星詠みの巫女

 ピン国には古い伝説や旧跡が多く残っている。

 その中でも、とりわけ古いといわれているのがこの古い寺院である。

 古代の文化を今なお受け継いでいることと、今はほとんど失われた古代占星術を扱う者がいるからだという。


 古来より、占星術は世界を知るためのすべてだった。

 星を詠むことで人は物事の吉凶を判断し、災害などの予言を行った。星を見ることで、病の場所を知り、使うべき薬草を知った。地学に利用し、世界の地理を知ろうとした。

 星は生命の源であり、魔力の源でもあった。


 人々は星を見、星を利用し、星を詠むことで万物の理を理解していったのである。

 現在は国ごとに様々な占星術が発達していき、更に魔法学や地学なども占星術から派生して独自の体系を編み出しつつある。

 それらの中で、最も古く、由緒の正しい古代占星術を受け継ぎ、今に伝えているのがこの寺院である。


 今なお古代占星術の作法を守り伝え、太古の有様が生きる場所。

 ここは魔法使いにとっては特別な地であり、憧れの土地でもある。だがピン国は独自の文化や伝統を守るため、入国者に対して厳しいルールと審査を求める場所である。魔法使いたちが一度は訪れたいと思っても、気軽に行けない土地だった。神殿に入る際も、白と水色の着物を着た神官らしき二人の男から、入念な審査を受けた。


 長い審査を終えてようやく寺院に入ることを許されたわたしは、入った瞬間に息を呑んだ。最奥に聳える寺院があまりにも立派だったのだ。朱塗りの社殿に鮮やかな文様が浮かぶ柱。吊り下がったいくつもの金の灯籠。星を散りばめた夜空を背負う寺院は、まるで宮殿のようだった。


 寺院の者たちはほとんどが占星術を扱う者たちであるという。だが、人や物事の未来や過去を占星術で詠むことは、寺院の主にしかできない。

 寺院の主は古代占星術の秘儀を今なお伝え、守る星詠みの一族。代々が寺院の巫女を務めるため、その者は「星詠みの巫女」と呼ばれている。

 わたしは社へのお参りを済ませた後、神官のひとりに尋ねてみた。


「星詠みの巫女には、会えないのでしょうか」

「巫女様は、この世で唯一、この国の古代占星術を受け継ぐお方です。とても旅人に会わせることはできません」

 神官は厳かに頭を下げ、わたしの前から去っていった。巫女にも会えないのなら、わたしにはもうここですることはないだろう。


 わたしは神社から去るとき、御簾の奥に影が揺らめくのを見た。

その影は御簾をそっと開けると、わたしと目を合わせた。乳白色の頬の上、夜空を思わせる紺碧の瞳が、わたしを見ていた。

 御簾の外にも出られぬ巫女の瞳には、確かな憧憬の光が宿っていた。

 外の世界を知らず、宮の中でただ過ごす日々。


 わたしは、星詠みの巫女の瞳に、旅に出る前のわたしを見た気がした。

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