零
がみ
一章 〜悲劇の継承〜
プロローグ
アメリカでもっとも名の知られた大都市ニューヨーク。
今夜はクリスマスイヴだ。朝から雪が降っており、夜になると街並みは白に染まるだろう。
夕方になり陽光は届かないが、巨大なスクリーンに囲まれている広場は昼と変わらず明るい。
大晦日のカウントダウンイベントのための準備が始まり、タイムズスクエアにはイベントのためのステージが設置されていた。毎年この時期になると世界中から観光客が集まり、賑わいを見せる。
人々は表の世界を生き、大都市は希望と光に満ちていた。彼らはこの不自由な世界を楽しんでいる。
その裏側では絶望が渦巻いていることなど知らないのだ。
同じニューヨークであるにもかかわらず、ひとつ壁を隔てれば漆黒の闇が広がっていることなど誰ひとりとして想像していない。
「出て来い! クロノス!」
人が行き交う大通りを外れた裏路地。
男が周りを警戒し、息を切らしている。路地は薄暗いため、目を凝らしても少し距離が離れるとその存在は確認できない。
ドレッドヘアで筋肉質の男が右手に拳銃を持ち忙しなく首を回して周りを見ている。追い詰められた草食動物のようにその目は恐怖を宿していた。
「てめえごときにやられるかよ!」
路地の両側は高い建物に挟まれているため、男の声は反響した。恐怖を抑えこむために大声を出し、自らを奮い立たせている。
「終わりだ」
男のすぐ背後から声がした。男は反射的に後ろを振り向いた。しかし、その目は誰の姿も映さなかった。
鼓動が加速し、呼吸はさらに荒々しくなる。
一瞬だった。
男は首に強い衝撃を受け、そのまま意識を失った。屈強な体躯はいとも簡単に路上に崩れ落ちる。
すぐそばに現れたのは、細身の男だった。右手の拳銃で首の急所を打撃した。
その両目は力なく倒れている男を捕らえ、凍えるように冷たい視線を下ろしている。
また収穫はなかった。情報が入ってはその人物を追って探し求めるものを見つけられることを期待するが、ハズレを引くのみだ。
男は視線を光に向けると、賑わいを見せる表の世界に向かった。無駄な時間だけが過ぎていく。
これから先も失い続けるのだろうか。何も手に入れなければ、失うことはない。
裏路地はさらに暗くなり、倒れている男の存在も視認できなくなった。
そこにはただ、闇が残るのみだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます