可愛らしくて甘えん坊だった妹は、私から全部を奪っていきます。品物も、努力の結果も、友人も。そして婚約者まで。

仲仁へび(旧:離久)

第1話






 この世界には、神様から特別な力をもらう人がいる。

 それは、加護という力だ。

 普通の人にはないその力は、時折り人の本性を暴き、大きく歪めてしまう。







 私には妹がいる。

 可愛らしくて、甘えん坊な妹が。


 小さい頃はどこに行く時でも私の後をついてきて「ねえさま、ねえさま」と言っていた。

 けれど、そんな妹はある日を境に徐々に変わってしまった。


 それは、神様に加護を与えられた時からだ。

 盗みの神様から「奪う力」を与えられた妹は、何でも私のものを盗むようになった。


 最初は「ごめんなさいねえさま。もうしません」って謝って返してくれたのに。


 じきに「奪われる方が悪いんですわよ。姉様」と言うだけになった。


 そんな妹に最初に奪われた物は、両親からもらった首飾りだった。


「ねえさまのほうがりっぱでずるい!」

「あなたのゆびわだってかわいいじゃない」

「やだやだ! ねえさまのほうがいい!」


 他愛のないやりとりだった。


 それで喧嘩してしまって、加護を与えられた妹が、力を使ってしまった。


 そこで考えを改めてくれて、そのまま力を使わずにいたならば。


 あそこまでひどい暴走はせずに済んだだろう。


 けれど、妹は私から色々な物を奪い続けた。


「姉様が頑張って手に入れたトロフィーは私の物ですわ」

「そんな事してはいけないわ。人の大事な物はとってはいけないの」

「どうして姉様? 力があるんですもの。神様が許してくれてるのに、どうしてやめなければならないの?」


 奪っていったのは、品物や、努力の結果、友人など、さまざまな物。


 妹は奪うたびに、過激な性格になっていく。


「ほら、見てくださいな、姉様。私こんなにお友達がたくさん。異性からのお手紙も山ほどいただきましたのよ」

「彼らは大切な友人よ。それに人間は物ではないわ。そんな風にしてはだめ」

「物と同じですわよ。あははははっ、無様ですわねぇ。お姉様! 人の物を手に入れるって、こんなに素敵な事だったんですね!」


 過激な行動は留まるところを知らなかった。


 そして、行くところまで行った妹は。私の婚約者も奪っていった。


「愛してるよ。これからもずっと俺の婚約者でいてくれ」

「まあ、嬉しい。妹である私を選んでくれるんですね。姉様でもない、この私を!」

「選ぶって、元から君の婚約者じゃないか」

「あら。そうでしたわね」


 気が付いたら私がいた場所には、そのまま妹が立っていた。


 そうなって初めて、私は思い知ったのだ。


 もう、私には妹を止める事はできない。


 当たり前の事で笑いあい、他愛のない喧嘩をしていた、昔の様には戻れないのだと知った。


 だから「許さないわ」。


 復讐する事にしたのだ。


 私が差し伸べた手を何度も払った妹、私がかけた言葉を一つも聞かなかった妹。


 ならもう、助けてあげる必要はない。


 私は世界中の資料を読んで調べた。


 そして、とある記事の中からその人物を見つけ出したのだ。


「加護を盗む加護」を持っている。その人物を。







 国二つを隔てた場所にいたその人物は何でも屋を営む男性だった。


 依頼人の色々な頼みごとを聞きながら、男性は活動しているらしい。


 加護を持つ人間は、増長しやすいので、そんな力に振り回されている人たちを助けているらしい。


 だから、彼に私は頼み込んだ。


「払える物なら、何でも払います。だから復讐に協力してほしい」と。


 何でも屋の彼は私を見て「いい目をしているな」と言った。


 そして「払う対価が自分自身でも、同じ事が言えるのか?」とも。


 私は頷いた。


「分かった。なら協力しよう」


 そして、彼が復讐に協力してくれるようになった。









 彼はまず、気づかれないように小さな物から奪い返していった。


 彼の力は「対象に近づかなければ」発揮されないため、妹の近くへ行くのに苦労したが、人ごみに紛れて行えばたやすかった。


 多くの人達に囲まれて、様々な物に囲まれて過ごす妹はとても幸せそうだ。


 でも、その幸せもここまで。


 彼は、妹が身に着けている指輪、首飾り、ハンカチ、服、小物、それらを一つずつ取り返していった。


 すると、妹の周りにあふれていた人達が首をかしげるようになった。


「この指輪は、お姉さんの物じゃなかったかしら」

「このハンカチは、お姉さんが持っていたような気がするけど」


 変わっていく周りの反応を目にして、妹はうろたえていた。


 しばらくは、何が起こったのか分からないという風に、ただ狼狽していたようだ。

