物語を君に

瑠璃色のてらさん

第1話 セカイ

 大学に通い始めてもう時期二年に差し掛かろうとしている。

 セカイにとって大学という場所は、自身の知見を深めてくれる場所で、同時に自身の無知を知らしめてくれる場所でもある。

 興味があること以外には身が入らないセカイは、高校までの勉強が大の苦手であった。

 苦手とは言っても、全くできない訳でもないが、それでもその勉強を楽しいと思った事はまずない。

 例外的に倫理の教科だけは哲学チックで面白い時もあったが、それでさえテストになれば丸暗記をさせられるようなもので、セカイにしてみれば面白くない。

 もちろん、セカイはそれらの勉強が無意味と切り捨てる気は毛頭ない。むしろ、もっと勉強していればと思うことの方が最近は多くなってきたところだ。

 ただやはり、人間であるということなのだろうか。頭では分かっていても、それを実際に実行するというのは存外、難しいものなのである。

 そう、故に、セカイがいつも一人でいることも、仕様がないことなのである。

 セカイも友達が欲しいとは考えることもあるし、その目標を達成するために何をするべきなのか、というのも何となく解ってはいるのだ。

 わかってるのだ。

 しかし、いざそれを実行する時になると、途端に面倒になる。

 別に、無理してまで友達を作る必要はあるのか?

 そんな考えが頭に浮かんでしまえば、あとは芋づる式だ。

 そもそも、セカイが大学に通っているのは、勉強のためである。正確には、興味があることを自由に学べるモラトリアムを得るためであり、友達を作り、楽しい青春を謳歌するためではない。

 だからと言って友達はいらないとはならないし、恋人のような存在に憧れないでもないのだが、そのために自分の時間が削れてしまうのも、何だか釈然としない。

 ………だったら、いいか。

 そんなこんなで、セカイは大学の二年間を友人と呼べるような知り合いを作らず、………正確には作れずに過ごすことになった。

 自分がボッチである理由をたまに考えるセカイなのだが、多分、危機感がないからなのだろうな、友達がいないことをまずいと思うのであれば、もっと頑張れるはずだし、なんて自分で考える始末である。

 要は、セカイはあまり友達を必要としないタイプの人間だった。

『まもなく、十六時二十八分発、普通列車………』

 電車の到着を告げるアナウンスをヘッドホン越しに聞き、セカイは本から顔をあげた。

 読むのに邪魔なので引き剥がしておいた本の帯を栞がわりに挟み、読みかけの本を閉じる。

 軽く伸びをして首の強張りを和らげ、電車がやって来るのを待つ。

 扉が開くのと同時に、競うように乗り込んでいく他の生徒たちを尻目に、ゆっくりと一人で電車に乗り込んだセカイは、たまたま空いていた席に腰をおろした。

 別に座れなくても困らないが、座れた方が本は読みやすい。

 どうせなら、完全に静かな場所で誰にも邪魔されないままに本を読みたいものだが、この時間帯の電車はどうせ中身の詰まったかん詰めで、立っていようが座っていようが平穏は得られない。

 だったら座っていた方が得、というものだ。

 そして、立っていようが座っていようが、他人のことをなるべく視界に収めないように伏目がちに本を読んでいるのはいつもと一緒。

 セカイにとって、自分以外の人間のほとんどは鈍感で、身勝手で、それでいて仲間想いで、楽しそうで、どうしようもなく眩く見える。

 彼らの姿を見ていることは、電灯を見つめ続けるようなもので、目を逸らしたくなるほどにはセカイを居た堪れない気持ちにする。

 自分は彼らとは違っている。そんな風に感じ始めたのはいつ頃からだったか。

 別に、自分が優れているとか、逆に相手の方が優れているだとか、そういうことではない。ただ、見ている世界が彼らと自分とでは違っているのを感じるのだ。

 それは例えるならば、演劇を客席で見ているか、裏方から見ているか、という感覚に違いに近いような気がする。

 立場が違えば見え方が変わるのが普通で、どちらにも感動があるし、面白みもある。

 ただ、裏方から劇を見る人の方が少なく、珍しい。

 そしてセカイは、裏方から劇を見るのが普通なのだ。それは楽しいからではないし、好きだからでもない。ただ、そういうものだから、そうしているだけ。

 人間が社会的な生き物で、多数を優先するの生物だとするならば、セカイは確実に排除される側に立っている。それだけの話である。

 だから、セカイは楽しそうな彼らの姿が眩しく見える。並んで立てば、その光は直視せずに済むのだろうが、その道程は造翼で陽を目ざすようなもの。いずれ蝋は溶け落ちて、その輝きからは尚更遠ざかるのだ。

 セカイはその場に立っていた。それは望んだからではない。

 されど、その場にいるのは自分の選択である。少なくともセカイはそう思う。

 だから、羨みはすれど、僻みはしない。寄りはしないが、避けもしない。好きはしないが、嫌いもしない。愛は抱かぬが、無関心でもいられない。欲しがりもしないが、要らないわけでもない。

 それがセカイという人格であった。

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