週明けの憂鬱

「うぇえ……まーた学校が始まるのか……」


 俺はついついそうこぼしてしまう。現在月曜日の朝、もうじき登校する時間で今は朝食中だ。


「お兄ちゃん、諦めましょう。そりゃあ私もお兄ちゃんと二人きりの休日というのも甘美で良いものですが学校でもアピールするのは嫌いではないですよ?」


 睡は何も気にした風でもなくそう返す。


「俺は目立ちたくないんだよ……なんか最近睡と歩いてると町中でも好奇の目で見られるしさあ! そういう名物兄妹にはなりたくないんだよ!」


 俺の魂の叫びは妹にはまるで響かなかったらしく、何処吹く風で俺の言葉が流されていった。俺は名物兄妹とか求めてないんだよ! ごく普通の兄妹として見て欲しいだけなんだよ! と言いたいところだが今更それを言ってもどうしようもないのだろう。


「お兄ちゃん? 私と一緒にいられるのは名誉なことですよ? 何しろ学校でも私が可愛すぎるせいかロクに話しかけられませんからね!」


「それは可愛いからじゃないような気がするんだが……」


 主に原因は俺との関係にあると思うぞ……


「お兄ちゃん、私が気持ちよく発言してるのをさえぎらないでくれますか?」


 ピキピキと青筋を立てて言う睡に俺は反論する気にはならなかった。


 ピピピ……


 俺のApple Watchがアラームを鳴らす、八時にかけているのでそろそろ登校の合図だ。


「まあ、何を話してたって学校からは逃げられないな……」


「ですね、行くとしましょうか」


 食器を片付けて鞄を持ち、玄関に向かう。どうにも月曜日は憂鬱な時間だし、一々そんなことにめげるメンタルでは生きていけない。渋々だとしても納得して回りに流されていくしかないのだろう。


 睡が鞄を持ったので俺たちはさっさと月曜日を勢いで過ごすためにやや速い足取りで玄関に向かった。もし立ち止まったら学校に行くのがとても面倒になってやめていたのかもしれない。まあ何にせよ俺と睡は登校を始めたというわけだ。


「おはよ、誠!」


 重が玄関を出るなり俺たちに声をかける、なんだよ……もしかして待っていたのか……? まさかな……


「おはよ」


「おはようございます、重さん」


 睡もなんだか気怠そうに挨拶を返す。相変わらず重との距離を感じないでもないがこの二人は喧嘩はしても戦争に発展しない程度のところでギリギリ踏みとどまるポイントで止まっている。仲が良いのは良いことだ。


「なんでウチの前で待ってるんですか……RPGの仲間キャラじゃねーんですよ……」


「私は誠を待っていただけだからね! 睡ちゃんを待ってたわけじゃ……」


「もっと悪いですよ! むしろ私を待ってると言いましょうよ!」


 何やら二人が揉めているが、あまり時間が無いのでさっさと登校しなくっちゃな。


「二人とも、そろそろ歩かないと間に合わないぞ?」


 そう言うと振り向いた二人が俺につられて歩き出す。コレも日常となりつつある、重が美少女だと話題になったこともあるがその評判が流れて少ししたらあの子はやめとけという話が耳に入った。何があったかは知らないが出来ればアイツも人並みの人生を歩んで欲しいと思っている。


「はーい」


「そうね、遅刻するわけにもいかないしね」


 そうして三人で通学路を歩いて行くと周囲からの好奇の目も気にならなくなっている自分に気がつく。以前は睡と一緒にいたら注目を時々されていた。今は三人になって以前より少し支線が増えたような気がする。しかし、そんなことを気にしていてはキリがないので気にすることなく歩いていく、その程度の胆力は高校に入って一月で身についていた。


 スタスタと学校まで歩いて行くと睡と重は仲良く下駄箱を開けていた。俺は眠たげに上履きを取りだしてはいた。何故か睡と重の間にピリピリとした空気が流れているが俺が知ったことではないな……あの二人ならどうしようも無いほどの喧嘩には発展しないだろうし眺めながら適当なところでおしゃべりを切り上げさせた。


「もうじき予鈴だぞ、そろそろ先に行くからな」


「あっ! 待ってよお兄ちゃん!」


「はぁ、やれやれ……あなたたちはしょうがないわねえ……」


 そうしていつも通り(コレを三年繰り返す必要があるのか……)教室に入ると俺たち三人を一瞥して各々再び談笑や音楽を聴いたり、本を読んだリに戻っていった。四月の頭と違って俺たちに関心を示すクラスメイトは居なかった。コレも一つの『目立たない』に入るのだろうか?


