七章 審判 其の陸

「緊急速報です!半年前に行われた全人類を巻き込んだ未曾有の無差別テロ「審判」を行った組織

「ユグドラの木漏れ日」が全世界を統一する政府、統合政府の樹立を宣言しました。繰り返します。半年前に行われた」

「これから二年半も経ったと思うと人間ってのは適応力って言うものがあるもんだな。」


 三年前の悲劇を彼は思い出す。

 目の前で上司を見殺しにした事。

 目の前で愛し合い、支えてくれた妻とこれから生まれて来るであろう命が奪われた事。


 全てを憎み、全てを恨んだ。

 しかし、彼の憎しみはあまりにも小さく貧弱であった。二年半前、国連軍は彼らの殲滅を目標とし、ありとあらゆる兵器を使い世界を混沌の渦へと落とし込んだ彼らを殺そうとした。彼もその戦場に立っており、自分の全てを奪った者を殺そうと銃を、ナイフを、自分が持てるもの全てを使い立ち向かった。結果として、それは失敗に終わった。


 その戦場に三人の悪魔が立っており、それらは人類が持っていた兵器を一つ残らず蹂躙していった。

 広がる惨状に彼は再び打ちのめされた。そして、審判から一年が立った後、国連軍の上層部は全員寿命で死んでいった。彼らが審判を行った数日後に宣言した一年と言う寿命は外れる事なく数人かを残してそれらを死に追いやった。


 アシモフは彼らへの復讐心を捨てて死を覚悟した。ようやく愛すべき妻と出会う事なく亡くなった娘に会えるそう思いながらその日を迎えた。

 しかし、アシモフは生きていた。

 彼の嘆きは誰にも届かず、消えて行った、


 その間に統合政府は国連軍を一気に吸収し、三年で世界の半分の国を自分の配下に置いた。

 

 これにより彼の復讐の火は完全に絶たれた筈だった。

 しかし、ある男が彼に声をかけた事により、彼は再び自らの世界を、運命を壊すための歯車を回し始める。

 

「アシモフー。また、統合政府の樹立宣言を見ているのかい?君も飽きないね。」

「黙れ、妹背山。俺はお前を信用も信頼もしていない。お前が隊長に生命武器の試作品を渡した事は知っているからな。お前の持ちかけた話もお前が少しでもおかしな行動をとった瞬間、すぐに破棄する。」

 アシモフは妹背山に怒りを向けた。

 そこは妹背山の研究施設であり、彼らは統合政府に反旗を翻す為に互いに情報を出し合っていた。

 妹背山はインスタントのコーヒーを二人分淹れるとアシモフに渡す。彼はそれに手をつけなかったが妹背山は溜息を吐くと一気に飲み干した。暑かったのか舌を出して手で冷やす様な動作をしていおり、アシモフも少しだけ気が緩いだのか、そのコーヒー飲み始めた。


「君が僕の淹れたコーヒーを飲んでくれるなんて初めての出来事だね。」

「黙れ。別にお前が淹れたコーヒーだから飲んだ訳じゃない。喉が渇いたから飲んだだけだ。お前は黙って、早くあいつらを殺せる生命武器を作れ。」

 彼らは互いに互いを利用し合う。

 己の目的を、野望を叶える為に。






「吸血鬼が!死んでしまえ!」

 街が黒く染まり、それの怒号がその場に響く。

 男達は吸血鬼呼んだ者に対して暴力を振るう。それは何かを守る様に身を丸めており、その守ろうとする者にすら彼らは容赦がなかった。

「旧人類は俺達新人類の劣化品。お前らは選ばれなかった人間だ!ならば、選ばれた俺たちに従うのが世のルールだ。」

 彼らのリーダー格がそう言うと暴力は更に酷くなっていった。

 

 審判による進化を受けなかった者は三年前から徐々に迫害されて行き、彼らは旧人類を吸血鬼と呼び始める。そして、嬉々として吸血鬼狩りと言う名目上の正義を掲げ、罪の無い人々を自分の愉悦の為に痛めつけた。


 そんな時、ローブに身を包んだ黒いスーツの男が現れた。それに気付いた男の部下はその男に声をかけた。


「何見てんだよ?もしかして、俺達の仲間に入りたいのか?」

「お前らは何をやっているんだ?」

 男は彼らの質問に答えようとはしなかった。それが気に食わなかったのか口を開いた男は黒スーツの男に殴りかかる。しかし、男が振るった拳は宙を裂くと腹部がガラ空きになっており、黒スーツの男はそこに蹴りを入れる。

