4-1.彼の力
三月七日。ラーナスール領内のとある山にて。
「あはははは! あーはっはっはっはっは!」
森の端から端まで聞こえているんじゃないかと思ってしまう程の
「ウフフ! あーはっはっはっはっは! あーはっはゲホッゲホゲホ!」
「フーリナイア様……」
笑いすぎて咳き込むフーリナイアを騎士団と
しかし、このまま続けていても何の進展もないだろう。思い切って騎士の一人がフーリナイアに聞く。
「あの……フーリナイア様、大丈夫ですか?」
「内股が限界ですわ!!!」
その言葉に全員が「やっぱり……」と心の中で呟いた。
ロイアスールを出発して七日目、トーリアス一行の予定は若干の遅れを見せ始めていた。原因は言うまでもない、今笑っていたフーリナイアだ。彼女は
一応三週間という期間の中で馬を自分の思い通りに走らせる技術を身につけたことに関しては驚くべきことであるし、素直に評価すべき点ではあるが、さすがに王都までの遠距離を騎馬隊の精鋭であるトーリアスの騎士団と一緒に走破しようというのは正直無謀な事でもあった。結果として凄まじい筋肉痛が彼女を襲うことになったというわけである。
「仕方ない、今日はここで野営をしよう。カルヘルン、何人か連れて薪を集めてきてくれ。トグルス、周りに魔物払いの結界を張ってくれ。グインランドは
さすが騎士団長といったところ。素早く決断し部下に指示を出す。一通り野営の準備が終わったところでトーリアスは言った。
「ナウリーズ、フーリナイア様の脚を按摩でもして差し上げろ」
「え、私ですが? 按摩の知識とかないんですけど……」
「別にお前じゃなくてもいいがとにかく女騎士たちは全員フーリナイア様の護衛についておけよ」
その指示に四人の女騎士が了解する。フーリナイアを連れて少し離れた木陰に移動する。
「皆さん申し訳ございません」
さすがのフーリナイアも自分のせいで騎士たちの任務に遅れが出ていることは分かっているのか謝罪をする。筋肉痛で動けなくなっているため、装備は全て女騎士に世話をしてもらっているが。
「気にしないでくださいフーリナイア様。どちらかというと私たちはあなたのその情熱を好ましく思っていますから」
ナウリーズと呼ばれた女騎士がフーリナイアの脚を揉みながら答える。
「無礼を承知で言いますが、ほとんどの者が最初の一日で音を上げると思っていましたから。私も二日持てばいい方だと」
彼らが今いるのはラーナスールと隣のルエンナンという都市の境目だった。
ただ、それは一般の人々が使うような広く整備もされている道ではなかった。トーリアスたちが進んでいる道は普通よりもはるかに険しい道だった。
なぜなら一般の人が使う道は整備しやすい場所を開発した道であるため安全に通れるかわりに最短というわけではなく、時には大きく回り道をすることになり時間がかかる。
そこで彼らは危険もあるが時間のかからない道を進んでいるわけである。もちろん訓練を積んでいる彼らだからできる行程で、むしろ三週間という練習期間だけでここまで付いてこれたことの方がおかしいのだ。
「でもさすがに王命を受けた騎士団の足を引っ張ることになろうとは……」
「そうですねぇ、でしたら
その言葉を聞いた瞬間フーリナイアの眼が鋭くなる。
「ナウリーズ様、まさか
ナウリーズは慌てて誤解を解こうとする。
「ち、違います違います! 王命を受けた団長が信用して王都にお連れするのですから私たちはそれに従います。彼を疑っているわけではありません!」
「あ、そうじゃなくて」
「え?」
「惚れたりしてませんよね?」
一瞬フーリナイアが何を言ったのか分からずポカンとする四人。しかし、すぐに誰からともなく笑い出した。
「ど、どうして笑うんですか!?」
「いえ、フーリナイア様は本当に
「それはもちろん! 彼に会う前の私は色のない世界に住んでいたようなものです。そこから連れ出してくれたことにはいくら感謝してもしきれません!」
