第33話 物語を進めるために動きを描く

 小説において最も重要なのは「動きを描く」ことです。


 文章だけで「動きを描く」のは、一見不可能に思えます。

 しかし、私たちはつねに「文章で動きを捉えている」のです。


 あなたはご自分の心のなかにいくつの人格が同時並行で働いているのでしょうか。

 特殊な訓練をした人や多重人格の人を除けば、あなたの中にはひとりの人格しかいないはずです。

 つまり情報を処理する働きは、ひとつだけ。


 外部からの情報を処理する働きがひとつしかないのですから、動きを見てもそれを順に電気信号へ変換して脳に入力しているに過ぎません。


 だから、電気信号のオンオフは、小説の文章だけで再現できるし、「動きを描く」のも可能なのです。



 どんなに複雑な動きも、ひとつひとつの動きは実にシンプルです。


 動き出すか、動き続けているか、変化するか、止まっているか。


 この四つだけです。



 人間は無意識で心臓を動かしていますし、呼吸もしています。

 こういった副交感神経に依拠した動きは、平時と違うときだけ書けばよい。

 そんな無意識の動きまでつぶさに書いていたら、何十万字あろうと字数が足りません。

 あなたが歩こう、走ろう、滑ろう、乗ろう、動かそうとする自律的な意志による動きは、できるかぎり書くべきです。

 そうすれば最低限主人公は動きますから、主人公を写しているカメラも同時に動きます。


 しかし、主人公の動きだけを書いたところで、見えている景色が動かなければ、ストップモーションのような世界になってしまいます。

 まるでマンガの荒木飛呂彦氏『ジョジョの奇妙な冒険』のDIOや空条承太郎が操るスタンドが発動したかのような状態になります。


 主人公以外の動きをいかにして取り入れて書けるかどうか。

 それが描写力を決定づけます。




動きを書かないと物語は進まない

 実は、小説は動きを書かない限り物語が一ミリたりとも動かないのです。

 前回書いたように、どこになにがある、だけを羅列していても時間はいっさい動きません。

 たとえば、

───────

 シーン……。

 静かだ。

 なんの音も聞こえない。

 完全なる無の世界にいる。

───────

 この場合「シーン……。」は擬音語ですが状態を表しているだけなので、時間は進みません。

 「静かだ。」は形容動詞であり、状態を表しているのですが、やや動作を含みます。つまわずかに動いています。

 「何の音も聞こえない」は「ない」自体は形容詞なので動いていませんが、「聞こえない」なので動詞「聞こえる」プラス形容詞「ない」であり、実際には動いています。

 「完全なる無の世界にいる。」も動詞「いる」ですから、動いています。


 つまり品詞のうち動詞と形容動詞は、動きを表現しています。

 だからこのふたつがあると時間は進むのです。


 ではなぜ動きがなければ物語は進まないのか。

 ビッグバン以前の世界は、安定していた完全なる物体が存在しています。

 そのままの状態がずっと続いているので、まるで動きが止まっているかのようです。

 しかし完全なる物体にエネルギーが加わって物体が崩れます。

 これによって完全なる物体は崩壊を続けて完全なる真空へと拡散していくのです。

 現在もこの拡散は続いています。

 つまり、動いているから時間が経っているような印象を受けるのです。


 「一時間経った。」

 たった一文書かれているだけで、物語の時間は一時間進みます。

 動詞はそれだけで時間を進められる好例です。



 では、逆に時間を止めたい場合はどうすればよいのでしょうか。

 動詞や形容動詞を使わない手もあります。

 しかし単に「時間が止まった。」と書く手もあるのです。

 「時間が止まった。」のあとに動詞を書いても基本的には時間は進みません。

 時間を再び進めるには、「時間が動き始めた。」と書けばよいのです。

 これ、マンガの荒木飛呂彦氏『ジョジョの奇妙な冒険』のDIOと空条承太郎のスタンドのようなものです。

 「時よ止まれ」で止めて、そこから一分間はこちらしか動けない。

 もちろん背景はいっさい動きません。動けるのは時を止めた自分だけ。

 だからこそ緊迫したバトルを表現できるのです。



 「動き」を書くのは時間を進めるためです。

 そしてすべての文がまったく同じだけの時間を流しているわけではありません。

 動きの種類によっても変わります。

 「瞬きした」だけならほんの一瞬ですし、「ゆっくり目を閉じた」なら数秒から数十秒です。「マラソンを完走した」なら二時間以上経ちます。

 どんな動作をしたのか。

 それを書くだけで時間は否応なく流れていくのです。


 小説を書くとき、経過する時間まで意識している方は少ないかもしれません。

 ですが、すぐれた小説は時間すら自在に操ります。

 「時間経過」をテーマにした小説を書いてみると練習になります。

 時を止める。動かす。ゆっくりにする。早回しにする。ジャンプする。以前に戻る。

 そんな「時間旅行」をテーマにした小説を一本書くだけで、書き手が得られるテクニックは数知れません。


 小説投稿サイトでは「異世界転生」ものが主流ですが、「タイムリープ」ものにもあいかわらず需要はあります。

 「プロとして通用するテクニックを身につけたい」とお考えなら、一本くらいは「時間経過」「時間旅行」をテーマに据えた作品を書いてみましょう。



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