ノー・ヒーロー

坂ノ清

第1話 プロローグ

「こらっ、エリー何をしているの?」

「えっ?えーとね、うーんと、、、」

夜の暗闇にポツンと淡い光を放つ一室で幼女とその幼女の母親らしき女が対峙している。

幼女は手に持っていたチーズを自分の背中に隠しながらわなわなと慌てだす。そんな幼女の目線までかがみ、女はジト目でそう尋ねた。

「そんなことしてるとー、赤いお星さまに怒られちゃうぞー?」

「赤い、お星さま?」

「そうよ、悪い子には赤いお星さまが怒りに来るの。」

「い、いやーーー。」

伝えられたことを想像し、泣き出す幼女の眼に窓越しから赤く光る何かが見えた。

「ま、まま。あれ、、、、お星さま?」

女は少女の震えた姿に愛くるしさを感じながらも、少女の指のさすほうへ顔を向ける。

「赤い、星、、、?」

先ほど少女に伝えたのはただのおとぎ話。当然実在する話ではない。だが、二人の目に映るのは、夜の空でひと際鮮やかに光る赤い色をした二つの星たちだった。



「コード100、138。目標地点に着陸したら左方向に300m直進。」

「了解。」

「了解よ。」

答えたのは空を下降中の少年と少女。一人は光を吸収するかの如く漆黒に染まった髪を乱し、髪色と全く同じ色の優し気な眼で目標地点だけを見定めている少々小柄な少年。

もう一人は、少年とは対照的にすべての光を反射し、煌びやかな銀の色を放つ髪を持ち、冷静で鋭い青色の眼で周囲の状況を俯瞰している、少年と同じぐらいの身長の少女。

「100,私は先に行って、目標を足止めしておくわ。」

少女は周囲の確認を終えると少年の方に顔を向けそう告げる。

「うん、任せたよ。レリア、気を付けて。」

「っ、今は任務中なんだから名前で呼ばないっ。」

レリアと呼ばれる少女は、同じく顔を自分の方に向けてきた少年が急に名前で呼んできたことに頬を少し赤らめ隠しきれない動揺を見せるもすぐに切り替える。

そして透き通った声で短く言葉を紡ぐ。

「戦闘モードに移行、人工術式展開。」

少女が言葉を言い終える刹那、彼女の澄んだ青色の眼が燃え盛るような赤色に変わり、それと同時に彼女の足元に魔法陣のようなものが浮かび上がる。

魔法陣は一瞬で消えた。少女は着地すると、風のように早く駆け出して行った。

「さすがの速さだな。よし、僕も。」

少女の速さに、いつの間にか少女と同じく赤くなっている目で微笑む少年も着陸して少女と同じ方向に駆け出して行った。



暗く不気味な路地裏に二つの人影がある。

一つは腰くらいまで伸びた煌びやかな銀の色を放つ髪を持つ美少女のもの。

もう一つは路地裏がとても似合う漆黒の影のようななにかのもの。

「目標確認、これより任務に移る。」

少女は影のような何かを眼前に置きそうつぶやくと、地を蹴り相手との距離を一瞬で詰める。

「はぁ!」

拳に魔法陣を浮かべると、加速の勢いそのままに相手の腹部に強烈な一打を与える。

「がぁ、、、」

相手は一瞬ひるむもすぐに顔を少女に向き直し、地を蹴り、加速する。少女との距離を一瞬で詰め、拳に黒く濁った魔法陣を浮かべる。

「っ、」

少女は驚いて態勢を少し後ろに崩す、そして影のような何かは黒く禍々しい拳を少女にぶつけた。

すんでのところで両腕を構え拳を受け止めるが、勢いを殺しきれず後方に吹き飛ばされてそのまま壁にたたきつけられる。

「ごほっ、ごほっ、今のは、、さっき私が使った身体強化術式、、、なるほど、それがあいつの術式ってわけね。」

とっさに先ほどと同じ術式を体全体に施し、重傷を回避した少女は、体に覆いかぶさった瓦礫をどけて立ち上がり、体についたほこりをポンポンとはたいてとりながら、相手の能力を分析する。

「レリア!」

少女の思考中、少年の声が後ろから聞こえた。

「もう、遅いわよ。レイ。」

レリアは声が聞こえた瞬間に乱れた髪をとっさに手櫛で直し、声の方へと振り向いて少年、レイにきれいに澄んだ青色の眼と笑みを見せた。

 


「はっ、はっ、」

やっと、レリアに追いつく。

黒髪の少年は息を切らしながら、レリアとの合流地点に向かっていた。突き当りの角を曲がるとそこにレリアと”影”の姿があった。

「あ。レリ」 

(ドオオオン)

少年が出した声は目の前の光景への驚きと爆音によって消えていた。

レリアが壁に、、、押されてるのか??とりあえずレリアと合流、それから、、って、まずはレリアの安否の確認からだろ! 

