ひととせ

葛野鹿乃子

序 とある文学少女の話

 里浦深春(さとうらみはる)の評価は人によって異なる。

 クラスメイトは、いつも静かに本を読んでいる大人しい女子生徒だと言う。

 地味で目立ったところがまるでなく、部活にも入っていない。友達はいても始終一緒にいるほど親しい友人はいない。大人しすぎるのか、自分から壁を作っているのかは不明だ。

 深春は眉尻の下がった、黒々と濡れた瞳がつぶらな少女である。

 ふんわりと肩にかかる黒いボブヘア。制服は濃いグレーのブレザータイプで、プリーツスカートは膝が見え隠れする丈に合わせてある。外見から優等生だと思われがちだが、成績はいつも平均を少し上回る程度だし、運動音痴で何かと反応の鈍い少女でもある。

 スマートフォン片手に友達とおしゃべりを楽しむときもあれば、学校の帰りは寄り道して買い食いもしている。生がつくほどの真面目ではなかった。

 深春はよく学校の図書室を訪れる。週に何度か図書室で読書して、本を数冊借りて帰っていく。そして本を返しに図書室を訪れては、その足でまた何かを借りていく。彼女をよく見かける図書委員と司書の先生からはすぐに顔を覚えられ、大人しい文学少女と思われている。

 里浦深春の評価は大体がそんなものだ。

 だが、そんな里浦深春とはとても思えない、突然人が変わったような振る舞いをすることがあった。

 深春は、国語くらいしか飛び抜けたところがないかわりに理数系の科目が大の苦手で、たまに赤点ギリギリの点数を取る。それ以外の成績はまったくの平均だった。

 そのテストが、突然好成績に跳ね上がることがある。

 今まで彼女が手を出したことのない難問が解かれていたり、苦手なはずの数学や化学の点数がずば抜けて上がっていたりすることが稀にあった。

 それだけではない。深春は大人しすぎて鈍くさいとまでいわれるほど運動音痴だ。

 マラソンはいつも最後尾、球技なども危なっかしい動きでやっと同級生の動きについていく始末。

 そんな深春が運動部のような動きで突然シュートを決めたり、短距離走で一位を取ったりすることがあった。クラスメイトはあまりの変貌ぶりにぽかんと口を開けて呆然とするのだが、当の深春だけは普段見せない自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。

 食べ物の趣味も正反対のときがある。

 深春は甘いものが好きで、ドーナツ屋に寄ったりコンビニでお菓子を買って帰ったりしている。揚げ物やこってりした料理が苦手で、お弁当にはいつも好物の卵焼きが入っている。

 そんな深春が突然苦手なはずの辛い味つけの総菜を食べ、お弁当に唐揚げやフライドポテトを入れてきては美味しそうに食べることがあった。

 苦手なものが突然得意になったり、好きなものが苦手になったり。

 性格が変わったように、深春の言動はころころ変わる。

 里浦深春は、時折そうして周囲を驚かせる。

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