カフェインとロキソプロフェンの相関関係

「ヴォエ……あったまいたい……」


 俺は頭痛に苦しんでいた。コーヒーをマグカップ十杯はあまりにも飲みすぎた。カフェインの致死量には至っていないが意識に影響するレベル程度には摂取していた。


「お兄ちゃん、寝不足ですか?」


 キッチンに行くと睡がそう聞いてくる。俺は頭痛でぼんやりとした頭で答える。


「ああ、コーヒーを飲み過ぎた……」


 睡はあきれ果てた顔で俺に言う。


「お兄ちゃんは加減を知りませんねえ……どうせただでさえ大きいマグカップで何杯も飲んだんでしょう?」


「たったの十杯だよ……」


「お兄ちゃん、それは『たった』とは言わない量ですよ」


 睡が優しげに言う。


「今日は学校を休みますか?」


「いや、行こうかな……うぇっぷ……ロキソニンを飲めばなんとかなるだろ」


 睡はそこで強く俺に言い放った。


「お兄ちゃん! それは大丈夫とは言わないんです! 今日は休んでください! 学校には私から連絡しておきます! いいですか? 今日はコーヒーもロキソニンも無しです! 言っておきますがアスピリンならセーフとか言わないでくださいよ?」


 そう言ってコップに一杯の水を入れて俺の前に置く。何の変哲もないただの水だった。


「とりあえず水を飲んでカフェインを流してください、もちろんですが今日はエナドリも禁止ですからね!」


 そう厳しく言われて俺は渋々水を飲んだ、味が全くしないが、味が無いだけに戻すような刺激も無い。


 そうしてグラス一杯の水を飲んでいる間、睡は電話で話をしていた。


「お兄ちゃん、私たちの欠席の連絡はしておきました」


「え……だって俺だけ休めばいいんじゃ……?」


「私はお兄ちゃんのことが好きですがね、こういうことについては信用はしてないんですよ。どうせ学校に行ったら頭痛薬飲んで落ち着いたらまたコーヒーを飲む気でしょう? だから今日は私も休んでお兄ちゃんを見守ります」


 断言されてしまったが、割と当たっている俺に対する分析はよく分かっているものだった。


「ではお兄ちゃんは部屋で寝てください。私が看病をします!」


 睡はそう言いきる。ただ俺としては……


「別に頭痛がするのと気分が悪いだけだから看病は必要無いと思うんだが」


 そんなもっともな疑問に対して睡はシンプルな回答を返す。


「私が弱っているお兄ちゃんを看病するチャンスじゃないですか!」


「そんな理由なの!?」


 思った以上にくだらない理由で呆れる。しかし、俺も部屋に戻って寝るのはいい考えに思えた。ズキンズキンと頭の奥で鐘をつかれているような痛みが響いている。この鬱陶しい痛みを鎮められるなら安静にしていようと思えた。


「じゃあ俺は部屋に帰っとくな、水は……空のペットボトルがあるな」


 俺はその500mlボトルに水道水を入れて部屋に持って帰ることにした。コーラやドクペでも飲めそうではあるが、これ以上のカフェイン投入は避けるべきだろう。せめて炭酸水が欲しいところだと愚痴りたいが、無いものは無い。贅沢を言える立場ではないので素直に部屋に戻った。


 布団に飛び込むが頭痛で眠気がやってこない、カフェインという番兵が眠気を門前払いしているようだ。しかし起き上がるとまた頭痛が襲ってくるので横になったままペットボトルから水を飲んだ。


「お兄ちゃん、無事ですか?」


 そんなことを言いながら睡が入ってきた、手にはスポーツドリンクが握られている。どうやらカフェインレスの飲み物を持ってきてくれたらしい。


「なんとかな……正直たかがカフェインが次の日まで響くとは思ってなかった」


 睡はやれやれと首を振る。


「お兄ちゃんは無茶が過ぎるんですよ、加減ってものを覚えないと酷い目にあいますよ?」


「酷い目なら現在進行形であってるよ」


 我ながら情けないザマだとは思う。体は全く問題無いのに頭だけが痛み止めを求めていた。水をもう一口飲んでから睡に聞く。


「スポドリ持ってきてくれたのか?」


「そうですよ、麦茶でもよかったんですけどね、スポドリの方が水分補給にはいいでしょう?」


「助かる」


 睡の手からペットボトルを受け取って蓋を開け、口の中に甘い液体を流し込む。ぐだぐだで朝食も食べていなかったのでその甘さは心地よいものだった。


「お兄ちゃん……」


「なんだ」


 睡が横になっている俺に話しかけてくる。


「隣で寝てもいいですか?」


 何を言ってるんだコイツは……


「いや、普通にダメだろ」


「でも風邪と違ってうつるわけじゃないですし……私としてはお兄ちゃんと一緒に横になりたいんですけど」


 言いだしたら聞かない睡に反論をしようかとも思ったが、頭に釘を打ち込まれているような痛みを抱えながらの議論はしたくなかった。


「分かったよ……ほれ」


 俺は布団の端っこによって反対側の掛け布団を開ける、勢いよく睡が飛び込んできた。その勢いで俺の体に当たるものだから頭痛がガンと響いた。


「勢いってものを考えろよ……」


「ごめんなさい……嬉しかったのでついつい……」


「はぁ……大人しくはしておいてくれよ?」


 睡の口数が少ないような気もするが頭がそれを分析するほどはっきりとしていなかった。


「ドキドキしますね……」


「そうだな」


 そうは言っても隣の睡の存在より近いところである頭に痛みが居座っている限りはこの状況をよく考えることは出来なかった。


「お兄ちゃん、温かいですね?」


「ああ、エアコン強くするか?」


「そうではなくて……」


 最後まで言わずに睡は黙ってしまった。我慢は出来るようだし、空調は僅かに冷房をかけているだけで、これ以上下げると寒くなりそうだったのでそのままにした。


 喉が渇いたのでスポドリの残りをまとめて飲み干した。渇きは癒やされたので後は頭痛が治まるのを待つだけだろう……そこで記憶が抜け落ちてしまった。


 気がつくと俺の隣で睡が寝ていた。今までの思い出せる記憶を全て思い出す。あれ? ちょっとマズいんじゃないかな?


「睡、起きろ!」


「ふぇ? なんですかお兄ちゃん?」


「しれっと人の意識が無くなりかけてる時に添い寝をするんじゃない! ビビるだろうが!」


「ちっ……どうやらもう大丈夫みたいですね」


 なんで良くなったのに舌打ちをされなきゃならないんだ……とにかく、なんとか体調が戻ったのでもう大丈夫だろう。


「ほら、もう心配要らないから睡も部屋に帰れ」


「はーい……ところでお兄ちゃん……」


「なんだよ?」


「いつでも頭痛に襲われてくださいね?」


 そうニコニコ笑いながら部屋を出て行ったのだった。


 その日から俺はカフェインはほどほどにしようと心に誓ったのだった。


 ――妹の部屋


「ふへへ……ぐへへ……いやあ役得役得」


 お兄ちゃんと添い寝なんて最高じゃないですか! やっぱり写真を撮っておいて大正解ですね!


 ふふふ……お兄ちゃんも写真を撮られていたことには気づいてないでしょう。


 これをこうしてっと……


 私はその写真を添付して重さんを煽るのに使うのでした。

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