うろこと羽毛

イネ

第1話

 へんてこな魚と鳥のお話しです。


 魚は、自分の姿を見たことがありませんでした。いつも空ばかり眺めて、鳥というのはなんて素晴らしいんだろう、まるで王冠をかぶっているようだ、と思っておりました。

 鳥のほうでも同じです。いつも海ばかり見おろして、あの魚のなんと美しいこと、まるでダイアモンドじゃないか、と思っておりました。

 そしてふたりとも、さいごにはきまってこうつぶやくのです。

「ぼくには何かが足りない」


 ある日、この魚と鳥は、おたがいの美しいうろこと、猛々しい羽毛とを交換しようということに決めました。

「どう、ぼく王様のように見える?」

 魚は見事な羽毛をまとい、尾をふさふさとゆすってみて言いました。

「うん、王様っぽいよ。ぼくはどう? 宝石みたいでしょ」

 鳥も、キラキラに透き通ったうろこに満足して言いました。

「ありがとう、大事にするよ」

「そいじゃ、さよなら」

「さいなら」

 魚は羽毛をひらめかせて何度も水面を跳びはね、鳥はうろこをなでながら、ぱちゃぱちゃと水浴びを楽しみました。ふたりとも、ようやく夢が叶ったような気分でした。

 けれどももちろん、魚が空を飛べるわけもありませんし、鳥が泳げるようになるわけでもありません。本当は何も変わっちゃいないのです。

 しばらくすると魚は、ふわふわの羽毛をきゅっと縮めて、海深くへともぐって行きました。鳥も、ツヤツヤのうろこをめいっぱい広げて、空へと飛び去って行きました。


 翌朝、魚は海の底でうずくまって、うらめしそうに空を見あげておりました。やっぱり、何かが足りない気がするのです。

「羽毛が濡れて、おかげで体がひどく重いんだ。もっとすべすべした、貝殻やなんかで覆わなくちゃ、とても泳げやしない」

 そうして岩場の陰へ行って貝殻をいくつも拾ってくると、今度はそれを自分の体に合わせて並べたり、重ねてみたりして、羽毛の一本一本を水に濡れないようにいちいち覆わなければなりませんでした。

 鳥も、空のてっぺんからあぶなく落っこちそうになって、あたふた怒鳴りました。

「こんなペラペラしたうろこじゃあ、ちっとも風をつかまえられない。もっとふかふかした、綿でもくっつけなくちゃ」

 そうして陸地に降り立つと、タンポポの綿毛を見つけて、うろこのひとつひとつに丁寧にこすり付けていきました。


 そんなことをしているうちに、ふたりはまたおたがいの姿を目にしたのです。

 びしょびしょに濡れた羽毛を貝殻で覆った魚と、つるつるのうろこにタンポポの綿毛をぼやぼやと生やした鳥です。

「きみ、なんだい、そのふざけた格好は」

「きみこそ何事だい」

 魚にはもう、羽毛が素晴らしいとはこれっぽっちも思えませんでした。鳥だって、うろこなんかてんで役立たず、そう思いました。

「これ、泳ぎづらいんだよ。ぼく、溺れかけたよ」

「こっちは飛びづらいようだよ。ぼく墜落したんだ」

 それでふたりは、へんてこな殻を脱ぎ捨てて、またうろこと羽毛とを交換すると、もとの自分の姿に戻りました。

「ぼくって、うろこ似合ってる?」

「まぁ、似合ってるよ。なんていうか、とても魚っぽい」

「そっか。きみも羽毛が似合うね。なかなか鳥っぽいよ」

「そうかい」

 そうしてふたりは別れました。魚は海を泳いで行きましたし、鳥は空を飛んで行きました。何も変わっちゃいないのです。

 何も変わっちゃいないけれど、きっとふたりとも、せいせいしたことでしょうね。

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うろこと羽毛 イネ @ine-bymyself

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