第21話 日溜まり亭
「いらっしゃーい! お泊まりですか? お食事ですかー?」
入口のドアを開けるとカウンターから活発そうな女性に声をかけられた。
誰だろう? 以前来たときには見かけなかったと思うけど。
「あ、あの。ここは日溜まり亭さんですよね?」
カウンターに近付いて確認する。女性はにかっと笑い、
「そうですよー。いらっしゃいませ!」
と言ってくれた。場所に間違いはないので用件を伝えねばならない。
「実は四日前に泊まらせていただいて、翌日から今まで帰ってこれなかったリノと言う者なんですけど……」
内心びくびくしながら言ってみる。
「……あなたが? ふーん。ちょっと待っててもらえる?」
あれ? 何か妙な違和感が。その女性から笑顔が消え、感情が読み取れない表情になると奥に向かって叫んだ。
「親父ー! ちょっとこっちで確認してもらっていいかーい?」
親父? じゃあこの人は宿のご主人の娘さんって事ね。
(ねぇはこ丸。ギルドから話が通ってるのよね?)
(そのはずだが)
(それにしては反応が妙な気がするんだけど)
「なんだなんだ。こっちは忙しいんだぞ」
はこ丸とやりとりしていると奥から宿のご主人が出てきた。先日対応してくれた人だ。
「ギルドから話があったお客さんってこの人で間違いないのかい?」
「お、あんたは……」
ご主人は私を見た。すぐに頷きながら
「おー! この人で間違いない。仕事探しに行くって言って帰ってこないと思ったら、まさかギルドの方で仕事みつけてそのまま従事してたんだって? 市場辺りで仕事見つけてくるのかと思ってたから驚いたよ」
うん。私もヨーダさんに拉致されるまではそのつもりだったんですけどね。
失踪扱いで届け出ようかどうしようかと思ってたもんでさと大笑いするご主人。やっぱり危なかった!
「親父がそう言うなら間違いないのか。すみませんね、ギルドから聞いた名前と宿帳にある名前が違うので疑ってしまい」
名前? ……あ! 私がリノと名乗るようになったのはヨーダさんに会ってからだ。 ここは会う前に利用したのだから本名のハコワンで記録が残っているはず。
対してギルドの人達は逆にリノという偽名しか知らないから、説明してもリノなんて客はいないって事になる。ならこの人に疑われるのは当然じゃない!
「ギルドの人は緊急の仕事でそのまま街を離れてしまった上に、宿泊先なども把握してなかったから連絡できなかったと言っていたけど」
レーアさんだ。レーアさんが機転を利かせて説明してくれたんだわ。
(だがそうなるとその人物には偽名を使っているのがばれたと考えた方がいいかも知れないな)
はこ丸が言う。
(ああほんとだ! 偽名があった方がいいって事からだったのにもうリノが本名じゃないとばれるなんて!)
だが私の考えはすぐに否定された。
(いや。ハコワンの方を偽名と認識した可能性もある)
(え、なんで?)
(宿屋で偽名を使う輩は結構いるものだ。足取りを知られたくない者など背景事情は様々な人間がいるからな)
私もそうだ。何も考えず本名書いちゃったけど。そして宿側は料金さえ払ってくれるならそんな部分には触れもしない。ってはこ丸は言うけどそんな楽観的でいいのかな?
「まぁ、あんたに関しての料金は全部ギルドが出してくれるって事だからうちとしてはすでに上得意のお客さんだよ。ギルドで余程いい仕事をしたんだね」
払いは確実だから好きなだけ滞在しておくれとご主人と娘さんは笑う。楽観的で良かったみたい。
「さ、すぐに食事だ。あんたも一度部屋に戻ったら食堂においで」
「お客さんとは入れ違いだったけど、あたしが近隣の村から直接いい食材仕入れてきたからね。期待してくれていいよー」
娘さんを見なかったのはそれが理由だったのね。
私はとりあえず一度部屋に戻り食事をいただく事にした。ナイトにも謝ったりしなければならないし、まだやる事は残っている。食後もしばらくは休めないだろう。
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