魅了の加護を持った姉に多くの物を奪われてきたけれど、今度ばかりはそうはいかない。私はお姉様の遊び道具じゃない

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 この世界では、神様に気に入られた人間には特別な力が宿る。


 それは加護という名前の力だ。


 籠を持っている者は、世界中で数人しかいない。


 しかし、そんな珍しい人物は私の家族にいた。


 魅了の加護を持つ、私の姉が。


 姉は、何かをしなくても愛される存在だった。


 そんな姉は、加護の力を使って人を操れば大抵のものは手に入るから、自分が持っているものより人が持っているものに価値を見出いだしているらしい。


 だから、頑張って私が手にしたものを、わざわざ横から奪っていく。


 一番近くにいた分だけ、彼女の被害にあってきた。


 きっと、姉にとってそれはただの玩具を奪う様な感覚なのだろう。


 何もかも簡単に手に入れられる姉には、私にとってそれらの物がどれだけ大切な物か分からないのだ。







 姉から離れるために、私は努力した。


 遠くへ行き、姉のいない場所を探し求めた。


 たどり着いたのは、とある国。

 その国に行った私は努力して、確かな地位を手に入れた。


 それは平和の使者として活動する立場。


 人と魔人が生きるこの世界では、長いこと戦争があった。


 けれど、あまりにも長く戦いすぎたため、両勢力は疲弊。休戦を余儀なくされていた。


 人の国も魔人の国も、みな力尽きそうになりながら今日を生きている。


 そこで必要になったのが、中立国から出される使者だ。


 互いの要件を第三者の目線で公平に伝えるために、今日も使者である私は働いている。







 街道の隅で、馬車をとめて一休憩。


 数台の馬車を背にして、外の空気を吸っていた。


 護衛の人達と談笑しながら。

 

「大丈夫か? 疲れたなら俺に言えよ。和平の使者が真っ青な顔してたら、まとまるもんもまとまんねぇしな」

「大丈夫。こんな所で、へたってなんていられないわ。大事なお仕事なんだもの」


 私は、使者だ。


 多くの人達の命を左右する立場にいる。


 与えられた使命は重いけれど、やりがいもその分比例して大きい。


 私は、その仕事に誇りを持っていた。


「さぁ、がんばりましょう。他の護衛の人達にも声をかけて、出発よ!」


 今は仕事をこなすために、人間の国へ向かっている最中だ。

 魔人の国から運んできた和平の書を渡すために。


 大事な書なので、万が一の事でなくしたくない。

 だから、多くの護衛達と共に馬車に乗って、旅をしている。


 馬車を降りて思い思いに談笑していた護衛達が、さっと表情をひきしめて、出発の準備をしはじめる。


「今日は、人間の国で気難しい王様に会うんだけれど、うまくいくかしら」

「うまくいくに決まってるだろ。今まで順調だったんだから」

「そうよね」


 護衛の中で一番親しい男性と談笑しながら、今後の事について思いをはせる。


 そんな私には不安があった。


 姉の存在だ。


 人間の国には、名家に嫁いだ姉がいる。


 小さい頃から私によく絡んで意地悪してきた姉が、何か余計な事をしでかさなければいいのだが。


 彼女は、私がいる所によくやってきては、色々と問題を起こしていたから。

 






