掌編小説集

サトウヒロシ

毛虫

 老人は道を歩んでいた。

 片足が不自由だったので、つえは手放すわけにはいかなかった。

 少し進むと、歩みを止めて、息をととのえ、また足を差し出た。

 道沿いに涼しげな椅子いすがあればしばしの間座った。

 その繰り返しだった。

 昼下がり、日がじりじりと老人をらし始めた。

 いつしか老人のしわの深い額には汗がにじんでいた。


 老人の足下あしもとには毛虫がいた。

 老人と同じ方角に向かってっていた。

 見守るともなく、老人は毛虫を見守り出した。

 その歩みに合わせるように、毛虫は老人と並び、つかず離れずとなった。老人の歩みが少ししっかりしてきたようだった。


 すると、後ろの方から幼い声が大きく響いた。

「お前、のろいなあ」

「お前こそ」

「よく言うよ」

「お前こそよく言うよ」

 二人の小学生が早足はやあしで歩いてきた。体をよじるようにして、いまにもけ出さんばかりに。

「あ、ズルイ、いま走ったろ。早足はやあし競争だろ」

「走ってなんかないよ~だ」

 きゃらきゃらと笑いながら、子供たちはみるみる速度を上げた。ひと足踏むたびに砂利じゃりが左右に跳ねた。

 聞こえてか聞こえなくてか、老人は一心にうつむきながら進んだ。

 時折ときおり汗がぽとりと砂利に落ちては砂に吸い込まれていった。

 ふんっ、ふんっ、と歯を食いしばるかすかな声までれるようだった。

 その視線はやはり毛虫を追っているようだった。


 いまや並びながら早歩きしている子供たちは、勢いよく老人の背後に迫ると、示し合わせたかのように左右に分かれ、あっという間に老人を抜き去っていった。

 が、抜き去る瞬間に鈍い音がした。

 老人は最初は何が起こったのかわからなかった。老人は歩みを止め、一点を凝視ぎょうしした。理解するためには、そうせざるを得なかった。

 それから、老人はしばし呆然ぼうぜんと立ち尽くしていた。


「勝つのは俺様だ」

「俺様のほうさ」

 遥か前方からは、子供たちの嬉々ききとして叫んでいる声が聞こえてきた。



※この作品は、小説家になろうにも投稿しました。

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