 鈍い音共に彼は蹴り飛ばされると他の男達は彼の仇を討とうと今度は全員で黒スーツに殴りかかった。

 だが、ほんの一瞬にしてそれは決着がついた。

 吸血鬼狩りを行っていた男達は一人も立ち上がる事なくその場で意識を失っていた。

 それを眺めると黒スーツの男は倒れ吸血鬼に近づき彼らを抱えるとすぐにその場から姿を消す。



「ここは、何処?」

 彼女は目を覚ます。自分がベットの上にいる事に気づくと彼女は自分が今一先ず彼らに追われていない事が分かると安堵の溜息が溢れた。

 蹴られた腹部はまだ痛む。

 しかし、彼女は自分の大切なものが無いことに気がついた。

 ベットから降り立ち上がろうとしたが腹部へ激しい痛みが走り、そのまま地面に倒れ込んでしまった。それでも彼女は地面を這いながらそこから移動しようとした。すると、目の前のドアが開き黒いスーツの男が立っていた。


 彼女は顔を上げるとその手には彼女の大切な子供が抱かれていた。それを見ると彼女はなんとしても取り返そうと声を上げる。


「返して!その娘は私の残った唯一の希望なの。」

 彼女の叫びに黒スーツは何も答えず、手に抱いていた子供をベットの上へと置くと口を開いた。


「安心しろ。何も取って食おうしない。吸血鬼狩りに遭っていたら助けただけだ。腹部に大分重めの傷を負っているから安静にしてろ。」

「そんなの信じられない!あなたも私を安心させた所を痛ぶるんでしょ。」


 彼女の目には涙と恐怖が浮かばれており、それを見た黒スーツは何も言わずにその場を後にした。

 部屋から出ると黒スーツは彼女の目を思い出す。

 そこには恐怖のみが宿っており、彼が目指した理想とは遥か遠い物であった。


「ペトゥロ、俺達が人類に突きつけた理想は間違っていたのか。」

 彼はそう呟くと昨日作ったスープに火を入れる。

 トマトと野菜をよく煮込んだスープであり、それによく火が通った事を確認すると彼は皿にスープを入れた。そして、近くにあった先日買ったバケットを無造作にちぎるとそれを彼女がいた部屋に運んで行く。


 門を開けると、そこには彼女はおらず、扉の横から近くにあった本で彼の頭を思いっきり叩いた。

 運んだ皿からスープが溢れ落ちる。

 地面に散らばるスープの存在を彼女は知ると自分の行いの過ちを悔やむと、自分と自分の子供を守る為に頭を下げた。


「すみません。すみません。この娘だけはこの娘だけは助けて下さい。殴らないであげて下さい。お願いします。お願いします。私の身はどんな事になってもいいのでなのでこの娘の命だけは!」

 謝罪と共に溢れる懇願。

 それを見た黒スーツは何も言わずに地面に溢れたスープを拾うと再び部屋から出て行った。


 部屋を出て行く黒スーツを彼女は痛む腹部を押さえて追って行った。追って来た彼女を見ると彼は口を開いた。


「君がそうやって警戒するのも分かる。俺は君がさっき本で頭を殴った事に関しても怒らないし、手も上げない。今の君はあまりにも弱っている。だから、少しばかり元気になるまでここに居れば良いよ。俺は君の事を知ろうとしないし興味もない。」

 彼は他の皿を取り出すと再びそこにスープを入れ、それを彼女に手渡した。

 そして、何も言わずにテーブルに座り本を読み始める。


「すみません。助けて頂いたのにあんな事をしてしまって。」

 彼女の謝罪を彼は無視した。

 しかし、彼女は食い下がる事はなく再び口を開いた。

「お名前、お名前だけでもお聞かせくれませんか?命の恩人の名前くらいは覚えておきたいのです。」

 彼女があまりにもグイグイ寄って来るのに対して彼は無視をし続けたが、あまりにもしつこく聞いて来るので彼は溜息を吐き、仕方なくそれに答える事にした。

 本来であれば口にしたくもないその名前を彼は自ら声に出す。


「ジュダ・ダイナー。「ユグドラの木漏れ日」のメンバーであり、世界を混沌の渦に陥れた張本人の一人だよ。」









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