第22話

 女はサシャを疑わしい目で上から下まで見る。

「うちに、何か?」

 ぶっきらぼうに言うのは、この村では不自然に感じるほど整えられた服装ににこやかな笑顔、そして、一人ではなく複数の青年が押しかけているという状況だったからだ。


 女はひっつめ髪に粗末な布の服、痩せた体に肌は日に焼けているだけでなく、体調不良なのか色も悪い。

 サシャは年ごろからレインニールの母親だろうと思ったが、あまりに印象が違うことに驚いた。そういえば、メイドたちが聖域に来た時はみすぼらしい姿だったと言っていたことを思い出した。


「あの、レインニールという少女の自宅はこちらでよろしいですか?」

「違います」

 サシャの言葉に食いつくような勢いで否定する。

 しかし、明らかに顔色を変えた。

 視線をさ迷わせ、周囲を確認する。そして、息を止め、目を見張る。

 レインニールが立っていることに気が付いたのだ。


 その様子に確信して、サシャは一歩踏み込む。

「心配されるようなことはありません。ただ、もう暫くレインニールをこちらで育てていただきたいという」

 弾かれる様にサシャの顔を見上げる。

「ですから、レインニールなどという子は知りません!お帰り下さい」

 キッと睨みつけると、背を向ける。


「あ、最後まで話を!」

 返事はなく、サシャの鼻先で戸が閉められる。

 木同士がぶつかった大きな音に驚いたのか、中から幼子の泣き声が上がる。


 暫く、サシャは放心して目を瞬かせる。

 実の母親だと分かった。わが子が帰ってきたのに拒絶された。

 この状況をどう処理したらいいのか、見当が付かない。


 まさか、家に帰れないなど陛下や補佐官は露にも思っていないだろう。

 どうしたものかと、ゆっくりと振り返る。その先にはレインニールが固まっていた。

 神官たちもあまりの事態に動揺を隠せないでいる。

 ここで役目が終わると思っていたに違いない。


 サシャはもう一度、母親に声をかけようとしたが、ゆっくりと自分たちに近付いてくる老人の姿に目を止めた。

 杖をつきつつ、自分たちの傍までやってくると悲し気にレインニールを見た。そして、サシャに向かって頭を下げた。

「申し訳ない。レインニールを連れて行ってはくれないだろうか?」

 その申し出にサシャたちは言葉を失った。



 男は数年前まで村の世話役をしていたという。

 陽も暮れたが、構わず男はサシャたち一同を自宅へ招き入れた。

 自宅と言ってもサシャたちが座れば、床が埋まってしまう。この辺りはどこも同じ造りであるらしい。


 相変わらず、レインニールはサシャの上着の裾を掴み、怯えるように辺りを警戒していた。

 元世話役はレインニールを知っていたが、レインニールは誰か分からなかった。


「実は領主様は領地内から聖女王候補が出たと大変喜ばれ、その家族に褒賞金を渡したんじゃよ」

 初めて聞く話に、聖域から来た神官たちは驚いていた。

 サシャ自身も聖女王候補というだけで褒賞金が出るなど初耳だった。

 色めきだつ彼らを抑えるように元世話役は手を挙げる。


「分かっておる。本来なら金が絡むなどあってはならない。ただ、このような辺境が聖女王にかかわるなど滅多にないこと、どうかお許し下され」

 ゆったりとした動作で手を下ろすと沈痛な面持ちでレインニールを見る。

「本当に申し訳ない。レインニールが悪いわけではない。ただ、このような貧しい村に大金があるというだけで人々が狂ってしまう。情けない、誠に情けないことじゃ」


「何が、あったのですか…?」

「御覧の通り、この村の家々も粗末な作りだ。入ろうと思えば誰でも簡単に入ることが出来る」

「では、その金を盗まれた?」

「いや、結果的には盗まれはしなかったが、疑心暗鬼に囚われた。そして、レインニールの父親は大金を持って行方が分からなくなった」

 ひゅっと短い息を吸ってレインニールはサシャにしがみ付いた。

 冷たくなった手を安心させるようにそっと包む。

「今も?」

 元世話役は首を振る。

「行商人などに聞いてはみるが、分からずじまい。母親は身重だったのでな、探しに出る者がいなかった。親族も農作業に忙しく、そうこうするうちに母親は産気付き、双子が産まれた。玉のような男の子じゃ」


 そういえば、家から聞こえた赤子の声は二つだったような気がするとサシャは思い出した。

「そして、豪雨で川を見に行った爺さんが亡くなった」

 震えるレインニールをサシャは抱え込む。

 塞翁が馬とはいえ、あまりに短期間の出来事に愕然とする。


「今、あの家に戻ったところで恐らくレインニールを育てることはできまい。何処かに売られるだろうて」

「人を売るなど、禁止されている!」

「この村では当たり前のこと。豪雨で畑もやられた。冬が来る前に幾人の子らが出ていくことになるだろう」


 サシャは茫然として聞いていることが真実として中々受け止めきれずにいた。

 悪い夢でも見ているのではないかと思ったが、感じるレインニールの体温が現実だと知らせてくる。


 売られるなどとても聖女王に報告できない。

 家族のもとで育つことを望んだというのにこういう結果になるとは思ってもみなかった。

 このまま、村に置いていくことは危険だった。


 元世話役はその場に深々と頭を下げた。

「お願いします。レインニールのため、連れていってくださらんか?」

 断る言葉をサシャは見つけきれず、ただ、レインニールを抱きしめ続けるしかできなかった。

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