自分に自分で突っ込みながらレイは立ち上がったレリアの方へと走り寄る。

「レリア!」

「もう、遅いわよ、レイ。」

「それは、レリアが速すぎ、、いや、ごめんなさい。」 

「それより、状況だけど、見ての通りこっちが押されてるわ、相手の固有術式との相性が悪くて。」

レリアがジト目で責めるとすぐに白旗を上げるレイにレリアは微笑み、すぐに状況説明を始めた。影はこちらを攻撃しようとしているが、今になって先ほどのレリアの攻撃が効いているのか、腹部を手で押さえ低い声で呻きながら、立ちすくんでいる。

「その術式は?」 

「推測になるけど、多分コピー。それも術式だけじゃなくて行動パターンまでコピーできると思う。」 

「コピー、、。じゃあ、まねされない術式を使うしかない、か、、、よし。」

レリアとの情報共有を済ませたレイは、腹部を抑えた影の方へと一歩前に出て一瞬目をつむる。

「フィア、お願い。」

突然、レイが誰かに話しかけるようなそぶりをすると、レイの眼前には最初からずっとそこにいたかのように立っている、透き通るような真っ白の髪を腰あたりまで伸ばした神々しささえ感じる綺麗な碧眼に季節外れの白色のマフラーが特徴的な幼女がいた。

「僕を呼んだかな?レイ。」

フィアと呼ばれる幼女は首を傾げて微笑んでいた。



「フィア、お願い、力を貸して。」

「毎回毎回そんなに律義に頼まなくてもいいんだよ?僕は君の役に立ちたいだけなんだから。」

白髪の幼女はレイのまっ直ぐな態度を素直に受け止め、優しくレイに笑いかける。そしてダメージが回復しつつある影を一瞥する。

「今回はあの人かー。うん、じゃあいくよ、レイ。」

「うん、お願い。」

そういうと、レイは幼女に左手を差し出す。

幼女は差し出された左手を両手で優しく包み込み、口を開く。

「精霊回路への接続を開始。、、、完了。」

そう言い終わると同時にレイと幼女の周りに光り輝く粒子が浮かび上がり、レイの漆黒の髪が透き通るような白色に、眼は幼女と同じ碧眼へと変わっていく。

暖かい、誰かに包み込まれているような心地良さを感じる。力があふれそうだ。

レイはあふれる全能感を必死に押さえつけて、幼女の手を離すと、完全にダメージが回復してこちらに殺意を向けてくる影の方へと目線を向ける。

「精霊術式展開。」

ただ静かに、穏やかに、紡いでいった言葉が消えていくのと同時に、レイの足元に綺麗な翡翠色の魔法陣が浮かび上がる。 

影は怪訝そうにその光景を見つめる。次の瞬間、白髪の少年の魔法陣が消えた。

気づけば、もうレイが影の目の前に立っていて、レイの右手は銃の形を作り、人差し指を影の胸に突き立てている。 

「がぁ、、、?」 

影はそんな小さな声しか出すことができなかった。

「精霊の弾丸(フェアリアル・バレット)」

レイの声とともに放たれた翡翠色の弾丸は影の胸をうがち霧となって霧散していった。

 

「相変わらずでたらめな威力よね。まだレベル2だっていうのに。」

綺麗な青色の眼をしたレリアは影がレイのはなった弾丸とともに霧散していくのを確認しながら、レイと幼女のもとへと歩いていく。

「いや、ほとんどフィアのおかげだから。」

「そんなことないと僕は思うけどなー。えへへ。」

「とりあえず帰りましょ。」

レリアは幼女の頭をなでて感謝の意を示すレイのもう片方の手を取った。

「転送お願い。」

レリアがそう言うと二人の足元に魔法陣が浮かび上がる。慌ててレイにしがみつく幼女とともに三人は夜の闇から姿を消した。

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