第63話 幻影の少女

 嘆きの壁を背にスバル360はスピードを増しながら、離れていく。

 これでまたふりだしにもどるか。

 くわえて、アナスタシアとかいう人を探さなくてはいけない。

 このゾンビが徘徊する世界で生きている人間を探すのさえ、苦労するのにそこから特定の人物を探しだそうというのはかなり骨が折れる話だ。

 だが、僕は探し出そうと思う。

 なんとなくではあるが、陽美を探す旅できっと出会えるような気がする。

 それは直感でしかないが。


「ねえ、これからどこ行く?」

 Qはハンドルを握り、アクセルを踏みながら言った。

「そうだな。服も穴が空いたし、近くのショッピングモールに行こうか」

 僕は言った。

 陽美の家から頂いたスポーツウエアが銃弾で穴を開けてしまったので、着替えたい。

 Qもコウモリの翼をだしたのでTシャツの背中に穴が空いていた。

「了解。私も着替えたかったんだよね」

 Qは言い、さらにアクセルを踏み込んだ。



 スバル360は二十分ほどで大型のショッピングモールに到着した。

 駐車場には乗り捨てられた車だらけであった。車の中には死体があったりして気味が悪かった。

 中にはゾンビになって車の中でウーウーとうなっている者もいた。

 僕たちはそれらを無視して、店内に入った。

 店内は薄暗く、空気は湿っていた。

 どことなく埃の匂いと生臭さが入り交じった奇妙な空気だった。

「変な臭い」

 Qは言った。

「そうだな。換気とかもとまってるからだろう」

 僕は言った。


 店内にはゾンビの気配はあまり感じられなかった。

 視界のマップの遠くの方に赤い点滅が見えるがわざわざ探しだして倒す意味はないだろう。

 僕たちはまず腹ごしらえをすることにした。

 食品コーナーでカップラーメンを失敬し、売り物のカセットコンロでお湯を沸かした。

 缶詰もあったので僕はそれも頂くことにした。

 Qはチョコレート味のクッキーを棚から取っていた。

「これ、溶けにくいんだよね」

 と言った。

 僕はラーメンをすすりながら、ラスプーチンとの成り行きを説明した。

「このうえ人探しか。大変になりそうね。私もてつだうわ」

 とQは言った。

「ありがとう」

 僕は言った。

「いいってことよ。あんたは私の主人マスターだから付き従うわよ。それに私も目標が欲しいしね」

 どこか嬉し気にQは言った。


 簡単な食事を終えたあと、僕たちは衣料コーナーで服を物色した。

 僕はスポーツメーカーのウエアを頂くことにした。ついでにスニーカーももらうことにした。何度かジャンプしたりストレッチしたりして機能性を確認した。

 うん、なかなかいいものだ。

 その上からミスリルコートを羽織る。

 このコートは不思議でコートなのに着ている方が涼しい。

 Qは破れたTシャツを脱ぎ捨て、タンクトップの上にレザーのベストを着た。

 溢れるばかりのボリュームのおっぱいがベストに包まれ、魅力的だった。

 青いリボンで茶色の髪の毛をくくる。

「いっぱい服があるのに持って帰るところがないのが悲しいわね」

 ふふっと笑いながらQは言った。


 着替え終わったあと、僕たちはごそごそと展示されている衣服が動くのを視認した。

 Qも真剣な目で警戒している。

 あれ、おかしいぞ。

 視界のマップにはなんの反応がない。


 おかしいわ、生体反応もアンデッド反応もないわ。

 何がくるかわからないわ、気をつけてね、月彦。

 月読姫が注意を促す。

 うん、わかったよ。

 Qも緊張の面持ちで金属バッドを握っている。


 服の森を掻き分け、何者かがあらわれた。

 その人物は小柄であった。

 身長百四十センチほどだろう。

 金髪で緑の瞳をした秀麗な顔立ちをした少女だった。

 ただその瞳に生気はなく、どこか作り物めいていた。あの学天即にどこか似ているような気がする。

 黒いゴシックロリータの衣装に身を包み、感情の読み取れない顔でこちらを見ている。

「やっとこっちに実体化できたわ。でもあまり長くはいれないようね。まあ、異世界だから仕方がないわね」

 そのゴシックロリータの少女は一人で言った。

「私はモヨ子。魔書グリモアールドグラマグラの能力でこちらの世界に顕現できたの。サキュバスのお姉ちゃん、あなたに会いにきたのよ」

 その金髪緑眼の美少女は言った。


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