 席に着くと隣の但埜が話しかけてきた。


「相変わらず美少女二人を引き連れてるな。あやかりたいものだな」


「別の女と話したという理由で夕食が塩パスタになるような生活が好みなのか?」


「……」


「ちなみに食材は全て管理されてるぞ?」


「苦労してるんだな……」


「まあな、それでも重と話す分には何も言わないからあの二人は仲が良いんだろう」


 但埜も無言になったところで担任が入ってきた。担任は俺たちの顔をざっと眺めた後に笑った。


「よーし、お前ら今日も揃ってるな! 全く……お前ら生徒は休日明けに突然来なくなることがあるからな、私らも苦労してるんだぞ! まあそんなわけで私の安心の教師生活のために真面目に登校しろよ!」


 そう言ってから笑って出て行った。一通りの授業を受けると昼休みになった。いつも通り睡と一緒に食べようとしたら重も一緒に座ってきた。俺と睡は対面に座っていたのだが重が『一緒にいい?』と聞いてきたので『いいぞ』と答えた。睡は少し考えてから『いいですよ』と言ってくれた。


 睡にしては素直だなと思っているとコイツは俺の横にピタリと椅子をくっつけて座ってきた。


「睡ちゃん、そこに座るの?」


「重さんをお兄ちゃんの隣に座っていただくには申し訳ないですから」


「あら、私は構わないわよ?」


「へへへ、私が構うんですよ!」


 そうして俺の隣に座った睡が弁当をパクパク食べ始めてしまったので重も議論を続けることを諦めて食事を始めた。俺は黙々と食事を済ませていった。隣の席の但埜には椅子を提供してもらって申し訳ないと思うがこの二人は全くそんな気持ちなど持っていないらしく平気な顔をしていた。


「お兄ちゃん! 今日のお弁当はどうでしたか?」


「ああ、美味しかったぞ」


 少しだけ、ほんの少しだけその言葉を言う時に注目をされたが一瞬で支線が外された。妹の手作りだから好奇の目で見られても困るのだがな。


 俺はパックに入ったオレンジジュースを飲みながら睡と重と一緒に昼休みをとりとめの無いおしゃべりに消化した。


 そうして午後の授業とHRが終わって気分良く出て行った担任を見てから、今日も何事もなく一日が終わったことにほっとする。


「帰りましょう! お兄ちゃん!」


「かえりましょうか、ね?」


 二人ともに帰宅しようと言ってくるし俺も取り立てて用事は無いので帰宅をすることになった。


「ね、ねえ誠、睡ちゃんのお弁当食べてたのよね?」


「ん? ああ、そうだが?」


「じゃ、じゃあよかったら……」


「はいストーップ!!! しれっとお兄ちゃんに手作りしようって腹ですか? 甘いですよ! お兄ちゃんのお弁当は私が作るんですからね!」


「な……別にそんなんじゃ……」


「じゃあ明日からも私がお弁当を作って何の問題も無いですね?」


「え、ええ、そうね……」


 睡の割り込みはとても強く、有無を言わせず認めさせる力を持っている。重が実際に何を考えていたのかは不明だがとにかく意見を引っ込める程度には睡の圧は強かった。


「じゃあね! 重さん! 私たちは一緒に帰りますので!」


「はぁ……分かった分かった、それはいいから睡ちゃんも少しは自立しなさいよ?」


「私はお兄ちゃんに寄りかかって過ごすので問題ありません!」


「それが問題だって言ってるんだけどなあ……」


 そうして二手に分かれて帰宅をするのだった。


 今日の夕食はカレーだった。結構長い時間をかけて作っていたので多分気分のいい日なのだろう。毎日気分良く過ごしてくれるといいんだがなあ……


 そう考えながら一日が終わった。


 ――妹の部屋


「重さんには要注意ですね……」


 私はそんなことを考えます。確かに重さんのおかげでお兄ちゃんの隣という特等席で昼食を取ることが出来ました。それに異存は無いのですが、やはり二人きりでの昼食が理想です。


 私は強欲なのでお兄ちゃんを何処までも求めます。ただただお兄ちゃんだけのために私は全てを排除してきました。だからこれからもきっと……


 いずれお兄ちゃんが離れてしまうという怖い考えが浮かんでから、その光景はお兄ちゃんの笑顔で塗りつぶされていきました。

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