実に見つめ、

「三岩、なぜ室戸の民のために崩れてくれん… 頼む…崩れてくれ…」


 


 一夜明ける…


人夫1「今日も… また一日中、崩れもせん岩を叩き続けないかんか」

 

 人夫達は嫌そうに仕事を始める。


人夫2「あれ? え!? 岩が砂にように崩れる!」


 他の人夫達は振り向き「そんなんあるか」「うそいえ」「わやくるな」口々にする。


 港に見に来ていた杖を持った老婆が不安な顔で眺めている。


人夫1「おい! たしかに岩がさっくうなっちゅうぞ!!」


人夫2「あ!? かま岩から血がしたたっちゃう!」

人夫3「さめ岩の割れ目からも砂にまじって血が噴きでゆう!」

人夫4「きば岩もや!!」


 老婆は身体と声を震わせ、


「ああぁぁ‥‥ バチや…バチやぁぁ!! 海の神のバチじゃああ!!」


人夫5「なにがバチや!! あてらの願いを住吉神社さんが聞いてくれたがあや!!」


人夫1「これで… 室戸に港ができるぞ」


 人夫はみんな大喜び…

 その時、ある人夫の嫁が走って来た。


「一木様が自害なされた!!」


 皆、呆然と立ち尽くす。


 人夫の嫁は、


「一木様は津照寺に、海神に身を捧げる手紙を置いて、家宝の鎧兜刀を海に沈め龍神に献げ! 御身も自害なされたそうな!」


 波の音、高く聞こえる。

 皆、悲しむ中、人夫の一人が顔上げ、


人夫1「この室戸の波の音は! 一木様の声じゃ! 藩主様はしかと聞け! この波のとどろきを!」



翌1679年、

室津港を見下ろす25番札所『津照寺しんしょうじ』の一角に一木権兵衛は室戸の海の守り神としてまつられる。



      ― 幕 ―

 



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一木権兵衛(いちきごんべえ) びしゃご @bisyago

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