徒然レヴュー:Fineの意味するところ

 みなさま、こんばんは。ゆあんです。


 春はまもなく終わりを迎え、いよいよ初夏の季節を迎えようという今日このごろ。早い所では五月病が産声をあげているころかも知れませんね。


 さて、本日はそんな夜長に拝読記録を残したいと思います。

 お付き合い頂ければ、幸い。


(拝読後感想につき、少々のネタバレがあります。

 本記事を読まれる前に、当該作品の一読をおすすめします)


 そんな徒然レヴューのコーナー、今宵のメニューは。



 ■枕木きのこ 様

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219779354409



 今回の題材では「カフェ」が情景描写対象となっていました。

 カフェ、というと、その営業目的は明確であり、あとはカフェの特色というか、カラーというか、雰囲気というか。そういう表層的な部分をどう描くのか、とか、あるいはその時の主人公にはどのように見えていたのか、という点にフォーカスされるだろう、と思ってはいました。


 しかし本作に登場するカフェは、どうも異なる様子。

 一部界隈で話題のそのカフェの名は、フィーネ。


 ――美しい名前。


 仕事が早く終わった明子は、家に帰りたくないと、

 ビルとビルの狭間道を抜けた先にひっそりと佇むその場所へ訪れる。


 このカフェの設定がまず魅力的。そして明子の人柄までもがわかる冒頭からの描写。まるで読者は明子に導かれるようにして、カフェに足を踏み入れます。


 そして、何気なく座ったその場所で、昔の癖を思い出す。

 その癖の正体は、好きな男と過ごした日々でした。


 そんな彼女に、マスターは訪ねます。


 ――「思い出の曲はありますか?」



 はい、見事な導入ですね!

 ここまで魅力的な導入をされたら、先まで読むしかないじゃあありませんか。

 しかも選ばれたのは、Miles Davis「It Never Entered My Mind」。

 Julie Londonの名曲をミュートトランペットが咽び泣く名ナンバー。

 こりゃあさっそく聞くしかないということで、Youtube Musicで再生。


(音リンク : https://music.youtube.com/watch?v=b-O_UA_UlmM&list=RDAMVMb-O_UA_UlmM)


 ジャズを専攻していた私にとっては、極上の空間が訪れました。

 そして、そのサウンドに導かれるようにして、智昭との思い出が……。


 ――これ以上は作品を読んでくださいね☆



 先にお伝えしておきますが、この作品の楽しみ方は、

 ①まずは読む

 ②楽曲名が出てきたら、その音源を流しながら続きを読む

 ③読了して余韻に浸る → 余韻が気持ちいいと感じた方は④へ。

 ④作者の解説リンクに飛ぶ

 ⑤もう一度読む

 です。これ、絶対です。理由は後述します。



 ■総評

 全体を通して、とても高いリーダビリティを有していますね。情景を自然に文章に取り込み、その様子が浮かびます。それでいて物語はどんどん前に進んでいく。

 明子が抱える悲しみが、柔らかいジャズのサウンドによって幻想的な酩酊の中で溶けていくような。そんな感覚すらもたらしてくれるのですよね。


 読者に体験をもたらす作品はまさしく上質といえると思います。この短編の中にこれだけの世界観を表現できた作者には称賛しかありません。


 と、ここまでは一周読み終えた時の感想です。



 私は最後の二行に、強烈な違和感を抱いたのです。

 そしてその違和感の正体を探るべく、冒頭に戻ることにしたのです。

 そこで初めて、伏線の正体に気づき、戦慄したのです。


 私は失念していたのです。

 作者は誰だったかのか、を。


 作者様のお名前は、枕木きのこ様。

 枕木きのこ様と言えば、「葉桜の君に」にもご参加頂いていたような……

 その時の作品は……あ、あった。そうだこのキャッチ――


「もう散ったの、私」


 そう。この御方の作品が「ただの上質」で終わるはずがなかったのですよね。


 枕木きのこ様の持ち味と言えば、得も知れぬ「暗さ」です。

 ホラーと呼ぶには、また違う印象。


 私は震えました。

 そして作者様の解説のページを見て……。

 https://kakuyomu.jp/users/orange344/news/16816452219794654251


 二周目に全く違う味わいを得たのでした。


 またこの仕掛に重要な布石となるのが、カフェの名前、フィーネです。

 つづりは、「Fine.」。ファインじゃないんですね。

 これは音楽用語で、「音楽が終わるところ」を示しています。

 繰り返し記号などで譜面上の末端が曲終わりじゃないこともあったりしまして、それを明確にするために用いられる記号。


 これを布石にしているという所がもう見事。

 音楽の造詣の深さ、そしてそれを作品に落とし込む技量。

 この短期間に、これだけの世界を構築して、ご自身の長所も引き出している。

 その手腕に脱帽です。


 作家として多くのことを学ばせていただいたように思います。

 素晴らしい作品に出会えたことに感謝を。



 おっと、いつのまにか、レコードも止まってしまっていましたね。

 それでは、また。

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