第13話:宿屋組合からの刺客(ただし後輩である)

 第一フロアが完成した日の晩。

 フロア作成にもモンスター誘致にも立ち会えなかったモニアの不機嫌をひとしきりなだめた後、カドモスはまだちょっぴりふくれっ面のモニアから提案を受けた。


「そろそろ宿屋組合と連絡をつけた方がいいんじゃない?」

「宿屋組合と?」


 宿屋組合は、宿泊施設を運営している商人たちが運営している最古の互助会だ。その規模は極めて大きく、真っ当な宿であればこの組合に入っていない宿はないとまで言われるほどだ。

 組合の繋がりは強固で、宿を訪れた顧客の情報などはたちどころに共有される。向かった方向や人数、職業の見立てなど。

 古来より権力者が彼らを情報源としようとした例は多くあるが、宿屋組合は一丸となってそれに抵抗した。一部の権力者の側に立てば、別の権力者から潰されると分かっていたからだ。

 努力の甲斐あって、今では権力とは一定の距離を置きつつも緩い協力関係を結ぶ形に落ち着いている。魔王が現れた頃には国軍や勇者に協力したという逸話も残っているから、その影響力は計り知れない。


「まだフロアひとつしか出来ていないんだけどね」

「それを言いだしたらまだ街道の整備だって始まってないじゃない。街道に宿場を作るなら宿屋組合の協力なしでは立ち行かないわよ?」

「そうだね。ひとつフロアが出来たからこそ、声をかけておくべきか」


 モニアの言葉に、カドモスは納得とともに深く頷いた。

 王都にある宿屋組合の本部に向けた書簡を書くべく、ペンを採る。

 宿屋組合は永い歴史の中で、多くの商業組合を傘下に置いている。その中には装具店の組合や酒場の組合もあり、冒険者たちとは切っても切れない間柄だ。


『下手は酒場組合に声をかけ、上手は宿屋組合に声をかける』


 ダンジョンに関わる者たちの格言として、王都の知り合いが前に教えてくれた言葉である。

 酒場組合は冒険者たちの窓口にもなるので誘致されがちだが、広く見ればその統括は宿屋組合だ。ダンジョンを運営する貴族の視野の広さを比較する逸話で、ダンジョンに関わる予定のなかった学生時代のカドモスやモニアは笑って聞いていたものだ。


「この立場になるとホント、笑えないね」

「本当ね」


 ともあれ、知識は力だ。初手で間違えなくて済むというのは嬉しい。

 カドモスは早急に手紙を仕上げ、宿屋組合の代表に宛てて送る手続きを取るのだった。


***


「宿屋組合から派遣されてきたディナです。ご無沙汰していますね、先輩」

「……君もかっ」


 心から渋面をつくるカドモス。応接室に現れたのは、背の低い少女だった。

 ハーフトールのディナ。ともすれば一桁の年齢に見えそうな見た目だが、年齢は十五。カドモスの学園時代の後輩で、カドモスだけでなくモニアとも親しくしていた数少ない一人だ。

 種族的に放浪を好むハーフトールの中でも珍しく、一か所に腰を落ち着ける生活を好む一族の出で、母親が宿屋組合の理事をしている。家が宿屋組合の重鎮ということもあって、貴族に交じって学園に通っていたのだ。