 けれど、それでもまだその頃は余裕があった。


 だから、もっと追い詰めるために、計画をすすめる。


 妹が盗んだ功績、私の努力の結果を奪い返す。


 すると、妹の周りにはべっていた人たちが明らかに少なくなった。


「こんな怠惰な少女と、どうして今までつきあっていたのだろう」

「おかしいわね。よく分からないけれど、一時の気の迷いか何かかしら」


 妹は異常に気が付いたようだ。


 色々なものにおびえるようになった。


 そして、周りの人間を疑う様にもなる。


 妹の手元に残った友人達は妹に「何か困った事が起きてるなら相談して」と優しく声をかけつづけていたけれど、妹は聞く耳をもたなかったようだ。


 ここまでいったら、しばらくは加護は使わない。

 妹を貶めようとしている人間がいる、と思わせるべく行動した。


 悪意を感じさせる悪戯を仕掛けて、彼女を怯えさせていく。


 落書きしたり、私物を捨てたり、おかしな噂をながしたり、地味な事だったけれど、コツコツ行った。


 すると、妹は家に閉じこもるようになった。


 なら、最後の仕上げだ。


 もうめっきり妹と家の中で話す事はなくなっていたけれど、まだ一つ屋根の下で暮らしているから、妹が今どんな状態なのか把握する事はたやすかった。


 私は、使用人に言ってカギを借り、妹の部屋へ入る。


 そして、部屋の中でベッドのシーツをかぶって震えていた妹に近づいた。


 妹はこちらの事になど気が付いていないようだ。


 何かをぶつぶつと呟いている。


「ああ、神様。私から加護を奪ったの? そうなんでしょ。だって、私の物が減っていたわ。どうして? どうして?」


 可哀そうな妹。

 弱々しい妹。

 こんなに震えてしまって。


 その様は、何も知らない人間が見たら、思わず手を差し伸べてしまいそうなものだった。


 姉だったら、震える妹を抱きしめて諭す所だろう。


 けれど、私は許さない。


 私は、部屋の中にこっそり彼を招き入れた。


「これで仕事は終わりだ。後は分かっているな」

「ええ、差し出せるものは全部払うわ」

「なら」


 彼が妹に近づく。


 これで終わりだ。


 なら、最後くらい姉らしく、妹に声をかけてあげよう。優しい言葉をかけるつもりはないけれど。


 シーツを取り払った私は、妹の頬に手を当てて、その瞳をのぞきこむ。


 しっかりこの姉の顔を、言葉を焼きつけてほしいと思いながら。


「あなたは人の物を奪う事しか能がなくなったのね。ほら、何もできなくなってる。ずっとみじめなまま。さようなら、私の最愛の家族」


 あなたがもっと精神的に強かったら、奪われ返されても、うろたえなかったかもしれない。


 あなたがもっと聡明であったなら、「加護を盗む加護」の存在に気が付いたかもしれない。


 けれど、あなたにはどうしようもなく、一つを除いて何もなかった。


 人から奪う事以外には。


 だから、こんな目にあうのよ。








 友人も、婚約者も私の元に戻ってきたようだ。


 私の周りには、再び人が集まり始めた。


 けれど、残念だ。


 私には約束がある。


 だから、再び何でも屋の男性の元へ訪ねた。


 何があっても良いように、自室に遺書を残して。


 すると私を出迎えた彼はこう言った。


「なんで俺に「加護を奪う加護」なんてものがあるか知ってるか?」


 と。


 加護は、人の性質にあった物が神様から与えられる。


 だから、彼にその加護が与えられたのは、彼の性質が「加護を奪う加護」に似ているからなのだろう。


「つまり、おれもあの女と似てるのさ。人が持っている物がほしい。幻滅したか?」


 私は首をふる。


 妹は無断で人の物を奪った。


 彼も仕事ではそうしているらしいが、それは因果応報の部分がある。


 何もしていない人から奪う事はしていないからだ。


 私がそう説明すると、彼は「くっくっ」と愉快そうに声をあげた。


 彼はいつも淡々とした様子で、やるべき事をこなすだけだったので、それが意外だった。


 仕事中には見た事がない一面だ。


「だから俺はあんたが、欲しい。俺のもんになれよ」


 約束は守らなければならない。


 だって、復讐を遂げたとしても、今さら元の平穏は返ってこない。


 故郷には、加護で奪い返したとしても、妹とずっと仲良くしていた友人と元婚約者がいるのだから。


 妹の立ち位置は、再び私の立ち位置になったけれども。


 それは本当に、立つ場所が変わっただけ。


 培われてしまった事実は、消えない。奪えないのだ。


 だから私は「ええ、分かったわ」。


 彼が差し出したその手を取った。


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