休日を過ぎて
誰だって休日の後の学校が好きではないだろうと思う。きっと社会人になっても月曜日に出社するのが楽しくて仕方ないという人は少ないだろう。何が言いたいかと言えば月曜日がやってきた、そういうことだ。
月曜日というやつは人をひどく陰鬱な気分にさせる。あるいは何か月曜日に決まって起きるイベントでもあれば楽しいのかもしれないが、今のところ俺にはそんな定期イベントなど無かった。俺のプレイしているソシャゲのウィークリークエストは日曜日に終わる、つまり月曜日はなにもご褒美も無いのに登校して通り一遍の授業を受けて帰宅するという作業日になっている。
「あぁ……面倒くさいなあ……」
俺が朝食のご飯を口に運びながらそうぼやくと、目の前の妹からは歓喜の声が上がってきた。
「ほほう! つまりお兄ちゃんは私と爛れた関係をお家で築きたいと言いますか!? 私は一向に構いませんよ!」
「さて、登校するかなあ……」
妹の睡は泣き顔で俺に文句を言ってきた。
「お兄ちゃん! そこは妹と一日学校をサボる展開にするべきでしょう!? まるで私が学校より魅力が無い見たいじゃないですか!?」
「真面目な学生舐めんな、俺はちゃんと学校に行くぞ」
嫌なことから逃げても更に嫌なことに向き合うことになるのは世間の常だ、そうそう兄として安易に逃げることは出来ないと思っている。妹にその姿勢を見せるのは兄としての義務と言ってもいいだろう。兄妹たるもの兄が妹に対して道を示さなければならないと考えている。
「はぁ……さっさと食べて学校に行きますよ?」
「ああ」
朝食のご飯とインスタント味噌汁を飲んでスマホでニュースを確認した後、鞄を持って玄関に向かう、当然睡もついてきた。
「お兄ちゃん、変なところで真面目ですよね? 私はお兄ちゃんがそれで人生損をしないか心配ですよ」
「安心しろ、お前に迷惑はかけないよ」
妹に迷惑をかけるなど兄の恥だと思う。妹の規範となるのが兄というものだ。スマホをポケットに戻してドアを開ける、朝日が俺の目に突き刺さってくる、陽キャ以外には太陽はつらく当たってくるので俺にとっては好きではないものの一つになる。だからといって太陽がなければ生命が維持出来ない以上この眩しい日差しは受け入れるしかない呪いのようなものと言える。世の中には呪いだってプラスに出来るやつがいるから驚きだ。
「じゃあいこうか」
そう睡に言って歩みを進める、多分前世は夜行性の生物だったであろう俺は日の出とともに活動を始めるというのはあまり向いていないのだろう。その天敵たる太陽が雲一つ無い空に浮かんでいるのを恨めしく思いながら睡が出てきたので玄関に鍵をかける。
「いい天気ですね! こんな日はデートなんかをしたくなります!」
「そうか……」
「お兄ちゃん、テンション低いですよ? もっと可愛い妹と一緒にいられるのを嬉しく思うべきでしょう?」
隣からいつ合流したのか気づかなかった重がツッコミを入れる。
「睡ちゃん、そういうのは自分で言うものじゃないと思うわよ?」
「いたんですか? 影が薄いので気づきませんでしたねえ?」
「はいはい、いつものことだから文句もないけどね……」
重は広い心で睡を許すようだが、睡の方は敵意をむき出しにしている。
「なんで私とお兄ちゃんの間に入ってくるんです? 後ろを歩いててくれませんかね?」
「睡ちゃんは家に居る間ずっと誠と一緒にいるんでしょう? 四六時中くっついてたら暑苦しいじゃない」
睡は露骨に不満そうに重に文句を言う。
「それは重さんがお兄ちゃんとベタベタする理由にはならないと思いますがね」
そう言って重を押しのけようとするが、重の方も譲らず俺と睡の間に立っていた。
「じゃあ行きましょう!」
「はーい……」
「お前らは元気だなあ……」
よく月曜日の登校にそこまで熱心になれるものだと重には感心する。コイツのようにありたいものだが、どうにも俺には生来のものなのか義務的なことに励むことに熱心ではなかった。なんなら働くことなく大金が欲しいとさえ妄想する、それが悪いことだとは思わないが、俺には熱心に働いて賃金を得るという真っ当な社会的生活に適応出来ないような気がする。
「誠は元気ないわね?」
「睡も大概のような気はするが……」
「あっちは元気が無いわけじゃないでしょ?」
「なんだ? 別の理由か」
「気がつかないってあたり、あなたはどうしよう無いわねえ……」
盛大にディスられている理由がさっぱり分からない。分かったところでどうにか出来ることではないのだろうが。
「まあ月曜になったら……あんたに……会えるし……」
「なんだよ? ボソボソと」
「何でもないって! 細かいことを気にする男は嫌われるわよ?」
「えぇ……」
なんでそこまで言われなきゃらならないんだよ……この三人が揃うと大抵理不尽さが吹き荒れるが、大抵俺か重がその荒らしの被害に遭う羽目になる。睡はおおよそ騒動を起こす側なので心配はしないのだが……
「お前らは俺を困らせないと気が済まない性分なのか……?」
俺が不平を一つたれるが、その愚痴はしれっと黙殺されて何一つ聞かれることはなかった。
