TREASURE HUNTER~反逆の王子~

KEEN

プロローグ

 高熱を帯びた剣──ヒート・ソード同士が激しくぶつかり合い、中空に火花を散らした。

 壁も床も大理石で造られた幅広い廊下の真ん中で、二人の戦士が鍔迫り合いを展開している。

 一人は、灰色の防護服に黒いプロテクターを身に着け、同じ色のヘルメットを被った男。もう一人は、長く紅い髪を剥き出しにした女性で、その白いプロテクターには金色の美しい紋様が入っている。

 剣と剣との押し合いの中、男は醜く歪んだ顔に、女剣士は端麗な顔に大粒の汗を滲ませていた。

 力は男のほうが上のようで、女剣士はじりじりと押し込まれる。だが女剣士は落ち着いていた。巧みに手首を翻すと、

「はあっ!」

 気合と共に剣を斜め上に一閃し、男の剣を弾き飛ばした。

「うッ!?」

と、男が呻く。

 男の剣が背後の床に突き刺さる。男は咄嗟に腰の熱線銃ブラスターを抜こうと手を伸ばしたが、それより早く女剣士が男の胸に剣を突き立てた。

「が…!」

 男は、それ以上の声を発しなかった。女剣士のヒート・ソードは男のプロテクターを突き抜け、心臓を貫通していたのである。

 女剣士が剣を抜くと、男は左胸から血柱を立てながら、仰向けに倒れた。大理石の床に、血溜まりが広がる。

「セレナ」

 女剣士の背後、廊下の端に並ぶ大理石の柱の陰から、一人の少年が姿を現した。

 年の頃は十二、三歳くらい。幼いながらも、マントを着けたその姿は凛々しく、どこか高貴な雰囲気を漂わせる。

「最上階のここにも、すでに敵が…」

 少年は絶命した男の死体を見て言った。

「私たちは、もう見つかってしまったのか、セレナ?」

「いえ、見つかっているのなら、兵士が一人ということはないでしょう」

 セレナと呼ばれた女剣士は剣を鞘に収め、少年に歩み寄った。

「ですが、この城はすでに奴らに占拠されています。急がなければ、いずれ捕まってしまうでしょう」

「そうだな…急ぐべきだな」

「その通りです。王子が捕えられてしまっては、陛下が残られたことが無駄になってしまいます」

「わかっている」

 少年はふと、今まで走ってきた廊下を振り返った。長い廊下の奥には何も見えないが、戦いの喧騒は聞こえていた。少年の脳裏に、剣を振るう父の姿が思い浮かぶ。

「父上も、戦っている…」

「そうです、ライロック王子。あなたを逃がすためです。さ、王子」

「わかった」

 少年はもう一度廊下の奥に哀しげな瞳を向けると、目的の部屋へと走り出した。女剣士セレナと共に。



 美しい、白き王城が今、落ちようとしている。

 扉を開け放った、高く聳える城門。その前に立っていても、兵士たちの雄叫びや銃声、剣と剣とがぶつかり合う音が聞こえてくる。

 心地の良い音だ、とエルマムド・ラーダは思った。すべてが自分の手中に落ちる、壮大な前奏曲だ、と。

 そう、すべてが我が物となる。

エルマムドはほくそ笑んだ。

 あと数時間もすれば、この王城も、民も、強大な権力も、この星──惑星ユーフォーラのすべてのものが手に入るのだ。

 エルマムドには、確信があった。彼は細長い顔に歪んだ笑みをたたえ、その時を待っていた。

「クックッ…他愛のないものだな…」

 喉の奥で笑う。

「そうですな。王城を警護する者たちにしては、弱すぎますな…」

 エルマムドの隣に立つ初老の男が答える。

 オサミス・フロー。エルマムドの参謀役である。

「長い平和の中、戦う術を忘れてしまったのか…あるいは」

「あの男が提供してくれた兵士たちが優秀なのか…おそらく両方だな」

「御意に。我々の行動を阻もうとした者たちも、王都中に配置されたあの男の部下たちに、完全に抑えられているようです」

「あの男の私設軍隊はよくやってくれる…実に都合のよいことだ」

 会話が終わると、エルマムドとオサミスは、黙って落ちゆく王城を見上げた。

 城内では未だ、エルマムドの軍勢の侵攻が続いている。

 戦況は明らかに、こちらの優勢だった。

 つい先刻、兵士たちの指揮役であるガル・ガラから、国王ストーラ・アム・ライバーンを討ち取り、その王妃を捕らえたとの連絡が入ったから、この王城は事実上、エルマムドの手に落ちたことになる。