「ふうん。あんた使者になったのね。護衛の男達いい顔ばっかりじゃない。私にちょうだいよ」


 心配していたら、案の定だった。


 どこで話を聞きつけたのか分からないが、都の中心部へ向かう途中。姉が話しかけてきたのだ。


 わざわざこちらの馬車の前に、自分の馬車をとめて。


 通せんぼされている状態なので、無視するわけにもいかない。


 目の前に立つ姉は、誰もが振り返るほどの美女だった。


 けれどだからこそ、子供の様な残酷で無邪気な笑みを顔に貼り付けているのが不気味だ。


 姉は、私と共に馬車から降りてきた護衛を見つめて微笑んだ。


 すると、護衛はそれでくらっと来たらしく、その場に倒れ込んだ。


 他の護衛の人達がかけよるが、倒れ込んだ者達からは反応がない。


 倒れた護衛は、熱に浮かされたみたいな顔で、姉を見つめ続けている。


「あら、魅了しちゃった。ごめんなさいねぇ」


 しかし次の瞬間、護衛達は夢でも見ていたかの様な表情になる。


 これが、姉のやっかいな所。


 姉には神様からもらった「魅了」という加護がある。


 相手を惚れさせる事ができるものだ。


 それを使われると、どんな人でも言いなりになってしまうため、いつも私は困らされてきた。


 友達や好きな人が、姉の言いなりになっていくさまを見て、どんなに辛い思いをしたか。


 しかも彼らは、姉の悪戯によって、私に酷い事をしてきたりもしていた。


 暗い場所に閉じ込めてきたり、モグラたたきをするみたいに遊び道具にされたり。


 我に返った彼らは、結局気まずい思いを抱える羽目になって、私も彼等もその後ずっとぎくしゃくしたままだった。


 女性には効かないため、私が言いなりになる事が無いのが唯一の救いだが。


「ねぇ、大事なお仕事があるんでしょ? 私もそこに行きたいわ」

「駄目です。大事なお仕事だからです。お姉様は、自分の屋敷に戻っていてください」

「つれないわね。でも、分かったは今日の所はこれで終わり。また遊びましょう」


 







