第34話 ノウル国とイルム国


 ノウルとイルムは、隣接しているが、その仲は良く無かった。

 隣国とは案外そんなもので……

 それを外交と国交強化で摩擦を回避してみせる、セルル国の立ち回りが上手いのだ。


 ノウルには三人の妃がいる。

 その内二人は他国の姫たち。そして首都ルデュエルにある王城内には、妃の希望で他国出身の者が多く入り込み、今は内乱のような状態になってしまっていた。


 事の発端は嫁してきた妃が心細さから自国の使用人を近くに置きたい、と言い出した事。

 そしてノウル国王は「そんな事なら」と妃の願いを安易に叶えてしまった為だ。

 それが今や政権において異国の勢力が増してしまい、国政すら牛耳る勢いとなっている。


 ノウルも改善に取り組んでいるものの上手くいかない。それほど異国の侵食は根深いものとなっていた。

 そこで白羽の矢が立ったのがイルム国だ。


 今ここで隣国イルムと縁を結べば、内部へ入り込んだ国への牽制となる。それはイルム国が他国へ多大な影響を持つ、宗教国として名高い為だ。加えて今までイルムとは国交を断っていた事から、政治介入へも遠慮が無いのではとの期待がある。

 膿を出すべく変革への一投。

 そんなイルムとの重鎮同士の婚姻は重要な転換機であり、それを潰さないようにマリュアンゼに立ち回って欲しいそうだ。


 何故私? 具体的には何を? と首を傾げれば、シモンズに冷たく溜息を吐かれた。


「決まっているでしょう、護衛です。騎士なんですから。死体を妻にしたがる物好きでは無いようですから」


 死体……

 思わず息を飲む。

 が、とりあえず護衛対象はイルムに輿入れする花嫁と認識する。

 大胆な改革に勘付き、両国の縁へ反発する者たちがノウル国内にいるという事か。……まあ当然だろうけれど。

 今まで好き勝手やってたところに口出しされるのは面白く無い筈だ。


 イルムは某宗教国家から派生した国だった。

 もしイルム国が他国から不当な扱いを受ければ、それに連なる国々が立ち上がってもおかしくない。

 そうなれば分が悪いのはノウルの現王室の体制の方だろう。


 現王室───異国から来て既得損益にしがみついている───恐らく妃の派閥の者たちは、この婚姻に不満を持っている。

 つまりロアンはマリュアンゼがそれらの刺客を打ち払う事で、騎士としての実績作りに一役買う、と言っているのだ。


「よく私にそんな大役を任せる気になりましたね」


 心底思う。

 

「他の者に任せる気だったのだがな。こちらも人手が足りない事と、アルダーノ陛下からお前が剣術大会で優勝する程の腕前だと聞いていた。フォリム殿下からも言質を取ってあるし、腕が確かな事は間違い無いらしいからな」


 うーん、流石陛下。

 ノウル国でのマリュアンゼわたしの使い所をちゃんと分かっているらしい。


「お前と私の婚約話はただの目眩しだ」


 な、成る程……

 マリュアンゼは無理矢理に納得しておく。

 一応年頃の娘に対して、何と言うか、まあまあな扱いをしてくれるものだ。流石王族。人使いが荒い……


「えーと、失脚する……というのは?」


 暗殺という言葉は避け、マリュアンゼはロアンを振り向いた。


「イルム国に嫁す令嬢にノウル国の神殿に対する不正の証拠を握らせた。兄を実父として王族に混じった偽物の、な」


 確かノウル国王は子沢山……

 その中に王の子と偽って城に住ませている子がいるという事か。


「不貞ですか? なら罰せられるのは妃殿下になるのでは?」


「責任問題とする。死んで貰うのは理想であって現実的ではない。一応兄上はイルム主張する宗教に入っておいでだ。血生臭い話になればイルムに嫌われる。それに妃の立場なら兄がいなければ大した事はできない」


「そうですか、隠居って事でしょうか? でもそんな理由で失脚なんて出来ますか?」


 奥さんの不貞の責任を取らせるくらいで、国王が隠居なんてするものだろうか。

 眉間に皺を寄せるマリュアンゼにロアンが何でも無いように口を開いた。


「出来るさ。兄上は今年で五十五歳になるからな」


「えっ?」


 思わず漏れる声に慌てて口を手で塞ぐ。手遅れだったけれど。……何というか、思っていたより年上だった。

 確かロアンが二十一だったから、三十四歳差の兄弟? いるんだ、そんなの。

 いや、いてもおかしくないのか、王族なんだし。

 マリュアンゼはつい首を傾げる。


「でもそれだと次の王は……」


 確かノウル国は現国王による指名制なのだ。とは言え何かあった時の為に、王室典範に後継の序列は決まっている筈だ。それによると、実はロアンは序列第一位だったりする。

 恐らく失脚ならば緊急時に当てはまるだろう。

 我ながら短い間によく調べたものだ。……かなりムラのある知識ではあるが……


 それを鑑みれば三年前、セルル国にも流れて来たロアンの噂。

 大恋愛と言われていたが実は陰謀があったのでは? という裏話的な内容を、マリュアンゼも自分なりに拾い集めた。それはロアンがティリラを無理矢理妻にした、というものなのだが……


