休日の狭間

「あぁ……面倒くさいですねえ……」


「そう言うなよ、文句を言ったからって暦が動くわけないだろう?」


 そう、今日はゴールデンウィークの中の平日なのだ。もちろん休日の間に登校日が挟まることには俺も文句の一つも言いたいが、どうにも睡は切れすぎのような気がしてならない。


「別にお兄ちゃんと一緒に登校するのは構わないんですよ? 問題は……」


「なんだよ?」


「まあ、いずれ分かりますよ。具体的には8時過ぎ頃ですかね」


「やけに具体的だな……」


 なにを言っているのかは分からないがとにかく現在七時半、後30分と少しで分かるらしい。


「ゆっくりしましょうよ……限りある時間を大切にってやつです!」


「限りあるって……別にさっさと登校しようが時間は変わんないと思うんだが?」


 睡は分かってないなあと首を振る。


「いいですか、私とお兄ちゃん『だけの』時間を大切にしようって言ってるんですよ?」


「大事にしてるじゃん」


 妹はチッチッチと指を振ってノーと意志を示した。


「いいえ! お兄ちゃんには妹だけを見ようという気概が感じられません! もっとシスコンになるべきなんですよ!!!」


 果たしてシスコンは自慢するべき事なんだろうか……? 非情にうさんくさいことを言っているとは分かっているのだが、何故こうも断言できるのだろう?


 ピピッピ


 アラームがその会話に割り込みをかけた、さすがにそろそろ登校の時間だな……


「分かったよ、なんにせよ登校はしなきゃな」


「あぁ……お兄ちゃんとの二人きりの時間が……」


 そんなやりとりをしながら玄関を出た、睡もそれに続いて出てくる。そこに見知った顔があった。


「おはよ、誠、睡ちゃん!」


「おはよう、重」


「おはようございます、重さん」


 露骨に不機嫌になる睡、なんなんだよ一体!


「重さんも朝が早いですね? もうちょっと遅かったり早かったりしても良いんですよ?」


「あら、睡ちゃんは私がそんなに気に食わないのかしら?」


「気に食うわけないでしょう! お兄ちゃんと私の間に立たないでくれませんか?」


 この非情に殺伐とした空気の間に立たされている俺の身にもなって欲しい……針のむしろのようだ……二人ともから殺気にも近いものが漂っている。


「二人とももう少し仲良く出来ないのか……」


「誰かさんが決断を下せば早いんだけどねえ……」


「あら? 重さんは決断を下されたくらいで諦めるんですか? じゃあ私が粘り勝ちするのは確定ですね!」


「あ!? 喧嘩を売ってるのかしらねえ……?」


 なにを諦めるんだよ……というか睡は諦めなければ夢は叶うとか信じちゃうタイプなのかな?


「二人とも、積もる話もあるんだろうがそろそろ歩かないと遅刻するぞ?」


「はぁ……アンタねえ……」


 呆れ顔の重に対して睡は余裕の表情だ。


「そうですね! では一緒に行きましょうか!」


 そう言って俺の手を取る、何故か手を繋いだ瞬間小走りで俺を引っ張っていく、まるで逃避行をするかのようだ。


 タタタ……


 手を繋いでいる俺も結果的に小走りになってしまう、なお手が力強く握られているのでどうやっても離れそうにない。


「ぜぇ……ぜぇ……そろそろペースを落としてくれ! 俺は体力が無いんだよ!」


 俺のからだが悲鳴を上げてそれを睡に伝えてようやく足が止まる。


「撒きましたかね……」


「睡ちゃん……ちょっと露骨すぎない? もう少し私に優しくしても良いんじゃないかしら?」


「チッ」


「そうやって露骨に態度を悪くすると誠からの印象まで悪くなるわよ?」


「お兄ちゃん、私の態度に何か思うことがありますか?」


 俺は即答した。


「全くもっていつものことだな、平常運行にとやかく言うことは無いぞ」


「ダメだコイツら……」


 あきれ果てたと言ったふうに重が首を振った。


 俺は腕時計を見る、睡が走ったせいで予鈴より随分早く学校に着いた。


「さて、時間が幾らか余ったな……」


「ではお兄ちゃん! 私とお話でもしていましょう!」


「もう止める気もしないけど私も仲間に入れて欲しいんだけど?」


「はいはい、三人でお話ししましょうね」


 重が驚いた顔で睡を見る。


「あれ? 仲間に入れてくれるの?」


 睡はしょうがないという風に渋々宣言した。


「他の誰かが割って入るくらいなら素性の知れた重さんの方がマシってだけです……」


「それもそうね、睡ちゃんはそういう人だったわね……」


 重も一応仲間に入れてもらったせいか多少語気が弱まる。まあいつものメンバーって事だ。


 そしてこの会話をしているのがクラスの中である。目立つことこの上ないのだが……


 そうかと思うと隣の席の但埜が話しかけてきた。


「相変わらず奇麗所を集めてるな……ハーレム目指してんの?」


 俺の返答の前に睡が割って入った。


「お兄ちゃんは私以外を見てませんよ? ハーレムになんてなるわけ無いじゃないですか」


 その宣言には非情に力がこもっていて、妹としてのアドを最大限に生かしたいという意志があからさまに見えるのだった。


 そこへ教師が入ってきてホームルームが始まり会話は中断した。


「おらー、席に着け。出席を取るぞ! 責任問題になるんだから休みの中日だからってサボったバカはいないだろうな?」


 その声に俺は『出席してる奴に言っても意味が無いだろ』などと突っ込もうかとも思ったが、迫力があるのでそれは出来なかった。


 そうしてホームルームが終わり、午前中のみの授業が始まった。ゴールデンウィークの中間と言うことでフルに授業を入れるとサボりがでそうだと言うことから午前中で授業が終わる事になっていた。


 数学、英語、現代文、科学、と一通り教科をこなしたところで終了となった。休憩は全部10分なのでそれほど誰かと会話をするほどの時間が無かったので睡も俺にやいのやいの言うことは無かった。


 帰りのHRになり、『お前ら、休み明けもサボんなよ!』という教師の力強い宣言とともに登校日は終わり、残りの休みをじっくり楽しめることになった。


「さあ帰りましょうか! 二人の愛の巣に!」


「誤解を招くのはやめような!」


「あんた達はいつもそうね……」


 クラスメイトからの冷たい目線に負けて俺は逃げるようにクラスを後にした。


「じゃあ帰りましょう!」


「私もいるわよー?」


 重のその声に対し睡の反応は……


「チッ」


 の一言(?)だった。もう口が悪いという気にもならなかった。


 そうして帰途につき、三人で他愛もない話をしながら帰っている時、重と分かれるポイントを過ぎて二人きりになった途端睡が腕に抱きついてきた。


「へっへっへー……お兄ちゃん……大好きですよ?」


「はいはい、かわいいかわいい」


 そんないつものやりとりをしながら俺たちの登校日は終わったのだった。


 ――妹の部屋


「よっしゃあああああ!!!!! クソ面倒くさい登校日が終わりました! 後はもうお兄ちゃんと私の間にGW中は誰も入れませんよ!」


 フフフ……ついつい笑みがこぼれます。お兄ちゃんとの二人きりの生活に胸が躍ります!


 私は多くの敵を作っています。その自覚が無いほど救いようが無い人間ではありません。ただ、その多くの敵意よりもお兄ちゃんの確かな関係の方がその他多数よりもよほど強いのです!


 だからこそ……私はお兄ちゃんと一緒にいるのです! だって私はお兄ちゃんが好きなのだから!


 この言い知れない高揚感で私はなかなか寝付くことができませんでした。

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