第8話 抑えのエース 獅子狼

【獅子狼とアッちゃん 】


 劇的なサヨナラ負けはニューヒーローのその後を期待する序曲となった。


 太陽は、そんな雑音に左右されることなく自らを高めるために新しい決め球の習得に努めていった。


 チームのメンバーも甲子園で太陽に点数をプレゼントしてやれずにサヨナラ負けしたことをバネにして、これまで以上に厳しい練習を行いチームのレベルアップを図った。


 その結果、太陽は全国民が注目する中、春の甲子園大会を優勝で飾り、夏の大会に春夏連覇という偉業を目指して練習に力を入れるのだった。


 そして臨んだ高校野球最後の大会も北翔高は全試合無失点という危なげなく地区大会を勝ち抜いて2年連続の夏の甲子園大会出場を決めた。


 打撃も二桁安打と好調であったがマスコミの注目は太陽の地区予選無失点に集まった。


 マスコミは、太陽の凄さを報道するときに「三振奪取数」とともに「地区大会無失点」という無失点神話を多用したが、太陽が地区大会決勝を除いて完投がないことには触れなかった。


 夏の甲子園の地区予選が始まる前に弥生は部員たちを前に


「この予選からは、試合の展開によっては獅子狼さんにロングリリーフで試合を締めてもらいます」


と言った。


 驚いた獅子狼は「俺なんかが大事な試合に投げていいんですか」と言った。


 「それに反対する部員は、ここには一人もいないはずです」


と弥生が言うと太陽は、


「お前が入学以来、やってきた努力はみんなが認めているよ。俺が言うとおかしな感じになるけど、お前は北翔高の立派な2番手投手だし、今の実力はよその学校ならエースだよ」


と言った。


 それを受け他のチームメートも口々に「そうだよ」「お前以外いねぇよ」と弥生の意見に賛同した。


 こうした起用策のとおり、太陽は先発し6回を投げ、残りの3イニングを獅子狼が締めるという必勝パターンで北翔高は勝ち上がって行ったが獅子狼も決勝を除いてリリーフした全試合を無失点で抑えていた。


 アッちゃんとのメールに励まされ2年間、全身全霊をかけて努力を続けた獅子狼は着実に実力をつけていたのだった。


 その夜、獅子狼はアッちゃんにこのことをすぐメールした。


 「嬉しい報告です。ついに公式試合で投げられるかもしれません。


これもアッちゃんが頑張る切っ掛けを作ってくれて励まし、応援してくれたからです。


うちの同級生って中学校時代、エースで4番として県大会の上位に入ったメンバーがそろっているのに、その人たちを押さえて試合で投げることができたとしたら凄いことなんです」と書いた。


 すぐに


「甲子園優勝チームの抑えのエースなんて本当に凄いですね。


獅子狼さんがこの2年間、真剣に努力してきたことの証明だと思います。


獅子狼さんの有言実行に負けないように私もアナウンサーになる夢に向かって頑張ります」


と返信があった。


 獅子狼もすぐに


「抑えのエースなんて大げさですよ。


太ちゃんが作ってくれた試合の流れを切ることなく軟着陸させて太ちゃんの負担をできるだけ少なくするのが僕の仕事だと思っています。


太ちゃんやチームのためにマウンドで仕事ができるようになったことは素直に嬉しいです。


アッちゃんの言うとおりに頑張ってきて良かったと心から思っています。


アッちゃんも、きっとアナウンサーに成れますよ。


アッちゃんが司会するスポーツ番組に俺が出たら二人とも変な感じになるのかな?」


と文面を打ち、出演している自分の姿を想像してニヤけるのだったがすぐに夢を打ち消すように首を左右に振って


「俺ってバカですね。公式試合にやっと投げさせてもらえる程度になっただけでプロ選手なんて考えたりして」


と文面を続け送信した。


 「人は夢を描くから、前に進めるんです。私だって難関のアナウンサーになれる確率は低いと思うんです。


でもなりたいと思わなければその確率は0パーセントです。思うことからすべては始める。


それを教えてくれたのは獅子狼さんです。獅子狼さんは、その他大勢のただ野球が好きなだけの中学生でした。


それが努力し続けた結果、中学校時代の有名選手を押しのけ甲子園優勝チームの押さえを任されるまでに成長した。


それをメールだけだけど2年間間近で見てきたのです。獅子狼さんが人は努力で自分の人生を変えることができると証明してくれたのです。


だから私も難関のアナウンサーになるという夢に挑戦しようと本気で思うようになったのです。


獅子狼さん一緒にテレビのスポーツ番組にでましょう。プロ選手になってください」


と返信が来た。


 今日、アッちゃんにメールを打つまでは、公式試合に投げられるという現実に嬉しくて堪らず、その感動を、これまで自分をメールで支えてくれたアッちゃんと共有したいと思っていたのだった。


しかし、アッちゃんは、さらに上を目指せと言ってきた。


 アッちゃんと一緒にテレビに出る、地方に住む普通の高校生の男女が夢を誓いあったことでさらなる成長へのやる気を高め地区予選での獅子狼の活躍に繋がったのだった。

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