どちらを優先すべきだろうか?

 

 さっきから顔色が悪い人が居るな、と琳は思っていた。


 自分がルミノールを振りかけたり、傘について説明したりしていると、顔が赤くなったり、青くなったりする客が居る。


 えっ? とさっきから妙な声を発しているのもこの人かもしれない。


 どうやら、初めて見たお客様のようだ。


 新規のお客様なら、ぜひ、常連になっていただきたいのだが。


 なにかがおかしい……。


 突然、喫茶店の店主がルミノールを振りかけ始めたのを怪しんでいるだけ、というわけではなさそうだ。


 もしや、犯人だろうか。


 傘をすり替えたものの、気になって様子を見に来ていたとか?


 そんな莫迦な。


 私なら近寄らないけど、とまた犯罪者寄りの思考になりながら琳は思う。


 チラ、と将生たちを窺った。


 将生たちは、その客には気づかず、傘について話している。


 あの人ちょっと怪しいですよ、と教えてみるべきか……?


 傘の前にしゃがんでいる琳は、チラ、と今度は、あの新規のお客様を見てみた。


 高校生くらいに見えるその青年は可愛らしい顔をしており。


 息を詰めてこちらを窺っている。


 ……なにかおかしくても、常連さんを増やすために黙っておくべきか。


 いやいや。

 それも問題だろう。


 琳はひとしきり迷い、そして、面倒臭くなった。


 すっくと立ち上がり、琳は言う。


「わかりました」


 え? わかりました? と佐久間が見、


 なにがわかった……。

 またロクでもないことだろう、という顔で将生が見る。


 琳は、その客が居る扉付近の席を指差し言った。


「殺人犯の方がそこにいらっしゃいます」


 えっ? とみんながその指先に居るだろう犯人を探して振り返る。


 一番後ろの席の人たちまで振り返っていた。


 だが、ひとり振り返らなかった者がいた。


 片隅に居たあの客だ。


「ぼ、僕、殺人犯ではないですっ」

と弁解しながら、立ち上がる。


 いえ、あなただとは言ってませんし。


 ふわっとその辺を指差しただけなんですが……。


 そう琳は思っていたが。


 なにかがやましいらしい彼は動揺しながら、立ち上がっていた。


「……じゃあ、なんの犯人なんですか?」


 琳は彼に向かい、そう訊いてみた。





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