「ま、先輩たちがいない学園には興味ないんで。領主サマになった先輩が血迷ってダンジョンに手を出した時に備えて家に戻っていたんですよ。あは」

「君もかっ」


 モニアといいディナといい、何故こうもカドモスの考えを予測するのか。

 溜息をつくと、ディナは罪のない笑顔で言う。


「でも正直、思ったより順調みたいで驚きました」

「そうだね。僕もまさか伝説のダンジョンディガーに師事できるとは思わなかった」

「ツキも実力ってやつです。モニア様もたまには戻って報告したほうがいいんじゃないです? 迷宮省の連中、困ってましたよ」

「困らせとくわ。カディのダンジョンが完成したら辞めるしね」

「それはそうでしょうけれども」


 ディナが呆れたような息をつく。

 そして見た目には不釣り合いな鋭い目でカドモスを見据える。

 ここからは商談だ。学園の先輩後輩ではなく、宿屋組合を誘致したい領主と、それに見合う旨味を提示出来るか冷徹に見据える宿屋組合の代表として。


「街道の工事は年明けには始まる予定ですよ。王都は金鉱山の発見で湧いてます」

「そうか、始まるんだね」

「コルプスの近くまで街道が延びるには一年はかかると見ます。こちらが資材を用意して宿場を作るのはその後ということになりますね」

「うん」

「そしてダンジョン。今は第一フロアが完成したばかり、でしたね? 手紙をいただいてからの進捗は?」

「第二フロアの階段を掘り終えたところだね」

「え? 掘る?」


 聞き違いをしたかと怪訝な顔をするディナ。安心してほしい、間違っていない。

 当事者であるカドモスもモニアも、最初はこんな顔をしていたはずだ。

 二人の様子に、ディナは確認を諦めたようだ。触れてはいけないと思ったらしい。察しが良いのは相変わらずだ。しれっと話題を変えてくる。


「まあ実際、モニア様がいなければダンジョン創りのアーティファクトも回ってこなかったでしょうしね。そうじゃなかったら先輩にアーティファクトが届くのはいつになったことか」

「あっ」

「モニア先輩?」


 ディナの視線に、モニアが顔を背ける。

 そういえばカドモスが腕輪を預かったのはコージからだ。本当は迷宮省の役人としてモニアが持ってくるのが筋だったということか。

 咳払いをひとつして、カドモスはディナに笑いかけた。


「腕輪は師匠からいただいた物を使っているよ。迷宮省から持ち出したとなったら安心して使えなかったかもしれないからね」

「先輩は本当に甘いんですから。そんなだからモニア先輩のポンコツが治らないんですよ」


 ディナも苦笑で返す。モニアの方をちらりと見ると、ぷくりと頬を膨らませていた。

 ひとまず話を戻すことにする。

 カドモスは第一フロアで採集できた植物を五つ、テーブルの上に並べた。薬草が三つと、毒草を一つ。そして魔力回復薬の材料になるという果実を一つ。

 ディナの注意がテーブルに注がれ、そのまま動かなくなる。

 反応を待つことしばし。


「……先輩。これはもしかして」

「僕のダンジョン第一フロアで採集されたものだよ。別のものが要るなら後で採ってくるけど」

「この辺りにこれが採れるほどの森林はない筈ですっ!」


 がばりと顔を上げたディナは、前のめりになって焦ったような怒ったような顔をカドモスに近づけてくる。

 その手には果実を掴んでいて、今にも握りつぶしそうな音を立てている。

 言いたいことは分かる。これらが採れるのは、森林系のダンジョンなのはカドモスも知っている。領地の産物のために草や樹の生えるフロアを優先するダンジョンマスターは少ないとコージも言っていた。


