妹と文鎮

「お゛に゛いじゃあああああんんん!!!!!」


 やかましく睡が俺の部屋に飛び込んできた。毎回のことだがノックの一つも欲しいところだ。


 しかしそんなことを言って聞くような睡ではないので俺も何があったか聞く。


「何があったんだよ?」


「ごれでしゅ……」


 そう半泣きで差し出してきたのはスマホだった。それ自体は普通なのだが、現在ブート中であった。別に普通のスマホにしか見えないんだがな?


「コレがどうかしたのか? ただの起動中だろう?」


「ちょっと待っててください」


 そう言って睡が俺をさえぎる。何もおかしなところはなくスマホは起動した。……と、そこで電源が落ちた。再び起動中の画面になる。


「あー……これね……ブートループじゃん」


 起動中に落ちて再起動に入る。何回やってもそれを繰り返すAndroidでは比較的よくあることだった。いや、普通はあってはならないのだがちょっといじっているとこの状態になったり、酷い時だと普通に使っているだけでも起こることがあるのでどうにも好きになれない。


「お兄ちゃん……これ、治せますか?」


「うーん……」


 はっきり言えば治せなくはない。Google謹製のスマホなので一応仕様もソフトも公開されているので不可能ではない。ただ……


「データはお亡くなりになるな」


「びゃあああああああああああんんんん!!!」


 そんなに大事なデータが入っていたのだろうか? コレばかりはどうしようもない話だ。申し訳ないが諦めてもらうほかない。


「どうにか! どうにかデータを!」


「無理だって、これSDカードも刺さらないじゃん? 普通に内部ストレージに保存してるんだろ? クラウドに少しくらいバックアップしてないのか?」


「してないですよ! 私だって流出がマズい写真の判別くらいつきますよ!」


「まずそういう写真を保存するのをやめような?」


 何の写真を撮ってたのかは知らないけどさ、妹にもコンプライアンスってものがあるはずなんだよなあ……


 そもそもこのスマホはセキュリティに力を入れていて専用チップまで使っているので内部ストレージを引っ張り出すことも難しい。


 セキュリティやプライバシーも大変結構なのだがパスワードを忘れるような人までいるのにサルベージ不可の制限はいい迷惑でもある。俺はストレージを暗号化しているが、鍵を無くして酷い目に遭ったこともある。


「ちなみに何のデータだったんだ?」


「え゛!?」


「いや、別に責めようってわけじゃないからさ、ただどこか別のところに保存できてないのかなって」


「ええっとですね……お兄ちゃんの写真です……」


 まったく、俺の写真なんて撮って何が楽しいのかは分からないがそれなら消えても構わないだろう。


「じゃあとりあえずワイプするな? これで初期化されるから大抵それで治るぞ」


「ちょっと待ってくださいよ! 大事な写真が消えちゃうじゃないですか!?」


「俺の写真だろう? 消えてもいいな」


「よくないですよ!? お兄ちゃんとの思い出なんですからね!」


 そう言われてもなあ……


「じゃあ俺の写真を撮っていいから初期化するぞ、写真くらいなら好きなだけ取ればいいだろ」


 ちなみに最新のスマホなので昔々の思い出の写真がなどという心配はない、精々このスマホにしか保存していない写真なんてここ一年にも満たない程度の思い出だろう。


「じゃあ、約束ですよ! ちゃんとお兄ちゃんの写真を撮らせてくださいね?」


「はいはい、じゃあ消すな」


 俺はスマホをシャットダウンし、ブートローダーで起動させる。酷い時にはここまで壊れることもあるが、滅多なことでは起こらない。基本的にROMの焼きミスでもしなければここは生きているので最低限の初期化くらいは可能だ。


「ワイプっと……」


「うぅ……お兄ちゃんの写真……グッバイ……」


 大げさな奴だ。俺の写真の一体何が大切だと思っているのだろう。しかもここ最近の浅い思い出に何をこだわっているのだろうか? 俺の知ったことではないので『工場出荷維持の状態に戻す』を選択して完全初期化をした。


「お兄ちゃん、これで治ったんですか?」


「どうだろうな……大抵これで治るもんだが……」


 起動画面を過ぎて初期設定画面に入り数秒で電源が落ちた。


「あー……ダメみたいだなこれ……」


「ええ!? データ消えちゃったんですよ!? スマホも直らないって酷いじゃないですか!?」


「まあ落ち着け、こういうときのための最後の手段もある」


「本当ですか?」


 睡は大変訝しげだが、本当に初期化するという方法があるので一応大丈夫だ。ただなあ……


「焼き直すの結構面倒くさいんだよなあ……」


 公式が初期ROMを用意してくれているのでそれを使えば完璧に出荷時まで戻すことは可能だ。しかもこのROMはブートローダーをアンロックしている必要すらないという優れものだ。


「まあまあ、大変なのは分かりますけどお願いですから!」


 やれやれ、俺はPCを起動して公式サイトの初期ROMをダウンロードし始める。さすがに最新だけあってバニラのOSとはいえそれなりのサイズがあった。


「しばらく待とうか」


「お兄ちゃん……大丈夫なんですよね?」


「大丈夫じゃないか? さすがにOSを焼き直しても無理って事はないと思うぞ」


 そんな話をしているとダウンロードが終了した。俺はPCにスマホを繋いでブートローダーで起動する。こちらは生きているので後は焼くだけだ。


 コマンドラインを表示してスマホに繋ぐ。そこから初期ROMを焼く、直に終わった。


 そして販売時の状態に戻ったスマホは正常にブートしていく。初期画面が表示されるが幸いにも今回は再起動することは無かった。


「ほら、これでいけるだろ」


「ありがとうございます!」


 パシャ


 そんな音がした。睡の方を見ると別のスマホで俺の写真を撮っていた。


「二つ持ってるのにこっちを直す必要あったのか……?」


「私は欲張りですからね!」


 パシャ


 パシャ


 パシャ


「なあ……何を撮ってるんだ? 俺は何もしてないぞ?」


「お兄ちゃんが撮っていいと言ったので許可が取り消される前に撮れるだけ取っておこうと思いまして……」


「はあ……好きにすればいいんじゃないか」


 それから延々と撮影を続けられて、結局俺は無駄に撮るんじゃないと睡を部屋から出すまでそれは続いたのだった。


 ――妹の部屋


「ぐへへ……お兄ちゃんの写真です!」


 これはバックアップをしておかなければなりませんね……貴重な写真を保存するのは当然です。


 まさかスマホが自然故障するとは思えませんでしたが、幸い写真はバックアップされていました。お兄ちゃんへのブラフは大成功です!


 私は今日撮った写真を大量にクラウドストレージにアップロードして安心して眠りました。

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