それからフーリナイアは心の丈を打ち明けるかのように
そんな中、
「おや? どうしたんだいフロイ」
それは
フロイはしばらく
「よく懐かれていますな。私たちも自分の馬とは強い絆を持っていますがあなたと彼女ほどの関係を持っている者はそう多くない」
先ほど
「まあ、生まれた時から世話をしていますからね」
フーリナイアはそんな微笑ましい
「ぐぎぎ……」
「フ、フーリナイア様貴族のご令嬢がしてはいけない顔になっています! 抑えて! 抑えてください! というか馬に嫉妬しないでください!」
「嫉妬なんかしていませんわ! ええしていませんとも! 私はいずれ
「いやその言い方は誰が聞いても嫉妬してるように見えますよ」とナウリーズは言おうと思ったがそれよりも早く、別の事件が起こった。フロイが
それはフロイからすれば自分の主人に対する信頼や敬愛の表現というだけなのだがどうやらフーリナイアにはそうは映らなかったようだ。
「むっきー! 決闘ですわ!」
白い手袋を片手に握りしめ飛び出そうとするフーリナイアを両脇から女騎士の二人が抑え込む。
「馬に決闘を申し込まないでください!」
「あなた筋肉痛なのにこの馬鹿力はどこから出てくるんですか!」
「愛からですわ!」
「いやぁ、これから大変なことになりそうだな」
「まあ、王都まではまだ道のりがあるし、着いたからといって自分の思い通りにできるわけでもないしな」
「違う違う、そっちじゃなくてロイアスールを出発する前に自分の言ったことを思い出してみろ」
「俺が言ったこと……」
しかしそれは苦し紛れというより完全な悪手だった。なんとその次の日からフーリナイアは両親に男子をつくるように、もしくは養子を取るように頼み始めたのだ。その度にイジガルテから鉄拳制裁をくらっているのだが
「確かに。貴族の家としては男子がいることに越したことはないし、もし本当にフーリナイア様に弟か妹が出来たら、彼女の求愛はますます強烈なものになるでしょうね。それに方法はいくらでもあります。あなたとフーリナイア様の長子をスール家の養子にするとか」
カルヘルンと呼ばれていた騎士が焚火に薪をくべながら愉快そうに言った。その様子を想像すると
「本当にこのことに関しては俺に味方はいないんだな……」
「ああ、そういえば、あなたの妻について興味があるんですけど教えていただけませんか? 我々は故郷にいらっしゃるということしか知りませんし」
そう言ったのは魔物払いの結界を張ったトグルスだった。その質問に今まで別のことをしていた騎士たちも手を止めて聞き耳を立てる。
「私の妻は名前を“
一息でそこまで喋ってしまうがそれだけでは留まらなかった。彼女が一族の王女だったため、妻に迎えるには三つの試練、すなわち“
「この外套も彼女が編んでくれたものだ。夜が終わり朝になるほんの一瞬地平線に現れる光の糸を気の遠くなるような年月をかけて集めて編んでくれたんだ」
「そういえば
「いくつってなにが?」
「年齢ですよ。あなたの力強さには若さを、聡明さには老練さを感じます。それだけにあなたがいくつなのか想像もできない。百歳と言われても、一万歳と言われても納得できる」
しかし
「どういうことです?」
「いやーなにせ年齢を数えなくなってからもう随分と経つからなぁ、いくつと聞かれても……。最後に数えた年齢どころか誕生日がいつだったかも忘れてしまったよ。実を言うと親の顔も声ももう思い出せないんだ。兄弟も……いたような気もするがさてどうだろうか」
「そ、それは……不躾なことを聞いて申し訳ありません」
「いや、気にしなくてもいい――」
その時急に
驚く騎士たちに
今まであった火の暖かさと明るさが失せ、あるのは夜の闇にわずかに差し込む月影と草木のざわめき、虫や鳥の鳴き声だけが残った。
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