 その後、人間の国の王宮に向かった私達は、自分達に課せられた使命を全うした。

 使者の仕事は無事に済んでいた。

 姉との出来事があったが、そんな事で心を乱してはいられない。


 交渉するのは人と魔人の代表で、私達など添え物にすぎないが、何事も良い印象を与える事が重要だ。


 真面目に平和を願っている人が多ければ多いに越したことはないだろう。

 私達が礼を尽くして丁寧に接する事で、上の立場である彼らの気分が少しでもほぐれるのなら、戦争する気も少しはなくなってくれるに違いない。


 仕事を終えた後は、旅の疲れを癒すためににしばらくその都に滞在する事になった。


 王様達が魔人の代表に出す和平の書を完成させるまで、ここで待たなければならない。


 宿に泊まって、体を休める事にした私の元に、お客さんがやってきた。

 姉だ。

 自分達しか知らない事だというのに。


 本当にどこで、ここに泊まっている事を聞きつけたのだろう。


「これなーんだ」


 そんな姉はとんでもない物をぶらさげてきた。


 おそらく「魅了」で手に入れたのだろう。


 それは要人に支給される、身分証だった。


 国の重要施設である王宮に入るために必要なもの。


「これがあれば、いつでもお仕事してるあなたの元に遊びに行けるわよねぇ?」


 なんて事をしているのだろうこの姉は。


 この事実が発覚したら、ただ牢屋に入れられるだけではすまない。重い罪が課せられるというのに。


「私ってとっても幸運」

「魅了して無理やり奪っただけでしょう? お姉様、それは本当に大問題ですよ。返してきてください」


 真っ青になった私は厳しい口調で言う。


 こんなでも身内だから、と情けをかけて自分から返却する事をすすめるのだが。


「うふふ、いいわよ」


 まったくもってその返答は嘘くさかった。

 余裕の態度で笑う姉は、事の重さを理解していないのかもしれない。


 私は、それから十回も二十回も返却の重要性を説いたのだが、るんるん気分で去っていった姉に伝わっているようには見えなかった。


 後日、確認しておかなければ。


 しかし私は後悔する事になる。


 その時、身内を牢屋に放り込む覚悟で姉に臨まなかった事に。


 あんな姉でも、加護を得る前は普通だったのだから、なんて思う必要はなかったのだ。


 幼いころの姉は、こうではなかった。美人だったけど、ちょっとちやほやされてちょっと図に乗ってるくらいの子供だった。


 誕生日などには、趣味を活かして刺繍のハンカチを作って、私に贈ってくれた事もあったのに。


 でもそれは過去。


 今の姉はもう違うのだから。








 宿にとびっきりの美女が来たらしい。


 という事で他の宿泊客が騒いだ。


 宿の者達がかわるがわる私達に質問してきてしまって、その日はひどく疲労した。


 そんな騒ぎがあったものだから、食事は宿の食堂でとる予定だったけれど、毎日外で食べる羽目になってしまった。


 外の安い定食屋にはいつもお世話になっている。


 今日も、一市民がお世話になるような食べ物屋に私達は入っていく。


 和平の使者と言っても、特別扱いはさほどない。


 現地滞在中にもめごとが起こったとしても、人の国も魔人の国もどちらの国も助けてくれないし、生活に困っていても資金的な援助はしてもらえない。


 理由は、戦争で疲弊した国には、よその国からくる人間をもてなす力がないから。


 らしい(裏では、人にも魔人にも組せずまったくの損害を出さなかった私の国、中立国へのやっかみがあるのだろうが)。


 ご飯を食べていると、一人の男性が話しかけてきた。

 

 あの日、姉が来た日に隣の部屋にいた護衛の男性だ。


 身内だから部屋に入れたらしいが、後でこちらの話を聞いて「止めればよかったかもな」とこぼしていた。


 彼とは、旅の間ちょくちょく話をする。


 話す口調は気安いが、これでもこの旅から同行する事になった新人だ。


「あんたも大変だな。姉にふりまわされてばかりで」

「そうね。困ったものだわ。って、あなたも?」

「俺は優秀な兄と比べられて、肩身の狭い思いをした。まあ、善人だからあれよりはマシだろうけど」


 それで、話の中で兄弟がいる事が発覚したので、意気投合してしまった。


 上の兄、姉を持つ者の悩みはある程度共通するものらしい。


 そんな彼の名前は、シンフォ。


 小さい頃は女の子みたいにかわいかったため、食べ物のシフォンと言葉が似ているという事もあり、シフォンちゃんなどと呼ばれていたとか。しかも女装させられてからかわれた過去もあるとかないとか。


 今でも若干中性的な顔つきをしているように見えるが、そこは言わないでおいた。


 彼は、体を動かす事が好きだからと、隊商の護衛や要人の護衛を多く経験してきたらしい。


 そのままあれこれ雑談に興じていると、隣の席に座っていた女の子の声が聞こえてきた。


「ねぇ、お母さん。魔人って、弱いんでしょ、どうしてやっつけちゃわないの。人類の敵なんでしょ」


 どういう話の流れを経てそういうセリフが出てきたのかは分からないが、今の情勢で公の場で話すには危なっかしい話題である事は間違いない。


「お母さんもお父さんも、いつも言ってたのに、なんで外では言わないの? 家の中では、魔人なんて」


 そこまで聞いた時、私はまずいと思って話に割り込んだ。


 子供にとっては。夫婦が家庭内で当たり前に言っている事だから、特に意識した発言ではないのだろうけれど。


 細かい言葉につけこんで嫌がらせをする人間は、どこの地域にもいるのだ。


「ねぇ、そこの君。好きな食べ物はある? 良かったら、おごってあげるわよ」

「えっ、いいの! お姉ちゃんありがとう!」


 唐突な私の提案だったけれど、女の子は目を輝かせて表情をほころばせた。


 両親がほっとしたように、私に頭を下げてくる。


 この経験を無駄にせずにしてほしい。家に帰ったらこの女の子にたっぷりと、今の国の中の状況を言い聞かせてほしいものだ。


 するとシンフォが肩を叩いてきた。


「どうしてあんたが使者に選ばれたのか分かる気がする。そういうとこ、点数高いよな」


 そう言って彼は、財布を取り出して女の子に好きなメニューを聞き始めた。


「あっ、私が言い出したのに。払ってもらうなんて」

「いいっていいって、今のであんたの事、けっこう好きになっちまったからさ。こういう時は、男に恰好つけさせておくべきだぜ?」


 おそらく、きざったらしい動作でそんなセリフを述べたシンフォは演技しているのだろう。


 先程まで緊張していたお店の中の空気が一気に弛緩し、生暖かくなったような気がした。


 ちょっと恥ずかしかったが、彼の機転のおかげで大助かりだ。


 





 魔人の国からの言葉をまとめた、和平の書は届けた。

 だから後は、人間の国からの和平の書を持ち帰って、届けなければならないのだが。


 待っている間に、驚くべき事が起きた。


 市民達に衝撃的な噂が蔓延していたのだ。


 それは、


「戦争再開だって!? その話本当なのか? 一体どうして!!」


 疲弊した国や人々を追い詰める情報だった。


 皆、真っ青な顔で不安そうに話し合っている。


 私達は今までずっと、戦争を止めるために動いてきた二つの国を知っている。


 だから信じられなかった。


 王宮で何か起こっているのでは?


