第43話 ポレットの聖女日記・19
ぼんやりとポレットは中庭を散歩する。
穏やかな日の光に誘われ、咲き乱れる花たちに歓迎されているような気がしていた。
聖域内は専用の庭師の者がいるらしく、ポレットの歩く小道も清掃され、花や枝に枯れたものは見当たらない。
息抜きに歩くにはちょうど良い。
そう思って回廊から出てあてもなく歩き始めた。
花の香りを嗅ぎ、胸いっぱいに吸い込む。
目を閉じて堪能して、ゆっくりと吐く。そして、思いっきり、背伸びをする。
遅くまで勉強をしていたので、体がすっかり縮こまっていた。
試験も終盤になったせいか、求められることが増えてきている。
必死に追いつこうともがいているうちに聖女の力も不安定になってしまった。
以前はもっといろんな感覚を思い通りに扱うことが出来ていたはずだ。
学んだ事が身に付いていると思っていた。
足元を蟻が歩いていく。
すとん、とその場にしゃがみ込み蟻をただ眺める。
必死に前を向いて進んでいく姿をぼんやりと見送る。
あんな風に進んでいるはずだった。
膝小僧に顔を埋める。
先ほどまで、火の礎ジェラールの元にいた。
彼の導くまま聖女の力を扱っていたはずが、うまくいかずため息を付かれた。
ほんのわずかに息を吐いただけだったのかもしれないが、ポレットにとっては呆れられていると感じた。
絶望が押し寄せ、潰されそうだった。
綺麗なものを見れば気分が変わるかもしれない。
中庭の花はポレットに微笑んでいるように見えたが、心の底まで届かなかった。
ふと、耳に楽器の音色が聞こえた。
コルネイル様?
執務室の窓が開いているのかもしれない。
気分転換か何かで楽器を弾いているのだろう。少し変わった旋律が不思議で顔を上げる。
何処からだろうかと首を巡らせる。
視界の端にジェラールが回廊を歩いていく姿が映った。
よく見れば腰に剣を差している。彼は時間が出来れば、剣の稽古をしているらしい。護衛官たち相手に練習する様子を幾度か目にした。
ジェラールが立ち止まるとアレクシが現れた。神官たちを引き連れているので、打ち合わせか何かをしていたのかもしれない。
暫く立ち話をした後、彼らは別方向に分かれた。
ぱたぱたと幾人かが足早に別の回廊を駆け抜けていく。
振り返れば抱えるほどの荷物を持ったフロランである。
後ろからメイドたちも同じような荷物を抱え、彼に従っている。
充実した表情をしているのは待ちに待ったものが手に入ったからなのかもしれない。
何気なくその様子を追いかけてしまう。
同時にポレットの心の奥まで鋭く何かが刺さり、切なさがこみ上げる。
あの荷物は誰のために取り寄せたものだろう?
そう考えてしまうと駄目だった。
覚束ない足取りで、近くのベンチへ何とかたどり着くと、身体を投げ出すように座る。
自然と瞳が潤む。
フロランが気になる。
ひたむきにレインニールに向かう気持ちが羨ましい。
それに気づいたフロランからこの間、はっきりと言われた。
だから、レインニールの事を聞いて、いろんな理由を探して自分を納得させようとしていた。
常に冷静に話す様は冷たい印象が強い。
けれども、フロランが慕うほどの何かを持っている。
事実、聖女王や礎たちからの信頼は厚いようだ。
聖女王候補の自分とは比べ物にならない。
そのことに気付き、ポレットは激しく落ち込んだ。
どうやってもレインニールには敵わない。
フロランを振り向かせることは難しい。
だから、この思いは届かなかった。
流れる涙を袖で拭って、顔を上げる。
その先にレインニールが立っていた。
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