これで、殺れる


 自動販売機の横のベンチに刹那と並んで座った琳は言った。


「私、あずき系のアイスバーを齧るたびに思うんですよ。

 これで人をれるなって」


 刹那にもらったあずきバーは硬すぎて、まったく歯が立たなかったのだ。


「あずきバーか。

 それもいいですね」

と呟く刹那に、アイスを手にしたまま、琳は固まる。


 それもいい?

 なにに?


 ……凶器にっ?

と振り向いたが、刹那は横で、無言であずきバーを齧っている。


 いやいや。

 考えすぎだな、きっと、と思ったとき、


「雨宮さん」

と先に食べ終わった刹那が呼びかけてきた。


「人を殺すのって容易ではないですね。

 幾ら相手が憎くても」


「あの、なにがあったか存じませんが。

 相手を警察に逮捕していただくとかできないんですか?」


 そう訊くと、刹那は夕闇に染まった目の前の道を見て、

「……警察ではどうにもできないんですよねー」

と呟いていた。


「だって、彼らには裁けない罪もあるでしょう?」


 そこで、刹那は、ああ、と食べ終わった琳を見て、立ち上がる。


「お引きとめしてすみません。

 お店があるのに。


 またお店に窺いますね。

 本当に素敵な庭ですね」


 そ、そうですか。

 素敵な庭と言われて、いつもなら、造園業者さん、褒められたよっ、と喜ぶところなんですが。


 今日はなんだかちょっと嬉しくないです、と思う琳に、


「ゴミいただきましょうか?」

と意外に気の利く刹那が訊いてきてくれたのだが、いや、いいです、と琳はアイスの棒と袋を手に首を振る。


「そうですか。

 それではまた」


 頭を下げ、刹那は去っていった。


 琳は、しばらく、その背中を見送っていたのだが、


 ああ、そう。

 店、店、と気づき、慌てて自分の店へと帰っていった。

 



 急いで琳が店に帰ると、おばあちゃんたちはまだお茶をしていた。


「すみません。

 ありがとうございますー」


 琳が冷蔵庫に食材を入れに行こうとすると、後ろからおばあちゃんたちが笑って言ってきた。


「あの男前の警察の人は来てないよー」


 ……やはり、これは宝生さんのことだろうか。


 いや、その報告はいりません、と思いながら、琳が冷蔵庫に買ってきた食材を詰めていると、おばあちゃんたちの話し声が聞こえてきた。


「男前と言えば、最近、この店に来る。

 ほら、なんか陰のある男前が居るじゃないの。


 うちのおじいさんの若い頃に似てる」


しょうちゃんにー?

 似てないでしょうがー」


 いや、笙ちゃん、昔はイケけたんだってー、というおばあちゃんの話を琳は微笑ましく聞きいていた。


「あの人、結構きちんとしてるのよ。

 今朝、スーパーで一緒になったわ」


「スーパーなんて行くの? あのおにいさん」


「ちゃんと豆腐とか納豆とか、買ってたわよ。

 お味噌汁はインスタントだったけど」


 ひっ、カゴの中、見られてるっ、と思いながら、琳はおばあちゃんたちの方を二度振り返った。


 自分も彼女たちと出会うことがあるからだ。


 あー、しょうもないものばっかり買ってるなーと思われてそうだな……。


「でも、あのおにいさん、仕事なにしてるのかしらね?

 朝十時くらいに見たんだけど」


「まあ、最近は家で仕事したり、出社時間がバラバラだったりするから、おかしな時間に若い人が居たりするわよねー」


 自らも会社勤めなら行かない時間帯にスーパーに行っている琳は、そうですねーと思いながら、聞いていた。


 ところで、この話は誰の話なんだろうな? と琳は考える。


 陰のある男前というと……


 やはり、安達さんかな?


 宝生さんは『警察の男前』らしいし。


 小柴さんのことは確か、『物知りそうなイケメンのおにいちゃん』と以前言っていた。


 佐久間さんはなんて呼ばれているのだろうか。


 そもそも、佐久間さん、おばあちゃんたちの話に出てきたことがないのだが……。


 だがまあ、少なくとも、陰がある、というタイプではない。


 頻繁にこの店に来る人っぽいから、やっぱり、安達さんのことを言っているのかな?


 そう琳が結論づけたとき、おばあちゃんのひとりが言った。


「あの人も琳ちゃん目当てなのかしらね?

 この前、琳ちゃん居ないとき来たんだけど、すぐ帰っちゃったって、喜三郎さんが」


 私目当てねえ。

 まあ、ある意味、間違ってはいないのかも、と琳は思う。


 だが、それはたぶん、彼女たちが思っているような意味ではない――。







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