 そう思った私は、自らに割り振られた仕事の範疇を超えると知りながらも、王宮へと向かった。


 最悪処罰されるかもしれない。

 そう思ったから、護衛の人達に独断で動くと伝えてきたけれど、彼等はついてきてくれた。


 シンフォも「アンタに何かあったら困るしな」と共に来てくれた。


 すると王宮の中の王の座、そこにいたのは。


「あらぁ、意外と早かったわね」


 王様や、国の要人達にかしずかれている姉の姿だった。


 まさか、彼女が彼らを魅了で操って?


 王宮で働く女性達は元々少なかった。

 だから女性達は、みんな追い出されてしまっているようだ。


 そこにいるのは姉の傀儡となった男性達だけだ。


「どうして、こんな事をしたんですか!?」


 すると姉はつまらなさそうな顔でこちらに話しかけてくる。


「だって、ぜんぶ手に入っちゃったし。退屈だったんだもの」

「退屈ってそんな事で」

「人も、お金も、権力も。欲しいと思った物は大体手に入った。あなたで遊ぶのはまだやりつくしていないから、多少興味あるけれど。今はいいかしら。だから、私まだ国って手に入れた事ないなぁって、ね?」


 そんな思い付きのために、こんな騒動を起こしたのだろうか。


 加護を持つ人間はこの世界でも、数人しかいない。


「でも、すぐにつまらなくなったわぁ。簡単に手に入っちゃったしぃ」


 だから、対策なんてとれずに王宮は陥落してしまったのだろう。

 なすすべもなく。


 こんな事をする人が身内だなんて信じられなかった。


「お姉様は人間じゃない」


 ふらりとよろめくと、シンフォがその背中を支えた。


「しっかりしろ。和平を望むんなら、やるべき事があるだろう」


 しかし、彼に言われて私は、この場でとるべき行動に思い至った。


「お姉様を捕まえます。そして魅了を解いてもらいます。皆さん力を貸してください」


 決意を胸にして私は、護衛の人達にそう言った。


 多くの人が望んだ平和を、こんな所でふいにしたくなかった。


 しかし、「ざぁんねん。あなたが私に勝てた事あるの?」姉の力は強い。


 魅了された護衛達がつぎつぎと戦意をなくしてしまった。


 彼等は姉を守るように、ふらふらと歩きながら向こうへ行ってしまう。


 そしてそれは「そんな」シンフォも同様。


 膝の力が抜けて、崩れ落ちる。


 結局、私は姉から何一つ守る事ができないのだ。


 これでは姉に奪われるばかりではないか。


 そう思ったら、悔しくなってきた。


 震える心を叱咤して、立ち上がる。


「皆、目を覚まして!」


 だから、私は声をはりあげた。


 おなかの底から、心の全てを絞り出すかのように。


 私は姉のために生まれてきたわけじゃない。


 私は私の人生を歩むために、存在するのだ、と。


――魅了の加護を持った姉に多くの物を奪われてきたけれど、今度ばかりはそうはいかない。私はお姉様の遊び道具じゃない!


「本当にそれでいいの! わけの分からない力に操られて、今までの自分の努力を横からかっさらわれるばかりで! くやしくないの! 私は悔しい! ずっと悔しかった!」


 力の限り叫ぶ私を見て、姉はくすくすと笑う。


「そんなので目を覚ますわけないじゃない。今まであなたが説得して、魅了が解けた事なんてないでしょう? でも面白い。その反応は初めてだわぁ」


 私はあざける姉を睨みつけて、叫び続けた。


「目を覚まして! 貴方達がここで力に屈してしまったら、多くの人が不幸になってしまう。この国でお世話になった宿のご主人も、私達に何度も話しかけて辟易させてきた宿泊客も、あのお店にいた女の子も両親も! そして、貴方達自身だって」

