学年別個人戦編
第44話 お風呂タイム
「うぁぁぁ〜、しみるぅ〜……」
「ちょっと、シル、よしなさいよそれ。みっともなくってよ?淑女たるもの常に……」
「も〜、ジュリの小言は聞き飽きたよぅ……それにリラックスする時はとことんリラックスしなきゃダメだって。こうやって声を出すとさ、疲れがお湯に溶けていくって感じがするでしょ?」
学園自慢の大浴場に肩まで身を沈め、シルがジュリエッタの苦言に真っ向から反論する。入学してからおよそ一ヶ月が経過し、五人は順調に距離を縮めながら実力を伸ばしていた。
ちなみに互いの呼び方は、対等であることを示すように呼び捨てに統一。唯一スフィアは渋ったものの、多数決には逆らえなかった。なおジュリエッタは咄嗟に呼びづらいということで、当初は幼少期の愛称であるジルでという話になったのだが、シルと紛らわしいからということでジュリに落ち着いていた。
「しませんわよ、全く……」
「無駄無駄、シルに淑女らしさなんて求めちゃダメだって」
スフィア、アイリと並んで体を洗っているケイが、振り返りもせずに声をかける。
「限度というものがありますわ……そんな様子ではアルさんに愛想をつかされてしまうかもしれませんよ?」
「は、はぁ〜?な、な、な、なんでパパが……そ、それにお風呂一緒に入るなんて……はわわわぁぁぁ……ジュリのバカ、ヘンタイ、ケダモノ!!」
「……私は普段の振る舞いについて話をしただけで、一緒にお風呂に入るだなんて言ってませんけど?」
心外だとばかりにジュリエッタが冷めた視線を送り、ケイがそれを受けて茶化し始める。
「でもさぁアルさんとセアラさんは今でも一緒に入ったりしてたわよね?シルだって、家族なんだし一緒に入ったりしてたんじゃないの?」
「し、知らないようっっ!!」
湯船に潜り、追求を躱すシル。十二歳の誕生日を迎えるまでは、割と頻繁にアルと一緒に入っており、両親からそろそろ……と言われた経緯があり、あまり触れてほしくない部分だった。
「知らないわけないでしょうに……」
呆れるジュリエッタとケラケラ笑うケイ。
「それにしてもシルは明日の決勝戦は大丈夫なのかしら?ええっと、相手は誰だっけ?」
「確かアルクス王国の第二王子、でしたよね?」
未だ湯船の中のシル。アイリの問いかけが聞こえるはずもなく、スフィアが代わって返答する。
「そうそう。どうもその人さぁ、入試の時にシルの正体に気付いたらしいのよね。でも学年中にそれが広まってる感じはないし、何を考えているのかしら?」
「あら、それなら単純な話で、黙っていた方がメリットが有るから、では無いですか?」
「メリット?」
「早い話がシルさんを我が物にしたいということですよ。アルクス王国の王位継承権は第一王子が持っております。ですが第二王子が聖女と婚姻を結んだとなれば?」
「継承順位をひっくり返すってこと?そんなに上手くいく物かしら?」
「実際にそこまで行くかどうかは分かりませんが、多大な権力を握ることが出来るのは間違いないでしょうね。つまりシルの正体が他の王族、貴族に知られれば……?」
ジュリエッタが両手を広げてシルを襲う素振りを見せると、シルは湯船でしっかりと温まっているはずの体を抱き、ぶるりと震わせる。
「ひえぇ、気持ち悪い……」
「それで?そのシルの未来の旦那様候補は、魔法の実力は大したことない感じなの?」
「ちょっと、ホントに止めて!?」
アイリが口を挟むと、シルが口を尖らせる。
「もちろん決勝まで上がってくるだけあって、それなりの実力は有しておられます……ですが、あちらの山にはうちのクラスは誰も入っていませんでしたからね。シルさんの対戦相手と比べると……」
「しかしさぁ、いくらシルを鍛えたいからってあそこまでするかしらね?」
学年内の序列を決める個人戦。シルの組み合わせは一、二回戦は同じクラスの男子生徒。三回戦はジュリエッタ、準々決勝はスフィア、準決勝はケイという鬼畜ぶりだった。
「まあでも結果的には良かったよ〜、色んな魔法を肌で感じられたしねぇ」
既に気を取り直したシルが、頭だけを湯船から出して緩みきった返答をすると、ケイが聞き捨てならないと、眉間に皺を寄せて振り返る。
「はぁぁぁ〜!?なに余裕だったけど?みたいな雰囲気出してるのよ。今日はギリギリだったでしょ」
「ぜ〜んぜん?スフィアの方が手強かったけど〜?」
シルが相変わらず目も開けずに、『ふわぁぁ』と湯に蕩けた顔のままで答える。
事実として、スフィアのように魔法で強化した高い身体能力を生かした戦法を取る魔法使いというのは、非常に珍しくて厄介な相手。一対一という場においては、接近戦を捌く事が出来ないと勝負にならない。中には魔法戦なのに卑怯だと罵る者もいたが、『学園を出て実戦ともなれば、そういう者も当然いる。一人で事に当たらなければならない時もあるのに、死の間際にあってもそう言うつもりなのか。同年にそうした者がいることを幸運に思いなさい』と、ドロシーに一蹴されていた。
「くっ……いい?シル、スフィア、ついでにジュリも!来年は私が優勝するからね!!」
髪と体を洗い終えたケイはシルの隣に行くと、バシャンと飛沫を飛ばして湯船に浸かる。
「は〜い、頑張ってね〜」
「ちょっとケイ、ついでとは失礼じゃありませんの?今はまだ出遅れておりますが、この中で伸び代が一番あるのはこの私ですわよ?現に……」
このひと月ですっかり恒例となった喧嘩が起きそうだと察知すると、三人に向かい合うように湯に浸かっていたスフィアが、軌道修正を試みて隣に入ってきたアイリに声をかける。
「そ、そういえばアイリも明日決勝戦でしたよね?」
「そうよ、去年と同じ相手なんだけどね……」
昨年圧倒的な実量差を見せつけて優勝したアイリ。その割にはどこか浮かない表情に、スフィアが怪訝な目を向ける。
「何か気になることでも?」
「……ええ、口では説明しづらいんだけど、なんだか違和感があるのよね……確かに使っている魔法とかは同じなんだけど……」
「そうですか……劇的な成長を遂げられた、と言うことでしょうか……?」
「二年生の方は私達も見れてないしね。まあ去年を知らなきゃどうしようも無いか……」
「明日は一年生決勝の後に、二年生の決勝ですわよね?シル、貴女もアイリの応援を、って……シル?」
『ブクブクブク……』
ジュリエッタとケイが視線を横に移すと、そこにあるはずの銀髪は見当たらず、代わりに泡が湯面に顔を出す。
「ちょっ、毎度毎度なんでお風呂に入りながら寝られるのよ!?」
ケイがとジュリエッタ慌てて湯の中からシルを引きずり出す。
「はぁ……アルさんとセアラさんに言った方がいいんでしょうかね?」
「ホント、こんな姿見せられないわよね……」
あられも無い姿で未だ気持ち良さそうに寝息を立てているシルを見て、スフィアとアイリは深いため息を漏らすのだった。
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