第11話

 さっきみたいに暴れるのではなく、彼女は体を震えさせている。出来るだけフレンドリーに言ったはずなのだけど。

「そりゃ包丁突き付けて笑顔浮かべてたら怖いだろうよ。俺だってゾクッとしたぜ」

 ナイフの言葉は無視して。

「あなたが覚えてるのはどこまで?」

「……たぶん、今日の朝、だと思う……。学校に来て、教室に入って……」

「そう、じゃあ、昨日の昼休みのことは覚えてるわよね」

「……うん」

 そこを忘れていたらさすがにどうしようかと思ったが、ちゃんと覚えててくれたらしい。

「じゃあ、あなたが私の手を刺したこともちゃんと覚えてるわよね」

「覚えてる……けど」

「そのあといろいろあって、さっき、あなたと私は仲直りしたのよ」

 ある意味嘘は言ってない。

「この状況とものすごく合ってない気がするんだけど……?」

「とにかく、色々と解決したのよ。ただ、ちょっとその間に私が昨日刺された傷が開いちゃって、血を見たあなたは気絶しちゃったのよ」

 床を指さして言う。まだ掃除していないので普通に血だまりがそのままだった。

「ひっ……」

「ああ、また気絶したりしないでね。もう大丈夫だから。血は止まってるわ」

 これもまぁ嘘じゃない。

「というわけで、お願いが一つあるんだけど」

「今の話とつながってなくない?」

「私だって、ただで許すとは言ってないわ。こんなに血も出て、痛かったんだし」

「あの時はそんなに痛そうには見えなかったような……」

「あの時はあの時。ともかく、一つお願いを聞いてほしいんだけど」

「一応聞くけど、断ったら……?」

「大丈夫、簡単なお願いだから」

「質問に答えてよぉ……」

 別に断ったからってどうするわけでもないのだが。少しくらい怖い思いをした方が今後大人しくなっていいだろう。

「そうね。私と同じように手を刺してあげるってのはどうかしら。それで、本当におあいこでしょ?」

「そんな……」

「それに比べたらずっと優しいお願いよ。ちょっと一晩、私に付き合ってほしいだけ」

「え……、あんたそういう趣味だったの……?」

「さっきも言ったけどそういう趣味なんてないわ。ただ、ちょっと私の家で、交流を深めたいだけ」

「そういう意味にしか聞こえないんだけど……」

「なんていうか、詳しく説明するとややこしいのよ。ともかく、それさえ聞いてくれたら昨日教室であったこと、全部忘れてあげるから」

「……いろいろと言いたいことはあるけど、本当にそれで終わりなんでしょうね」

「約束するわ。私は嘘はつかないから」

「わかったわよ……」

 一応了承してくれた。


 とりあえず、私の家までついてきてもらった。私の両親には友達を連れてきたといっておいた。彼女は両親に友達の家に泊まると連絡したらしい。

 部屋に入ってもらって、座ったところで彼女が切り出した。

「それで、これからどうするわけなの?」

「こうする」

 とりあえず右目にナイフを刺した。

「……ひでぇな嬢ちゃん」

「一晩私に付き合うっていう約束はしたんだし、なんにも問題ないわ」

 作業を終えて私はベッドに寝転ぶ。もう、すぐにでも目をつぶってしまいたい。

「最初からこうする気ならわざわざ約束なんてする必要なかったんじゃねえか」

「学校からここまで、ナイフを目に刺したまま歩いてくるわけにいかないでしょ。どんなゾンビ映画よ」

 あの後、教室の血だまりを掃除したり破れた辞書を片付けたりして、もう九時を回っていた。きょうはほぼほぼ寝ていたはずなのに、疲れが押し寄せている。単純に血が足りないだけかもしれないが。

「それで、あなたはどうしたいの。その体で」

「そうだなぁ」

 そういって、ナイフの体の彼女がわたしの寝転んでいるベッドに這いよってくる。

「ちょっと、なにを……」

「とりあえず、俺も寝かせろ」

「は?」

「眠いんだよ。俺を……、眠らせてくれ」

 そういって、ナイフ女が私のベッドを占有する。

 制服のまま、彼女はすぐに眠ってしまった。まるで死んだように。

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ナイフエッヂ オブ ザデッド @kasa-obake

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