第56話 北の壁

 その壁は街の北側にあるという。

 僕たちの住む街は南側は海が広がり、そこには大きな工業地帯があった。北側はなだらかな山沿いであり、住宅街やショッピングモールなどの商業施設が存在していた。

 街のほぼ中央に東西に連なる路線がある。

 その路線にもう一つ縦に南北の路線が交差して走っている。

 いわば十字のかたちに路線が走っているのである。

 路線の重なる中央駅が文字通りこの街の中心地であった。


 Qの運転するスバル360はその南北に走る線路、私鉄の海南電鉄の線路沿いの国道を一路北にむけて走っていた。

 僕たちが目指す、外界と隔てているという壁は北側にあるというのだ。

 

 時々、ゾンビたちとすれ違ったが、遠隔射撃能力である弓張り月の力で撃破していった。


 ドライブはおおむね順調といえた。

 窓からの風は心地よく、僕は純粋にドライブを楽しんでいた。

 こんな事態でもならないかぎり、Qのようなかわいい女の子とドライブすることなんてなかっただろうな。

 Qはカーステレオから流れる中森聖子の歌を一緒に歌っていた。

 これは父さんが好きな歌手で80年代を代表する伝説のアイドルだったという。

 父さんが旅のお供にカーナビにダウンロードしたものだ。

 ただそんな楽しいドライブもそう長くはもたなかった。

 キュッとブレーキを踏み、Qはスバル360を停車させた。


「どうやら着いたようね」

 その特大巨乳にくいこんだシートベルトを外し、Qは言った。

「そのようだ」

 僕は眼前にそびえ立つそれを見て、言った。


 そう、その壁はとんでもなく巨大なものだった。

 首を精一杯上にむけてもその頂上は確認することができない。

「うわあっでかいな」

 Qは感嘆の声をもらした。

 僕は上を見上げ、次に左右を見る。

 その壁は左右に無限にあるのではないかと思われるほど、広がっていた。

 これが人間がつくったものだとしたら、とんでもないものを造ったものだ。

「これはとてつもないでかさだな」

 僕はごく単純な感想をもらした。

「そうね」

 Qも短く同意した。


 僕たちが呑気に壁を眺めていると、視界のマップに赤い光が点滅した。

 のんびりはできないようだ。

 その点滅は壁の方からゆっくりとこちらに近づいてきた。


 月彦、気をつけて。

 かなり強いアンデッド反応よ。

 月読姫はそう注意をうながす。

 もしかするとあのオークになった田沼が逃げ出したという相手かもしれない。


「Q、何か来るよ」

 僕はQに注意を促す。

「ええ、そのようね」

 金属バッドを肩にかつぎ、Qも臨戦態勢をとっていた。


 遠くの方で三体の何かが、僕たちにむかってやってくる。

 どうやら人形をしているようだ。

 三人の人間がこちらにやって来る。

 僕は三日月で視力を強化した。

 その人物たちを凝視する。

 まだ、距離は五十メートルほど離れている。

 だが、距離があるとはいえ、油断禁物だ。

 僕は斬鉄剣の柄に手をかける。


 その人間たちは三人の少女たちであった。


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