第87話 魔王との対話
気がつくと僕は陽美の部屋にいた。
映画の場面が切り替わるかのように僕は八雲神社からこの部屋に移動していた。
ただ、なにか様子がおかしい。
パソコンデスクの椅子に誰かが座っている。
黒いもやもやした霧のような存在だった。
それがぐるぐると回り、人の形に変化していく。
鱗だらけの人の姿になった。
ゲームなどでよく出てくるリザードマンに近い。
真っ黒なスーツを着ていた。
鱗の色も黒い。
黒曜石のようにつやつやしている。
まぶたの無い瞳だけが黄金色に輝いていた。
先端に分かれた舌を口からチロチロと出し入れしていた。
その人物の顔は蛇そのものだった。
「いやあ、天野陽美ってのはいい娘じゃないか」
かすれた声で鱗だらけの人物は言った。
不気味な存在であったが、不思議と恐怖は感じなかった。
「あ、あんたは誰なの……」
僕は尋ねた。
「俺かい。俺はもう一人のお前だよ。望月に宿りし憤怒を司る
黒蛇の男は言った。
ささがにその名前は知っている。
悪魔たちの王。
神に逆らい地獄の王となった堕天使。
その名は悪魔王サタン。
アダムとイブに知恵の実を食べるようにそそのかした蛇がサタンだともいわれている。
父さんからの受け売りだけどね。
そのサタンがもう一人の僕ってのはどういうことなのだろうか。
「しかしおまえも無茶するよな。会ったばかりの女を救うために生命エネルギーのほとんどを使ってしまうんだからな。おかげでまる一日眠りっぱなしになってしまったじゃないか」
サタンは言った。
「だって目の前で死なねるなんて嫌じゃないか」
僕は言った。
そう僕は目の前で救えるかもしれない人物がいるのにそれを見捨てるなんてできない。
たとえ自分の命をかけることになってもだ。
「さすがは俺様の兄弟だ。たいした心意気だ。イスカリオテが認めたことはあるな。
誉められて嫌な気分はしないな。
「ところでだ。おまえは救うためとはいえ少なくとも女二人を欲望のはけ口にしたな」
口のまわりを先割れした舌でなめながらサタンは言った。
「イスカリオテという想い人がいながらな」
ケケケッとサタンは嫌らしく笑う。
それはQとセイレーンのことだろうか。
だって仕方がないじゃないか。
Qはそうしないとゾンビになっていた。
その後もサキュバスとなってしまったので定期的に僕の精液をとらなければいけない体になったのだ。
僕はそうしてしまった者の責任がある。
けっして気持ちいいだけでQに性欲の対象としてるわけではない。
たしかにQはグラマーで男子の性欲をかりたてるスタイルをしているが。
セイレーンは僕の体で集めたクリスタルを賢者の石にかえて体内にそそがないとアンデッド化の毒によってむごたらしく死んでしまうところだった。
たしかにセイレーンとの初めてのセックスは今まで感じたことのない気持ちよさではあった。
でも彼女らを救うためには仕方がないことだ。
一番好きなのは陽美だけどだからといって彼女たちを見捨てることは僕にはできない。
「でも気持ちよかっただろう」
サタンはいやらしい目で訊いた。
僕はうなずくことしかできなかった。
たしかに彼女たちとの行為は極上の快楽であった。
「それでいいじゃないか、兄弟。一人の男に一人の女ってのは誰が決めたルールだい?」
サタンは問う。
「わからない。知らないよ」
僕は首を左右にふった。
昔からそうだったとしかいえない。
それにそのルールこそ至上だと今では考えられている。
よくそのルールを破った人は倫理に外れる人として皆に責め立てられる。
今まできずいた信用や財産を失ってしまう人もいる。
人間にもともとある欲望に従うと人でなしとして貶されるのである。
「しかしな兄弟。こんな世界になっちまったんだ。そんな誰がつくったかもわからないルールなんて守らなくていいんじゃないか。おまえが好きなようにおまえ自身の欲望のままに生きていいんじゃないか」
魔王サタンの言葉にはどこか説得力のようなものがあった。
「あまり月彦を悪の道にさそわないでくれるかしら」
そう言い、突如あらわれたのは陽美そっくりの姿をした月読姫であった。
彼女はまたもや一糸まとわぬ姿であった。
ピンク色の乳首に視線が釘付けになった。
いいおっぱいだ。
背中の八枚の翼は小さくたたまれていた。
「おうおうまた口うるさいのがでてきたな、ルシファーよ」
サタンは黄金色の瞳で月読姫を見た。
月読姫は白い手で僕の手を握る。
その感触はあの夏祭りのとき、陽美に握られたものと同じだった。
「さあ月彦、目覚めの時間よ」
そう言い、月読姫は僕の手を引き、部屋から出ようとする。
「そうかい。もうそんな時間なのか。じゃあまたな兄弟。おまえと話せて楽しかったよ。おまえはおまえが望むように生きていいと俺はおもうぜ。俺もこれからはおまえに味方してやるぜ」
はははっと笑う魔王サタンの笑い声を背中に受けながら、僕は陽美の部屋をでた。
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