第31話 ポレットの聖女日記・7

 最終試験も中盤に差し掛かると外に出て地方の聖殿に行くことが増えてきた。

 聖女王候補とはいえ力があるのは確実なので、聖殿へ赴き祈りを捧げる。

 目に見えて何かが直接作用しているわけではないが、聖殿に勤める神官や民衆からは感謝され、ポレットは面映ゆい思いをした。


 今回は街ではなく、森の中にある古い聖殿跡に向かうことになった。

 馬車は通れない道を行くことになり、ポレットは地の礎アレクシと一緒に馬に乗る。

 乗馬の経験がなかったためだ。


 水の礎フロランとレインニール、護衛官や神官も幾人か付いてきている。

 エメリーヌは他の聖殿へ行くらしく、火の礎ジェラール風の礎コルネイルはそちらに同行している。


 いつもドレス姿のフロランは馬に乗るため貴公子の姿だった。

 白いシャツを着ているが襟や袖には刺繍の入った布が使われており、一目見て高級品だと分かる。それに合わせたジャケットは暗い色だが、陽があたると濃い赤色に変わる。ボタンも髪の色に合わせた金色でキラリと輝いている。


 一方、レインニールは通常通り、研究員の制服だが、タイトだったのをフレアたっぷりのスカートに変え、一人器用に横乗りをしていた。

 馬を迷いなく導くのも様になっており、手慣れた様子にポレットは感心していた。


「レインニール様は馬もお上手なんですね」

 聖女王になるためには乗馬も覚えなくてはいけないだろうかと悩んでいたため、思わず言葉が漏れた。


「昔、仕込まれましたので」

 そっけない返事だが、視線がポレットの背中のほうへ動いたのと、わずかにアレクシが反応したのが同時だった。

「私が教えたのだ」


 師弟関係だったと知り、二人を見比べる。

「筋は良かったし、馬も良く懐いた」

「ありがとうございます」

 笑顔もない形だけの言葉にポレットは不安になる。


 レインニールは誰にでも愛想がないわけではないが、アレクシに対して特に冷たく感じることがある。昔からの馴染みだという二人の間に溝があるらしいことは何となく察していた。

 周りの者もそれを率先して改善しようとしないところを見ると、そう簡単に埋められるほど浅いものではないようだ。


 アレクシは諦めているのか、不愛想に対応されてもすぐに怒ることはない。レインニールの棘のある態度をなるべく甘んじて受けているようだった。


「先行します」

 その場に耐えられなくなったのかレインニールは馬を走らせる。

 かわりにフロランが隣にやってきた。


「褒められたから顔を見られたくないのよ」

 貴公子姿でもフロランの口調は変わらない。

「分かっている」

 アレクシはどこか嬉しそうに答える。


「え?レインニール様、そうなんですか?」

「恥ずかしがり屋なの、本当は。服を用意してあげても制服で良いっていうのよね」

 それは違うとアレクシとポレットは思った。


「以前から気になっていたが、フロランはレインニールのドレスを用意しているが…」

 アレクシは語尾を濁す。

「そうよ。だって、制服しか着ないのよ。あの銀髪だって素敵なのにそれに合うドレスを着て欲しいじゃない?」

 確かに、レインニールの銀髪は絹糸のように滑らかに輝いて許されるなら触ってみたいとポレットは思っている。

 どんな髪型でも似合うだろうし、制服以外の服装も是非、お願いしたい。


「レインニールに依頼されているわけではないのだな?」

「違うわ。一から私が選んでいるの。さすがに補正とか必要になるから仮縫いの時には本人に着てもらうけれど、何かご不満?」

「いや、そうなのか…」

 何か気になる点があるのかアレクシは歯切れが悪い。


 そして、ポレットはその原因に思い至った。

 仮縫いの時に本人が着るとはいえ、その前に採寸があるはずである。

 思わず、青ざめてしまう。


「え?ポレット、顔色が悪いわよ?どうしたの?」

「だ、大丈夫です。お気になさらずに」

 出来れば、大至急レインニールのところに行って確かめたかった。

 採寸はどうしているのかと尋ねたかった。


 やっぱり、お二人はそういう関係なのですか!


 いくら好いた相手でも事細かに体の数字が必要なドレスを作ってもらうことに抵抗はないのですか!


 フロラン様はそれをレインニール様に聞くのですか!


 レインニール様はそれを素直に伝えるんですか!


 あわあわあわ。

 ポレットは一人、口を開けたり閉じたりと忙しく、これから聖殿跡で祈らなければならないということをすっかり忘れてしまっていた。

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