 婚姻後、何故かロアンは華々しい婚姻の噂とはかけ離れ、日陰者のように目立たない存在となってしまった。妻とも別居状態であるそうだ。

 もしあの騒ぎでロアンを表舞台から排除しようとする意図が働いていたのなら……

 今回イルムとの国交に邪魔をする人物と同じの可能性……いや、恐らく同じだろう。


「次期国王は当然私が務める。序列二が成人するまであと二年掛かる。それまで国を傾かせる訳にはいかない」


 現王の第一妃からは王女しか生まれなかった。その後迎えた妃からも長年王女しか生まれていない。ようやく生まれたのが十六年前。

 マリュアンゼは息を飲んだ。

 もしかしてもしかして、第二位王位継承者が偽物……なんて話じゃない、よね。

 何だかとっても大事な話な気がする。

 なのに、自分なんかが関わっていいのだろうか。


「……あなたが抜擢されたのは、人質の意味合いもあるのです」


 淡々と話すシモンズにマリュアンゼは振り返る。


「あなたがノウル国に行き、護衛の任務を務めて頂いている間に、フォリム殿下がロアン殿下の即位に助力すると約束されたのです」


 その言葉にロアンは不愉快そうに顔を顰めた。


「私がノウル国の実権を取ったとしても、必要なのはそれを認める国内外からの支持だ。……一度犯した失敗は大きくてな。けれどフォリム殿下がお前との婚姻を考え直す事を条件に、外面の面での力添えを約束してくれた」


 フォリムは何をするつもりなんだろう。

 マリュアンゼは首を傾げた。


「お前には関係ない。だがそうだな。必要なものを揃えて貰うだけだから心配する事は何も無い。とだけ教えておいてやろうか。それより危険度でいうならお前の方が高いだろうに。フォリム殿下は本当にお前を大事にしているのか?」


 ふっと意地悪そうに息を吐くロアンにむっと顔を顰める。フォリムとの大事な話しを邪魔したのはロアンだったと思うのだが、しゃあしゃあと。


 まあ、あんな場所で話し込もうとしていた自分も悪いのだけれど……

 この人、自分の婚姻が上手くいかなかったものだから、他所の婚約者を見ると、いちゃもんつけたくなるんなんじゃないだろうか。……ちょっと疑ってみる。

 マリュアンゼを見てふんと鼻を鳴らしロアンは続けた。


「イルム国との婚姻に、妃たちは当然神経質だ。ああ、言っていなかったが妃たちは横に繋がっている。厚い信頼関係にあるとは言わないが、手を組んだ方が縄張り争いが面倒では無いと踏んだんだろう。元々男を共有できるような奴らだ。その辺は問題無く仕切る事ができたみたいだな」


 なんだろう、この人……さっきから口悪くないだろうか……


「まあつまり、あいつらが自分たちの罪を突きつけられる懸念材料を見過ごす筈が無いという事だ。きっちり法に従って裁かれるからな。因みにフォリム殿下からの協力を約束されてから、こちらの情報も敵方に撒いてある。間違いなくお前は囮の弾除けだ」


 ……出来ればもう少しオブラートに包んで欲しかった。

 マリュアンゼはむすりと口を引き結ぶ。


「了解しました。私は承った任務を完遂します。私も国に帰りたい。私にはまだフォリム殿下が必要なんです」


 その言葉にはロアンだけでなくシモンズも驚いたようだった。

 大仰だっただろうか。

 でもっ、マリュアンゼの指標はまだまだフォリムなのだ。

 任務を全うして胸を張って帰りたい。フォリムの役に立ちたい。


 それに……フォリムといると気持ちの浮き沈みが激しい。のに幸せで……

 あの時、まだ離れたくないと思った。

 そして熱心な瞳を思い出せば、何故だか頬が火照る。

 

 誤魔化すように、むうっと口をへの字にすればロアンは舌打ちし、そっぽを向いてしまった。

 それを合図にシモンズも静かに座り直し、ノウル国までは比較的静かな旅路を過ごす事が出来た。

 

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