倉本くんの含み笑い

をれっと

第1話 赤坂視点

 何を恨めばいいのだろうか。親?ウィルス?自分?

 私は私立の高校に通うごく普通の高校1年生だ。しかし、まさかの新型コロナウィルス出現によって、がったがたになってしまっていた。コロナが出現したのは、中学2年生の1月くらいだ。私の学校では修学旅行は3年生の春だった。時期を考えてほしい。私の修学旅行は1つ消えてしまった。沖縄に行くって言ってたのに。

 その時は「最悪じゃん」なんて風に友達と愚痴っていた。

 私の家はラーメン屋だ。コロナの風を真っ向から受けると考えるかもしれない。しかし、そこそこ常連さんがいたので、その年は何とかなった。問題は今年だった。

 あと1週間後にはクラブ紹介。一種の文化祭みたいな行事が行われるはずだった。そんな時期に、とてつもないことになった。もう一度緊急事態宣言が発令されたのだ。私は「またか」程度に考えていた。

 しかし、うちのラーメン屋はつぶれた。原因は配達だ。うちには一回目の緊急事態宣言の時に配達サービスをするかどうかの会議が行われた。

 その時はかなり楽観視していたのと、「よくわからない」という理由で結局始めなかったのだが、それがよくなかった。その常連さんの半数ほどが配達サービスを知ってしまったのだ。

 誰でも楽がしたいのだ。配達サービスで家にいながらおいしいご飯を食べられるのだということをみんなが知ってしまった。それでまず常連さんが半数ほど消えた。さらに、新規のお客さんも入らなくなったのだ。そりゃそうだ。こんな時期に外でわざわざ食べようとするのなんて若者しかいない。その若者も、ラーメンは有名どころで食べようとするわけだ。

 私たち一家は見通しが甘すぎた。だからつぶれた。


 お父さんが悔しそうな表情でそう言っていた。ここで問題が多発した。私の学費が高いのと、姉も学費が高いことだ。私の姉は絵の専門大学に通って言るが、そっちも私立なのだ。どうすればいいのか全く分からなくて、とりあえずの現状維持。

 その後、すぐに緊急事態宣言は解除されたのだが、もう私には気力なんてない。でも、もう学校に行けなくなるのかもしれないなんて思うと、惜しいきがして学校に登校する。

 そして、1時間目と2時間目の間の休みに、初めて今日、私は話しかけられた。話しかけてきたのは、倉本蒼治くんだった。

 倉本くんは優しい顔立ち、悪く言えばつまらない顔立ちの男の子だ。私が話しかけられるまで彼に気づかなかったのは別にそこまでおかしなことじゃない。彼は陰キャといわれる人だ。ボッチってイメージもないし、本当に印象がない男の子ってかんじ。ただの知り合いって多分こんな感じって思わざるを得ない。そんな彼が、私に声をかけてきた。

「どうしたの?顔色悪くない?」

 顔色が悪い程度で話しかけてくれるほどの間柄だったとは思わなかった。

「だ、大丈夫だよ?」

 すこし怖い。今の状況がそう思わせてしまったのかもしれない。

「ふーん、全然そうは見えないけどね。」

 ぞっとする。こんなに怖いと思ったのは、状況のせいじゃない。何か見透かしたような、そんな目のせいだ。

「学費がなくなったのか?」

 寒気がひどい。もういなくなってほしい。こんなことなら、学校になんてこなきゃよかった。

「あー、えーっと、じゃあね。」

 私がおびえていると、それが伝わったのか、倉本君は自分の席に着いた。少し悪いことをしたかもしれない。


 今日の授業は、どこか上の空だった。私は後ろのほうの席で、倉本君は前のほうにすわっているので、いやでも視界に入る。今日話しかけられて怖かったせいか彼に視線が吸い込まれていた。見ていると、やっぱり彼はふつう過ぎる男の子だ。別にノートをとる時も色ペンを使ってカラフルにするわけでもなく、黒一色で仕上げようともしない。たまにぼーっとして、たまに当てられてあたふたしたり。

 さっき感じた恐怖はやっぱり状況のせいだろう。別に男性恐怖症ではないし、きっとそうだ。


 ずっと、今日ずっと考えていた。彼に相談してみたらいいのではないだろうかと。なんでこんな思考至ったのかというと、彼への侮りのようなものが大きい。彼は陰キャだ。そして、私の異常を先に指摘したのは彼だ。やはり、彼に相談するのが一番楽なような気がした。


 放課後、私は少し勇気を出して彼に質問することにした。

「ねえ、今朝声かけてくれたじゃん?」

「え?あ、うん。」

「ちょっと聞いてほしいことがあってさ。」

「うん。」

 彼は前に向けていた体をこちらに向けて、真剣に聞く姿勢をとった。

「実はうち、コロナで失業しちゃってさ?」

「うん。」

「入ったばっかりなのにわたしもうこの学校退学しなきゃいけないかもしんないの。」

「え?」

「だから、あの、お金がないせいで。」

 相談してからだんだん後悔してきた。さっきまで私は追い込まれすぎて思考がもっと後のことを考慮できていないままに話しかけてしまった。これをみんなに知られたらどうなっちゃうんだろう。なんだか泣きたくなってきた。

「いや、生活保護とか申請したらいいんじゃないの?」

「え?」

「いや、生活保護。」

「そんなのとれるの?」

「多分取れるでしょ。じゃなきゃ今日、日本のどこかで餓死者が出てるでしょうよ。」

「でも、審査厳しいってきくし。」

「もし無理でも失業保険は効くでしょ?」

「うちは自営業だったから。」

「あー、じゃあ失業保険は無理なわけか。」

「うん。」

「もうやばかったら休学するしかないだろうね。」

「休学?」

「そう、休学。多分休学開けは浮くことになるかもしれないけど、退学するのはちょっと微妙なんじゃないかな?俺もあんまりよく調べてないからわからんけど。」

「でも、このままじゃ生活もままならないかもしんないし。」

「自己破産が怖いってこと?」

「え?うん。」

「まあ確かにいくつかの人気な職種にしばらくつけなくなるしなあ。」

「どんな感じなのかしってるの?」

「え?いや、特別詳しいわけじゃないよ?ちょっと調べたことがあっただけで。」

「つけなくなる仕事ってどんなのがあった?」

「どんなだったかなあ。なんか多分一部の資格?が無効になるんじゃなかったかな?確か弁護士とか無理になったはず。」

「しばらくってどれくらい?」

「え?えーっと真っ当に生きてればどれだけ長くても10年だったと思う。」

「そうなのか。」

 あれ?そんなに絶望的な状況でもないのかな?

「ちょっとは楽になった?」

 倉本君はやっぱり見透かしたような目でこちらに笑みを浮かべていた。にこりっていうか、にやりというか。でも、怖いというよりは、少し面白く感じた。へたくそな笑顔でそう聞いてきた。にやりとした笑みだけど、確実に私の目を見据えていた。

「うん、ちょっと楽になったかも。」

「そりゃよかった。」

 倉本君は安心した感じではない笑顔でそう返し、

「赤坂さん、ばいばい。ちゃんと寝なよ?多分いま免疫力落ちてるだろうから。」

「わかった。」

 特に私の趣味について聞いてきたりするわけでもなく、そのまま倉本君は帰っていった。

「見た目で判断しちゃだめだな。」

 落ち着いたせいか、ちょっと澄んだ声がもれた。

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