「確かにそんな大きな森はないね。穴を掘ってそこに第一フロアを作ったんだ。師匠と相談して、村の実りを良くするダンジョンにしたんだ。その結果かな」

「嘘……嘘です! だって、地上にダンジョンを創らない限り植物が生えるダンジョンは存在しないのが通説ですよ!?」

「それは単純に、植物よりも鉱石の方が簡単に金になると判断したダンジョンマスターが多かっただけ、らしいよ」


 カドモスの言葉を信じられないのか信じたくないのか、ディナは複雑な表情だ。

 こうなるのではないか、とコージが言っていた通りになった。モニアが服を軽く引いてくる。考えることは一緒ということだろう。

 カドモスは苦笑を浮かべて、ディナに提案する。


「信じられないなら、一度ダンジョンに入ってみるかい?」


***


 フォルナートは最近、第一フロアの草で作った飼い葉がお気に入りだ。

 今日もファーマートレントが刈って干しておいた草をもちゅもちゅと食んでいる。


「嘘、じゃなかった……」


 カドモスがモニアとディナを連れてダンジョンに下りると、フォルナートは食事を中断してカドモスの頬に自分の頬を寄せてくる。

 フォルナートはダンジョンの草で作った飼い葉を食べ始めてからより一層大きくなった。そろそろ戦闘訓練を始めてもいいかとコージも成長を認めている。

 フォルナートの後ろから、ファーマートレントがゆっくりと歩いてきた。恭しく一礼すると、枝で作った籠をこちらに差し出してくる。


「ああ、ありがとう」


 中には魔力を受けて育った薬草や毒草、キノコに果実が並んでいる。ファーマートレントには周囲の植物の生育を助ける魔力があるらしく、植物の成長は目に見えて早い。


「先輩、今のモンスターは?」

「ここの植物の管理をしているトレントだよ。ここは採集専門のフロアにしようと考えていてね。あのトレントは自分から人を襲ったりはしない」

「採集専門ですか!?」


 悲鳴のような声を上げるディナ。

 カドモスが受け取った籠の中を見て、嘘じゃなかったと今度こそ悲鳴を上げた。

 連れて歩くと、あれは何だこれは何だと聞いてくる。


「先輩。あれはなんですか? 地面の下なのに太陽が」

「あれはサンライトジュエル。ダンジョンでダンジョンマスターが魔力を込めると、ああいう風になるんだ」

「先輩先輩、あそこだけ畑になっていますけど」

「この草原にたまに麦が生えるみたいなんだ。村の連中とトレントが一緒に育ててる最中だね」


 次のフロアに続く階段の前まで来たところで、下からコージが上がってきた。

 いつもどおり荷物袋を担いでいるが、今日は互いに掘る予定はなかったはずだ。


「師匠?」

「おう、カドモス。そこの嬢ちゃんがお客かい?」

「ええ。宿屋組合の代表です。僕とモニアの学生時代の後輩でもあります」

「そうかい。初めまして嬢ちゃん、俺はコージ・ツチキ。ダンジョンディガーだ」

「は、初めまして! わ、わわ私はディナです! ダンジョンディガー様にお会いできてここ光栄です!」


 コージが差し出した右手を、おっかなびっくり握るディナ。顔が真っ赤だ。

 握手を終えたコージに、質問する。


「師匠、今日は休みのはずじゃ」

「その予定だ。ちょっとノッカーたちに差し入れをな」


 狩人のポルガノが昨日、村の近くで猪を仕留めてきた。

 皮と肉は村で分けたのだが、コージは残された骨をもらってきてノッカーたちに差し入れたのだとか。

 ノッカーたちは骨を砕いてスープを作ったり、加工して自分たちのアクセサリーを作ったりするのが好きらしい。次からは自分も忘れずに差し入れようと思うカドモスだ。


「あの、先輩」

「なんだい、ディナ?」

「次のフロアはどういう感じに?」

「同じような形かな。次からはモンスターも配置するけど、採集は出来るようにしようと思っているよ」

「そうですか……」


 ディナは何やら考えている様子だったが、大きく頷いて顔を上げた。


「先輩。ここに作る宿場は、うちの商会が全面的に協力します。かかる費用もすべてこちらで負担するので」


 決意を秘めた瞳は、その言葉が嘘ではないことを雄弁に物語っていた。

 しかし余りにもこちらに有利な条件だ。思わず問い返す。


「それは助かるけど、大丈夫なのかい?」

「ええ。ここは宝の山です。このマナンジの実、バルキアン大樹海やドルドニア原生林でしか採れないって言われるやつです。ここは間違いなく宝の山で、しかも王都に近い。初期投資分はすぐに回収できますし、あのくそ傲慢な製薬組合の連中を跪かせることだって……!」

「そ、そう」


 ディナの熱弁に、隣のモニアが若干引いている。

 珍しいフロアを作ったと言われてはいたが、思った以上に価値があったようだ。

 コージの方を見ると、軽く肩をすくめている。


「ではディナ、条件をまとめよう。産物の買取を君のところに任せるって契約書に書けばいいかな?」

「はい!」


 弾けるような笑顔のディナを見て、よほど製薬組合は鼻持ちならない連中なんだなと思うカドモスだった。


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