第45話 歪んだ思い
「あ〜もう!何よあいつ?」
シルが殺風景な演習場の選手控え室の机をバンと叩き、忌々しげに声を絞り出す。
「あら?情熱的な愛の告白を受けた割には不機嫌そうね?」
「はぁ!?」
腕を組み簡素な椅子に腰掛けて口を尖らせるシルに、アイリがからかうようにクスクスと笑う。
「『私が勝ったら私のものになれ』だなんて、自信家ね?それとも自分を追い込む為、あるいはシルを惑わす作戦かしら?」
「わざわざ反対側の控え室に来てまでさぁ!!何が愛の告白よ、ぜんっぜん愛情なんて感じなかったけど?」
「ま、ジュリの言った通りってことよね。シル、油断して足下掬われないようにするのよ?」
ふぅと息を吐いたアイリが、一転して心配そうにシルの顔を覗き込むと、シルはキリッとした表情を作って座り直す。
「有り得ないよ、パパとママが見に来てるんだから、そんなことは絶対しない。それにさ、いい加減うちのクラスに対してあれこれ言うやつが多くてうるさいからね。挑発になんて乗ってやらない。今日は圧倒的な力の差を見せつけて勝つことしか考えてないよ」
その言葉の通り、シルの纏う空気が一段階冷えたような感覚をアイリは覚える。
シルたちのいる特別クラスは、他のクラスの者からは落ちこぼれクラスであると認識されている。今年入学した平民はシル、ケイ、スフィアだけで、その三人が揃って在籍していることがその理由。ちなみにジュリエッタは貴族という訳では無いが、ドワーフの国、アルデランド代表の孫娘とあって平民だとは見られていない。
そんな平民と同じクラスに入れられた者たちは落ちこぼれなのだと言われており、学園内では後ろ指を指されて肩身の狭い思いをさせられていた。そして学園側も実は才能が有るものたちを集めたクラスなどと言えば、それはそれで面倒事になるのは明らかであるため、わざわざ説明はしていない。
「そうね、でもこのトーナメントを通して、その評価も少しは変わってきてるんじゃない?」
「うぅん……それがそうでもないんだよねぇ……もう最初っから落ちこぼれだって決めてかかってるし、このトーナメントの組み合わせだって、ほとんどうちのクラス同士だったでしょ?スフィアなんかはほかのクラスとも当たってたけど、ほぼ身体強化だけで圧勝だったりして、逆効果だったしね」
「ふぅん、やっぱりお貴族様の考えなんて、その程度の物なのね」
アイリが呆れたような口調とため息を漏らすと、シルの両肩をガシッと掴む。
「いい?そう思うんなら、手加減なんかしちゃダメだからね?去年の私もそれでみんなを黙らせたから、シルなら絶対に出来るよ」
「うん、ありがと、アイリ」
ーーーーーーーーーー
「どうしたんだい、エドワード君?緊張しているのかい?」
シルたちとは別の控え室で目を閉じ、深い呼吸を繰り返す金髪の男に茶髪の男が話しかける。
金髪の男はシルの対戦相手でアルクス王国の第二王子、エドワード。そして茶髪の男はアイリの対戦相手で、バレンシア王国、メイフィールド公爵家の四男、クリストファー・メイフィールド。
「……クリス先輩、すみませんが、集中したいので」
「つれないねぇ……王族ともあろう君が随分と余裕が無いことだ?」
「……相手が相手ですから」
微かに目を開けて、煩わしそうに返答するエドワード。
「ははっ、確かにそうだ。なんと言っても『聖女様』だものね?」
「……何の話ですか?」
思わぬ返答にもエドワードは努めて冷静に返すが、クリストファーにとっては想定内。
「とぼけなくてもいいさ。銀髪のケット・シーだなんて唯一無二の存在、知っているものならばすぐに分かる話だ。あのソルエールの大戦を十歳で経験した相手となれば、確かに君の手には余るだろうね」
「……たとえそうだとしても、負ける訳にはいきませんから」
静かに、それでいて並々ならぬ決意を露わにするエドワードに、クリストファーは口角を上げる。
「勝って彼女を手に入れて、あわよくば王の座までも手に入れようって魂胆かい?」
「……あなたには関係の無い話でしょう」
明確に苛立ちを含んだ返答にも、クリストファーは怯むどころか更に踏み込んでくる。
「まあそうだね。だけど負けるよ、君は。巨像と蟻の戦いさ、意気込みや策なんかでどうこうなるような差じゃない」
「っ……」
「その反応からすると、自分でもよく分かってるみたいだね?でもそう肩を落とす必要は無いさ、これを使うといい」
クリストファーは黒い錠剤を手のひらに乗せ、エドワードに向けて差し出す。
「……これ、は……?」
「一時的に魔力を増幅させる薬、ま、早い話がドーピングって訳さ。効果の程も副作用も心配しなくていいよ?僕が身を以て実感しているからね」
「身を以てって……まさか準決勝以前にも?」
軽蔑を含む目線をクリストファーに向けるエドワード。しかしそんなものをまるで意に介すことなく、クリストファーは得意げに宣う。
「ははっ、そりゃあそうでしょ?ぶっつけ本番で、得体の知れない薬を使うなんてリスクの高いこと、出来るわけないじゃないか」
「な、何故そこまでして……?」
「優勝以外は意味が無いんだよ。僕は去年の今、世界で一番強いと信じて疑っていなかった。だけど決勝戦で、アイリ・エメラルダに手も足も出ずに良いようにやられたのさ。その時の気持ちが分かるかい?」
「……屈辱、ですか?」
「ふはははっっっ!!!そう思うだろうっ!?それが違ったんだよっ!!僕はアイリ・エメラルダに憧憬の念を抱いたのさ!完膚なきまでに僕を叩きのめし、見下ろしたあの高潔な表情……それがこれから恥辱に染まるその時を想像すると……くふふっ……最高にそそると思わないかい?」
恍惚の表情を浮かべるクリストファーに、エドワードは顔を顰めて一歩引下がる。
「し、しかしこんな物……一体どこで……?」
「悪いがそれに関しては明かせないし、無理にとも言わないさ。だがこれだけは覚えておくといい。君以外にも彼女が『聖女』だと気付いているものは確実にいる。そしてその事実が学園中に広まっていない。それが意味するところ、君にも分からないわけじゃないだろう?」
「…………」
「まあ使いたくなきゃ使わなければいい、それだけの話さ。とりあえず持っておいて損は無いだろう?」
返答に窮するエドワードに対し、歪んだ笑みを浮かべたクリストファーは、それを上着のポケットに無理やりねじ込むのだった。
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