キーンコーンカーンコーン
予鈴が鳴る頃に上履きを履いて教室に向かう、この三人はいつものメンツなのでもうすっかり学校の名物と化していて、羨ましいという声すら一言も上がらないのが当然のことになっていた。
教室に入るとクラスメイトも俺たちに支線をやってから日常の会話に戻っていった。『いつもの』というわけだ。
そうして席に座ると隣の但埜が話しかけてきた。コイツは俺を羨ましいと思っていて、睡に露骨に邪険にされても平気な顔をして俺に話しかけてくる鋼のメンタルの持ち主だ。
「よう誠、相変わらず睡ちゃんかわいいな?」
少し考えてから謙遜したら睡が不機嫌になることを考えて無難に答える。
「かわいいがな……常識を持ってさえいれば完璧な妹だな」
そう、常識という社会生活を送る上で基本になるスキルを持っていないという点を除けば出来ることも多く、見た目もかわいい素晴らしい妹だ。残念なのはそれを使うところが俺と二人きりの時のみだということが割と致命的なところだろうか。
そんな会話をしていると教師が入ってきた。
「お前ら、たるんでないな? お前らの成績が私の成果になるんだから気合い入れろよ!」
そんなやる気を微塵も起こさせない発破をかけてHRが終わった。
いつも通り授業が進み、お昼ということで三人で弁当を囲っていた。実のところ四月には何回か学食に行ったこともあるが、重がついてきた時に睡が露骨に嫌そうな顔をしたので少し揉めて弁当を作るということに決まった。手料理をお兄ちゃんに食べて欲しいとは妹の談だが重の親の苦労を考えると少し気の毒にもなる。
「ねえ歳月さん? たまには私たちと食べない?」
クラスメイトに重が誘われる、実は睡と違って重は時々クラスメイトとの付き合いがあったりする。完全な没交渉にしている睡とはそこが大きな違いだ。
「ああ……うん、そだね。そっち行くわ」
ささっと開けそうだった弁当箱を持って友達の所へ行った重を見送ってから、俺は睡と二人の昼食を食べることになった。但埜に誘われたこともあるがはじめの一回で睡の恫喝を受けて以来昼食に誘われることはなかった。
「お兄ちゃん! 美味しいですね!」
「そうだな」
サンドイッチを口へ運びつつ相づちを打つ。どこぞのコンビニエンスストアと違ってハムサンドにも卵サンドにも隅々まで具が入っている。手作りだとこういう所が強い。
キーンコーンカーンコーン
そうして昼食が終わり昼の授業を受けながら、ポケットでスマホが震えるのを感じつつ、アイツは授業中になにを考えてるんだと思いながらもそれを指摘するわけにも行かず、妙にポケットのあたりがむずがゆかった。
放課後になり、HRは終わって皆帰宅したり部活に向かったりしつつ月曜日が無事終わったことに安堵する。一週間で一番つらい月曜日が終わってくれたので後はその勢いで金曜日まで消化するだけだ。
「お兄ちゃん! 一緒に帰りましょう!」
「お前なあ……授業中にメッセンジャーを使うのはどうかと思うぞ?」
睡に一応釘を刺しておく。しかしその反応は予想外のものだった。
「何のことです? telegramもsignalも起動していませんが?」
「えっ!?」
俺はポケットからスマホを取りだしログを眺めてみる。signalに重からの大量のメッセージが来ているログが残っていた。しかしその全てがタイマーつきメッセージであったのだろう、確認した時にはもうすでに『送られていた』という情報以外が綺麗さっぱり消え去っていた。
「……」
「お兄ちゃん?」
「ああ!? 悪い悪い! 重はもう帰ったのか?」
「ええ、なんだか不機嫌そうに帰って行きましたよ」
「じゃあ俺たちも帰るか」
「重さん……授業中は反則ですよ……」
「どうかしたか?」
「いえ、規則を守ることの重要性について考えていただけです」
「そ、そうか」
そうして夕暮れを家に向かって歩きながら消えたメッセージの謎について考えをめぐらせていた。
――妹の部屋
『重さん、お兄ちゃんになんて送ったんですか?」
私は重さんにメッセージを送ります、少ししてから返信が帰ってきました。
『見られるとマズいような内容とだけ言っとくわ、具体的なのはご想像にお任せね』
くっ! 証拠が消えてしまっている以上追求が出来ません。具体的なデータはお兄ちゃんのスマホから完全に消えてサーバー上にはログが残っていません。重さんを責めるのは簡単ですが、いくら追求したところで本文を教えてはくれないでしょう。
『私はそのメッセージに残ってるようなことをお兄ちゃんとしていますから構いませんよ?』
私はそのメッセージを送信してしばらく待ちます。一向に返事はありませんでした。
重さんがどのような内容を送ったのかは分かりませんが大体内容に想像がつきますね。私のブラフにだんまりを決め込むのは内容が『そういう』ものであることを白状したにも等しいです。
私は既読が最後に送ったメッセージについてから反論が出来なくなっているであろう重さんを想像して気分よく眠ることが出来たのでした。
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