第12話:モンスター誘致も面接から
ダンジョンの中のはずなのに、風を感じた。
階段も出来ていないのに、不思議と奥から風が吹いてくる。
さわさわと足を撫でる草の感触。
第一フロアは、カドモスの想像どおりに完成した。
土壁はそのままに草がまばらに広がり、所々に樹木が生えている。
「さ、さっきまで穴倉だったのに……」
メッセが驚愕を声にするが、声に出さないだけで他の村民たちも似たような顔で周囲を見ている。
一方、落ち着いた表情で周囲を確認していたコージは、二度ほど頷くと荷物袋から大振りの石くれを取り出した。
「カドモス。中々良い出来だな。おめでとう」
「ありがとうございます、師匠」
「これは第一フロア完成の祝いだ。使ってみろ」
「あ、はい。これは……?」
「陽光石(サンライトジュエル)だ。知らないか?」
手渡された石に視線を落とす。陽光石と呼ばれるサンライトジュエルは、日の光を浴びると温かい光を放つ石として有名な宝石だ。
しかし、日の光がない場所ではただの石と区別がつかなくなるため、宝石ではあるが貴族からの人気はそれほど高くない。室内のパーティではその美しさを堪能できないためだ。
むしろ子供向けのアクセサリーなどで好まれるもので、宝石であるにも関わらずあまり高価ではない。
だがこの石は加工前だからか、見たことがないほど大きい。祝いというからにはどこかに飾れということなのだろうか。
「使い方は簡単だ。石に魔力を通せばいい」
「魔力ですか」
コージはどうやら何かの意図を持ってこの石をプレゼントしてくれたようだ。言われたとおりに魔力を通してみる。
すると、陽光石はほのかな光を放ちながら空中に浮かんだ。
「これは……まるで日の光みたいだ」
「ああ。陽光石はダンジョンの魔力と反応して、フロアに昼夜をもたらす宝石だ。昼間は陽光石が、夜間はヒカリゴケが明かりを提供する形になる」
「ダンジョンに昼夜を」
「これでここの植物もよく育つぞ」
「!」
採集専用のフロアとして考えれば、コージのプレゼントは非常に大きい意味を持っていた。
陽光石の光量と位置をみると、どうやら夕方の時間帯を演出しているようだ。
と、カドモスはタロンが何やらうずくまっているのに気づいた。
「タロン、どうしたんだい?」
「カドモス様。これ、麦でねえかな」
「え?」
タロンは怪訝な顔で足元の草をいじっている。サンライトジュエルのおかげでだいぶ明るくなったので、足元の草が麦らしいことに気づいたらしい。
その言葉に他の村民たちもあちこちを探すように見回す。
「おお、ここにもあった」
「ほんとだ、麦だあ」
まだ草原というほどの量ではないが、それなりに生えている。その一部が麦であるらしい。
理由が分からず困惑していると、コージはからからと明るい笑い声を上げた。
「さすがは領主サマだな、カドモス。お前さんの心の中にこの村の麦が強く印象に残っていたから、ここに麦が生えた。お前さんにとって、平和な草原には麦が欠かせないってことだろ」
「そんな、理由で?」
「そんな理由が一番大きな理由だったりするもんだ。ま、特に問題もないからいいじゃないか」
「そりゃそうですが」
領主らしいと言われれば、カドモスには褒め言葉だ。
タロンたちに喜んでいる顔を見られるのが何やら恥ずかしくて表情を繕っていると、おずおずとタロンが話しかけてきた。
「なあ、カドモス様」
「なんだい?」
「この麦、育てちゃ駄目か?」
「育てる?」
「ああ。この麦はカドモス様がお造りになった麦だぁ。大きく育ったら収穫して、村の畑でも育ててえだよ」
「そりゃええだタロン! 駄目ですかい、カドモス様?」
「僕は構わないけれど……」
ちらりとコージを見ると、コージもまた難しい表情をしていた。
気持ちは分かるが反対、といった表情だ。
「駄目ですか、師匠」
「いや、駄目ってことはないんだ。今はまだダンジョンも動いていないからいいんだが、ダンジョンが動き出したらまずい」
「……冒険者と鉢合わせますね」
「それが問題だな。冒険者と地元民が鉢合わせて揉めごとになるのはなあ」
フロアがいくつ出来た時点で冒険者を誘致するか、カドモスはまだ決めていない。そもそも元の目的である宿場が影も形もないのだ。それなりに先のことになるとは思うが。
しかしコージの懸念も分からないではない。カドモスはここに留まることなく次のフロアを掘ることになるのだ。ダンジョンの稼働までに最低限収穫できればいいのだが、ダンジョンの麦が普通の麦と同じように育つのかカドモスにもまったく見当がつかない。
「あ」
「?」
そこまで考えて、ふと思いついた。
珍しく疑問符を浮かべるコージに、カドモスは笑顔を作る。
「師匠、モンスターの誘致をしたいと思います」
***
「俺もさすがに、ダンジョンで麦を育てるためにモンスターを誘致したって話は聞いたことがない」
「では僕が世の中で初めてですか。照れますね」
苦笑するコージに対して、カドモスは大真面目だ。
召喚の魔法陣が描かれた羊皮紙を地面に置く。
魔力を通すと魔法陣に沿って青い炎が立ち上り、異空間との扉が形成される。
「召喚(サモン)!」
カドモスが魔術を作動させると、扉の向こうから何かがずるりと這い出してきた。