「あははっ、滑稽ね。そんな道化の才能があるとは思わなかったわ。使者なんかよりよっぽど向いてるんじゃない?」


 私の言葉が届かないのなら、届くまでもっと。


「加護の力なんて! そんなくだらないものに負けないで!」


 そう思った時、彼が口を開いていた。


「おう、ありがとな。言葉、届いたぜ」

「シンフォ」


 それは、魅了で操られた人間の動きではない。


 確かな意思を感じる動きだった。


 彼は剣を手にして姉の元へとたどり着いた。


 行かされたのではなく、自分の足でそこまで行ったのだ。


 シンフォは姉に剣をつきつける。


「残念だったな。魅了の力が効かない男で。いや途中までは効いてたけど」


 姉は驚いた顔で、シンフォの顔を見つめ続けている。


「どうして、こんな事今まで一度も!」

「さぁ。こんな女っぽい顔してるから、子供の頃に女装させられまくったからとか? やっぱやめだその説」


 姉の頬を剣の刃が切り裂いた。


 姉は「ひっ」と悲鳴を上げて。頬から流れる血に触れて、動揺している。


 怯えの感情を宿した目になって、シンフォを見つめていた。


「いっ、いたい! なにこれ、こんなの知らない。初めてなのに面白くない! いややめて、傷つけないで!」

「本当に聞いた通りの人物なんだな。傷つけられたくなかったら魅了を解け、早くしろ!」

「分かった! やります! やりますから! その剣をこっちに向けないで!」


 狼狽した姉は、あっさりと魅了の加護を解いた。

 それで、他の護衛達も我を取り戻したようだ。


 しかも姉の言いなりになっていた要人達もだ。

 彼等は何が起こっているのか分からないといったような顔でキョロキョロとしている。


 そんな中、いち早く己を取り戻していたシンフォが、姉に断罪の言葉を告げる。


「国を危険にさらした罪は重いぞ。大人しく牢屋に入ってろ。罪を償え」


 彼が私に何か言う事はないか、と尋ねる。


 だから私は。


「お姉様、さようなら。今まで人から奪ってきたものの分だけ、その罪をつぐなってください」


 それだけを言った。


「いっ、いやっ。どうしてこうなるの! 全部私の思った通りだったのに! 分からない! 怖い! 分からない事が怖い!」


 髪を振り乱して絶叫する姉は錯乱しているようだ。


 魅了の力を使う事もしない。


 王宮の外から連れてこられた女性の兵士によって、牢屋に入れられた。







 その後、王宮は正常な機能を取り戻したらしい。

 操られた人達は全て我に返ったし、追い出された女性達も戻る事ができた。


 そして姉は、これほどまでの大罪を犯したのだから死刑になった。


 こういった時は、身内も連帯責任を取らされる事があるのだが、私達のおかげで事なきを得たという事で、罪を課せられる事はなかった。


 数週間後、私達は当初の予定より大幅に遅れて国を出た。


「大変な目にあったな」


 馬車での旅が再開して、一休憩入れている時にシンフォが話しかけてくる。


「未だにあの時の事を夢に見る」

「忘れられないのは私も同じよ。でも、忘れたくない思い出もあったから、それでいいのかも」

「あんたは姉にやり返す事ができたもんな。あーあ、俺も兄を超えられたらな」

「もう超えたじゃない。世界中を探しても、加護の力に反抗できた人はいないのよ」


 そうだったらいいけど、と言葉をこぼすシンフォは、自信がなさそうな顔をしていた。


 歴史的に見ても、神の加護をはねのけた人間はいない。


 だから、かなり大した事だと思うのだが、彼はそう思っていないようだ。


 まあ、女装させられてた過去があってこそ、と彼が言っていたからその点もあって、事実を認められないのかもしれないが。


「どうせなら、愛の力ではねのけたって事にしたかったんだけどな。言葉選べばよかった」

「え?」

「なんでもない。そろそろ休憩終わりにするか?」

「そうね」


 私はもう姉の遊び道具じゃない。


 姉から奪われる事はない。


 何も怯えずに、これから大切な物を増やす事ができるのだ。


 その事実が心を軽くしていた。 

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魅了の加護を持った姉に多くの物を奪われてきたけれど、今度ばかりはそうはいかない。私はお姉様の遊び道具じゃない 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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