第76話 絶対的なピンチ

 私がセイレーンたちのいる部屋を目指して走っていると、壁に立て掛けられたおおきなひび割れた鏡に誰かが写っているのが見えた。

 不思議に思った私は急がないといけないのに、妙に気になってその鏡を除いた。


 ザザザッ。

 ザザザッ。

 ザザザッ。


 それは聞き覚えのあるノイズだった。

 前にショッピングモールでであったあのモヨ子というゴシックロリータの少女が出現したときに聞こえた音だ。

 案の定、その鏡にモヨ子が写し出されていた。

「また、会えたわね。お姉ちゃん」

 鏡の中からモヨ子は言った。


 私はただ黙って、そのゴシックロリータの少女の虚ろな瞳を見た。

「鏡の国からのアクセスに成功したわよ、Q作。うん、でもあんまり長くはいれないみたいね」

 モヨ子は独り言を言っている。

「魔書不思議の国のアリスを読んでくれたから、アクセスポイントが設定しやすかったわ。お姉ちゃん、もうすぐ助けにいくからね。だからあの巨人タイタンの攻撃になんとか耐えてね。一番は自分のことを大切にしてね……」

 モヨ子がそう言うと、また、あのノイズが響き出した。

「必ず迎えにいくから、絶対に死なないでね……」

 

 ザザザッ。

 ザザザッ。

 ザザザッ。


 ぞしてまたあのノイズが鳴りだし、モヨ子は鏡の中から消えてしまった。


 モヨ子は迎えに来ると言った。

 彼女はどこから来て、私をどこに連れていこうというのだろうか。

 皆目見当がつかないな。

 ただ、彼女の言う通り、私はこんなところで死ぬつもりはない。

 サキュバスになってまで生き残ったのだ。絶対に死んでなんかなるものか。

 こんな体になったのは正直に喜べないが、ゾンビなんかになるよりはるかにましであった。



 モヨ子の言葉を背に私はセイレーンたちがいる部屋に入った。

 素っ裸のあいつが倒れていた。

 まあ、あいつの裸なんて見慣れているからどうってことはないんだけどね。

 ただ、意識を失っているようなのでそれが心配だ。


 壁にもたれるようにあのいやらしい目で私を見ていた海老原とかいうおっさんが体を引き裂かれ、死んでいた。

 えっ、これどういうこと。

「なんか発砲音したけど大丈夫?って大丈夫じゃないじゃない」

 私はその悲惨な死体を見て、言った。

 正直、私はかなりパニクった。

 たしかにあの海老原とかいうおっさんは偉そうで気にくわなかったがさすがに死んでしまうのはかわいそうだ。


「月彦さんは命をかけて私を助けてくれました。私はそのご恩に報いたいと思います」

 その声はたしかにあのセイレーンのものだった。

 顔どころか体中にあった傷と膿がきれいさっぱり消えている。

 どうやら成功したようだ。

 それにかなりの美人だ。

 髪の毛だけは白いままだったけど純和風の綺麗な顔をしていた。

 ちょっとうらやましいぐらい秀麗さだ。

 まあ、セイレーンの病気がなおったのはいいことだが、あいつが倒れてしまっている。

 たぶんだけど、セイレーンを助けるためにかなりの無茶をしたんだろう。

 あいつは優しい、いいやつだからね。


「わかったわ。詳しいことはあとで聞くわ。それよりも大変なの。外にとんでもないものがきてるの」

 私は言った。

 そう、危険がすぐそこまでせまっているのだ。しかもこんな時だというのにあいつは意識を失っている。

 見た感じ、すぐに起きる気配はない。


 その時だ、あいつの目の前が黒く光った。

 この光景は前にも見たことがある。

 またあの白い狼が来て助けてくれるのだろうか。

 あの狼は頼りになる。

 私はちょっと期待した。

 漫画やアニメでよく見たことがある複雑な模様の魔法陣が一瞬にして床に出現する。

 そして、その魔法陣から中世のペストマスクを着けた黒マントの背の高い人物があらわれた。


 あれ、あの狼じゃないんだ。でもこの人もけっこう強そうだ。

 あいつと一緒にいると不思議なことの連続だ。

 そんなことにも慣れっこになりつつある。

「我は月桂樹に宿りし者。色欲を司る水星のベルフェゴール。これよりかの者を守護する」

 そのペストマスクの人物は高い声で言った。

「かの罪人はこれより二十四時間の眠りにはいる。その間、我はかの者を守護する」

 そのペストマスクの人は言った。


「ねえ、あんた巨人のゾンビが近づいているんだけど助けてくれないかしら」

 私はそのペストマスクの人に言ってみた。

「それはできない。かの罪人はこれより二十四時間の眠りにはいる。その間、我はかの者を守護する」

 ペストマスクの人は機械みたいに同じことを繰り返した。


 ということはあの巨人のゾンビがぜまっているのにあいつの力は借りれないのか。

 これは困ったぞ。

 ものずごいピンチだ。




 

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