第96話 二人の使徒

 まず僕の視界にはいったのは巨大なシャンデリアであった。

 天井高くに豪奢なシャンデリアが輝いている。

 赤い絨毯が床にしきつめられていて、ふかふかの柔らかさだ。

 素人目にみてもこの広間がかつてのヨーロッパの王公貴族が住んでいたであろうと思われるようなつくりの広間であった。

 ざっと広さはテニスコートぐらいはあるだろう。

 左右の奥には螺旋階段がある。

 この階段でどうやら上下の階にいけるようだ。


「誰もいないね」

 ひょうしぬけした口調でQは言った。

「そのようね」

 零子さんはかたちのいい胸の前で腕を組んでいる。

 僕も零子さんと同じ感想だ。

 中に何者が待ち受けているかと緊張していたが、肩すかしをくらった気分だ。


 月彦、やはりそうはいかないみたいよ。

 月読姫が注意をうながす。


 月読姫がそう言った直後、僕たちの前の空間がぐにゃりぐにゃりと歪みだした。

 この光景は何度かみたことがある。

 あいつらが現れる前兆だ。

 視界のマップに白色の光が点滅する。

 これは生命反応だ。

 白色は人間の反応を意味している。

 一応は……。

 Qと零子さんもその歪みだした空間をじっとみている。

 それぞれの武器に手をかけている。

 それは臨戦態勢といえた。


 大きな空間の歪みから二人の人物があらわれた。

 一人は口ひげを生やした端正な顔の男であった。

 もう一人は背の高い白人男性であった。

 背の高い男は古めかしいデザインのコートを着ている。

「はじめまして。私は十二使徒の一人でヨハネの名を持つもの。もとの名はニコラ・テスラ。この皎血城を設計したものだ」

 端正な顔の男はそう名乗った。


 ニコラ・テスラ。

 その名はさすがに知っている。 

 あの発明王エジソンのライバルで世界システムという今のインターネットを先取りしたようなシステムを考案した人物だ。

 まさかこのような歴史上の偉人があのラスプーチンと同じ十二使徒なのか。


「私は同じく十二使徒の一人アンデレの名を持つもの。フランケンシュタインと名乗ったほうが知られているかな」

 ふふっとフランケンシュタインは人を見下したような笑みを浮かべる。

 フランケンシュタイン。

 死体から人間を再生させようとした男だ。

 物語の中の人物だと思っていたが実在したのか。

 僕は斬鉄剣の柄に手をかける。

 二人の男をじっとみつめる。

 彼らは自分たちを十二使徒と名乗った。

 父さんがいっていた世界を変革しようとしている人間たちのうちの二人。


「七つの大罪人、私は非常に残念だよ。私は君をそれなりに評価していたのだよ。西村博士と同じようにね。西の選ばれた民の血をひき、さらに古の神の力も持っている。しかも肉親にメフィストをもっている。君ならば聖者になれると思っていたのだよ。神の子の再来となれると。だが、君は悔い改めているあわれな少女を救うのではなく、自分の実利のために旧友を助けた。君には無償の愛を示してほしかったのだよ」

 ニコラ・テスラはそう言う。


 この男はなにをいっているのだ。

 僕がいじめをおこなっていた久保美由紀を救わず、Vを味方にしたことをせめているのだろうか。

 久保美由紀があのような結末をむかえたのは自業自得だというのに。

 僕がいじめをおこなっていた人間を悔いているからといって救ったほうがよかったというのか。

 それではVを見捨てたほうがよかったというのか。

 僕はいじめていた人物を簡単に許すほど度量の大きい人間ではない。

 いじめをおこなっていた人間はそれ相応の報いをうけて当然ではないか。


「仕方ないだろう。我々が勝手に期待し、勝手に失望したというだけの話だ」

 達観した様子でフランケンシュタインは言った。


「なんなの、あの人たち。なに勝手なことを言っているのよ」

 Qが唇をとがらせて言った。 

 さすがQ。僕と同じ考えのようだ。


「だが、君には機会チャンスを与えよう。この世界を解放するのに必要な死神タナトス眠りの神ヒュプノスのアミュレットを南北の塔に置いた。世界をもとに戻したければそれらを回収したまえ。その二つが城主エリザベートに面会するための鍵でもあるからな」

 ニコラ・テスラは言った。

 やはりこの城を攻略するのにただではすまないということか。


「それでは私も余興を見せようではないか」

 そう言うとフランケンシュタインは指をパチンと鳴らした。

 その指がスイッチだったようだ。

 頭上の天井に何かの映像が浮かんでいる。

 天井いっぱいに何者かがうごめいている。


「あふんっ……ぐふっ……あんあんっ……」

 それは女性の苦しそうなあえぎ声だった。

 この声、聞き覚えがある。

 僕はその映像を見て、驚愕した。

 そこに映し出されたのは陽美のお母さんであった。


 陽美ゆみのお母さん。たしか名前を壱世さんといったはずだ。

 壱世さんは一糸まとわぬ姿であった。

 陽美によく似た美しい顔が苦悶とも快楽ともつかぬ表情を浮かべている。

 壱世さんの豊満な体にミミズのような形の生き物がはいずり回っている。

 ミミズのような体で太さは子供の腕ほどはありそうだ。

 その気味の悪い生き物が何体も壱世さんの白く、豊かな体をはいずり、口や性器や肛門に何度も出入りしている。

 陽美のお母さんの体を犯し続けている。

 そして何度か動くと白い粘液を吐き出し、その液体を壱世さんの体に注ぎ込んでいた。

「あふっ……あんっ……あんっあんっあんっ……」

 その白い粘液を注入されると、壱世さんは豊かな体をよじらせ、快感に悶えていた。


「これが現在のマグダラのマリアだ。私がつくりだした生物で永遠に快楽に溺れるようにしてあげたのだよ。憐れなホムンクルスの末路にしてはいいものだと思うがね。どうだね、七つの大罪人。今度は彼女を見捨てるかね、それても助けるかね」

 フランケンシュタインは言った。


 その言葉を聞き、僕は体に業火のような怒りが沸き上がるのを覚えた。

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