東亰異能譚──夜もすがら

神流月

第1話 それはまるで悪夢のような


──目の前にあるのは、なんだろう?


 ばき、ばきばきばき、と何かが音を立てて崩れていく。


 立ちすくむその先の、遠くの天井が一部だけ崩れ落ちている。それと同時に、近かったその場の壁が音を立てて崩れ去っていく。轟音を立てながら壁だったものは崩れ落ち、それを加速させるかのように──ばちばちと、何かが──燃えていた──。



 ゆ、め──だろうか。



 ────いや、違う。

 わたしは、これを知っている。この惨状を知っている、何故なら──



──わたしは声を上げてそのひとをさがした。



 身寄りのなかった唯一の、自分の居場所。

 これからの人生に絶望を感じていた自分にとって、初めて生まれた希望ユメ

 無縁だったはずの、家族なかまという言葉。



──燃えあがる部屋のおくで、かすかな声がして駆け寄った。



 それら、わたしにとって非常に大事であったものを、一瞬にして全て失うことになる。



──そのひとはまだ、きれいだったところの部屋の中で血まみれになって倒れていた。



                    

 そう──それは、云うならば悪夢。





『……ごめんね、こんなことに、なって……』


『そ、そんなことはどうでもいい!どうして……! 』


『……っがはっ、はあ、……ごめんね、ごめんなさい。こんな、ことに巻き込むつもりなかっ……ったのに……っ』


『お願いだから、もうこれ以上話さないで。お願い、血が……』


『…………、逃げ……て』


『…………っ! 』


 わたしは首をなんども横に振る。

 それも見て、そのひとは悲しそうに、顔を歪めて、笑う。



────私のことはいいから。早く逃げなさい。あなたは生きるの。ほら、はやく……




 嫌だ、逃げるなら二人で、一緒に──!と、そう愚図る、まだ少し幼かったわたしを見て、今度は黙ってゆっくりと、優しく微笑みながら送り出してくれたあの人の顔は、もう朧げにしか覚えていなかった。




 それは、始まりへ至る別離──── そして、この世界に私という異能者《存在》が生まれた瞬間───。

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