 後は、王族の生き残り、ストーラ王の息子ライロックを捕縛するか、殺すだけである。

「王子の行方は、まだわからんのか?」

 エルマムドが、オサミスに目を向ける。

「はっ、未だ…。ですが、この城は我々が完全に占拠しています。発見は時間の問題でしょう」

「うむ…王子とはいえ、まだ年端もいかぬ小僧だ。逃げ切れはしまい…」

 そう言うと、エルマムドはまた王城を見上げた。

 その目は、歓喜に満ちている。

 野心を果たさんとしている男の、狂喜の目だ。

「今日からは、私が国王…いや、皇帝だ。強大な権力が、我が物となる…」

 エルマムドのその言葉は、今まさに現実になろうとしていた。



「もう少しです、王子!」

 言いながら、セレナは少年──ライロック王子の手を引き、走る速度を上げた。

 ライロックも、息を切らしながら足を速める。

 二人の行く先は曲がり角になっていて、通路が右に折れている。その最も奥を、セレナとライロックは目指していた。

 そこには、王族しか入ることの許されない秘密の部屋があり、緊急脱出用のカプセルが備えられているはずなのである。

 セレナは、エルマムドの軍勢がこの城に攻め込んで来た時、国王ストーラに、ライロック王子を連れてこの星を脱出せよと命じられていたのだ。

「いたぞ!」

 二人が曲がり角を曲がろうとした時、後方からそんな声が聞こえてきた。同時に、いくつもの足音が廊下に響く。

「見つかったのか…?」

「まだ間に合います、急いで!」

 セレナは、一瞬足を止めて振り向こうとしたライロックの手を強く引き、走り続けた。

 それから間もなく、二人は目的の部屋の前に着いた。

 そこは行き止まりで、大理石の壁があるだけだったが、セレナが壁の一角に触れると、そこが正方形に輝いた。指紋認証式の電子ロックが解除され、壁は重い響きと共に上方にせり上がった。二人はその隙間に滑り込むようにして中に入る。

 そこは部屋というより、格納庫だった。

 大理石造りの廊下とはまったく異なり、薄暗く、壁は金属で覆われており、あちこちに赤いランプが点灯している。

 脱出カプセルは、格納庫の一番奥に三つ、機械のアームで下から固定されていた。

 球形の、白いカプセルである。

 セレナとライロックはタラップを走り抜け、そのうちの一つに乗り込んだ。

 その直後、格納庫に四、五人の兵士たちが侵入してきた。灰色の防護服に黒いプロテクターの兵士たちは、キョロキョロと二人の姿を探していたが、やがて脱出カプセルに乗り込んだことに気づいて、カプセルの方へと走り寄って来る。

「来たぞ、セレナ!」

 後方の光景を映し出すモニターを見て、ライロックが声を上げる。

「わかっています。大丈夫、行けますよ」

 操縦席のセレナは目の前のスイッチ類に次々と手を触れ、発射の準備を整えていった。

 エンジンが作動し、カプセルがわずかに振動する。

 兵士たちが発砲した。だが真紅の光線は弾かれる。大気圏の投入にも耐える装甲だ。熱線銃くらいで傷つきはしない。

「行きますよ、王子!」

 目の前のパネルに発射OKのサインが点灯したのを見て、セレナが発射レバーに手を掛ける。

 ライロックは一度深呼吸をしてから、覚悟を決めたように強く頷いた。

「国王陛下…王妃様…どうか、ご無事で…」

 セレナは思い切りレバーを引いた。

 次の瞬間、カプセル下部のブースターが火を吹く。

 敵兵たちはこれに驚き、慌ててカプセルから離れた。

 脱出カプセルはそのすぐ後に、固定アームを吹き飛ばし、天井を突き破って勢いよく王城を飛び出した。

 まるで弾丸のごとく、カプセルは空高く飛んでゆく。

 城門の前で野心の実現に酔っていたエルマムドも、これには驚かずにはいられなかった。

「何ッ!?」

 双眸を大きく見開き、急速に上昇してゆく球体を目で追う。

「脱出カプセルです!」

 オサミスが声を張り上げる。

「ライロックか!?」

「おそらく…!」

 歓喜に満ちていたエルマムドの表情が醜く歪んだ。

「あんな場所にカプセルが隠されていたとは…! 追え! 決して王子を逃がすな!」

 怒鳴るに近い声で、エルマムドはオサミスに命じた。

 オサミスも顔色を変えて、部下に追撃のための宇宙艇を用意するよう命令した。

「おのれ、宇宙に逃れるつもりか…そうはさせぬぞ…!」

 天高く、真っ直ぐな飛行機雲を引いて上昇を続けるカプセルを、睨みつけるように見上げ、エルマムドは怒りの形相を見せていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る