「……樹?」
背後で見学していた村民の誰かが、ぽつりとそんな言葉を漏らした。
横で見ていた呆れ顔のコージが、誰に向けてかは分からないが説明してくれる。
「ファーマートレント。強烈な防御力が自慢のモンスターだ。平和を好み、土いじりが趣味。あらゆる攻撃に対する耐性を持つが、自分から率先して誰かを攻撃することはまずない」
「やあ、初めまして。僕はカドモス」
カドモスはコージの説明を聞き流して、全身が現れたファーマートレントに挨拶した。言葉での返答はなかったが、返事をするかのようにさわさわと枝が揺れる。
事前にコージと打ち合わせをしていた、誘致予定のモンスターの候補のひとつがこのファーマートレントだった。
怒らせなければ無害だが、ひとたび怒らせると初心者はおろか中級の冒険者でも歯が立たないという。そんなモンスターを第一フロアに誘致して良いのかという問題があったので保留にしていたのだ。
怒らせなければという条件以外は、カドモスやモニアの要望に完璧に合致していたのがこのトレントである。
「このフロアに住んで、ここの植物の世話を頼みたいんだ」
「!」
ファーマートレントは嬉しそうに枝を揺らす。良い感触だ。
「ファーマートレントは別名森の農夫だ。植物を育てるのは一流の腕を持っているんだが、草花のないところには住み着かないからダンジョン業界ではあまり人気がない」
まだ説明は続いていた。
取り敢えず手持ち無沙汰だろうタロンたちには興味深い話かもしれないので、カドモスはファーマートレントとの面接に集中する。
だが。
「ちょっと待ってくだせえ、カドモス様」
「なんだいガーミン」
カドモスもコージも予想だにしていなかった方向からの物言い。ガーミンが真剣な顔でファーマートレントを睨みつける。
「森の農夫とは大きく出やがったな。ここの麦を任せられるかどうか、腕を見せてもらわねえと納得できねえ」
「!」
「こいつを見ろ」
ガーミンは腰に提げた袋から、小ぶりの果実を取り出した。
彼の家は村では珍しく、麦だけでなく果樹も育てている。袋に入れていたのは先日収穫した果実だろう。
「これは今朝、フォルナート様に差し上げた分の残りだ。てめえも樹なら、この出来よりもマシなもんが作れるんだろうな?」
「!」
ファーマートレントが何やら強い反応を見せる。ガーミンの家で育てられている果樹は、村の大事な甘味として好まれている。おそらく取り出したのはその中でも甘酸っぱいやつだ。ラデュベリーとか言ったか。
ファーマートレントは手のように伸ばした枝で恭しくラデュベリーの果実を受け取ると、幹に空いた口らしき穴に放り込む。
「!」
ざわざわざわと、ファーマートレントが枝を激しく揺らす。
怒らせたのかなとカドモスが不安に思っていると、ファーマートレントの枝のひとつに青い果実が実るのが見えた。まるで時間を切り取ったように一気に育った果実が、ぷつりと千切れる。
手のように伸ばした枝で果実を拾い、ガーミンに渡す。
ガーミンは無言でそれを口に運び、軽く払ったあと静かに咀嚼する。
ごくりと、喉が動いた。
「……やるじゃねえか」
にやりとガーミンが笑うと、ファーマートレントも枝で腕組みをした。どうだ、と言っているように見える。
「てめえ程の腕なら問題ねえだ。俺たちと一緒に、ここの麦や樹を育てるつもりはあるかよ」
「!」
肯定の意を示すように、ファーマートレントが幹の上部を縦に揺らした。
フンと鼻を鳴らしたガーミンだったが、そこで我に返ったらしい。少しばかり青ざめた顔でカドモスを見る。
「か、カドモス様! す、すまねえこってす!」
「いや、ありがとうガーミン。見事だったよ」
「は、恥ずかしいこって」
先程までの堂々とした様子からは考えられないような真っ赤な顔で、体を縮めてもじもじとするガーミン。
強気と弱気の振れ幅が妙に大きい、不思議な性格なのだ。
その様子に苦笑を浮かべながら、カドモスはファーマートレントに右手を差し出した。
「それじゃ、これからよろしく」
「!」
差し出した手を、やはり恭しくファーマートレントが握ってくる。
コージの言う通り、実に穏やかなモンスターであるらしい。
解決したと見たか、今度はタロンが声を上げた。
「よぉし、それじゃ端っこに麦を集めるべ。まずは耕さねえとなあ」
「堆肥もいるんでねか。明日にでも上から持ってくるべよ」
「ここで撒くだか? におわねえかな」
わいわいと麦の育て方を相談し始める農夫たち。
その様子を見守っていると、横で見ていたコージが呆れたような感心したような顔でぼやいた。
「まさかダンジョンマスターじゃないのにモンスターを納得させるとはな。すげえよ、あいつら」
「ええ。自慢の仲間たちです」
いつの間にかファーマートレントも輪に入り込んでいる。
トレントはしゃべれないはずなのだが、何故かタロンたちと会話が成り立っているように見えるのは、農夫同士の本能か何かだろうか。
カドモスは彼らを見守りながら、ここで育てられた麦がコルプス村に良い影響を与えてくれることを大地神リテムに祈るのだった。
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