*後日談*王子様の千悔と、公爵令嬢の本心。

拙文をお読みいただき、本当にありがとうございます!

後日談の第二話は王子のお話しです。

お楽しみいただければ幸いです♡




***********************





「これまでにもヘイリー殿下の行動は問題視されておりました!

自体の重さを考えれば皇位継承を剥奪し、臣籍降下が妥当です!」


「そうだそうだ!」


「いやしかし、いくら殿下が重大なミスを犯したとはいえ、臣籍降下とはいかがなもんですかな?

あくまでも主犯は子爵令嬢ですし、若い頃には恋に溺れて盲目になることもあるでしょう。」


「確かに若気の至りというのもありますなぁ。

貴殿にも覚えがあるのでは?」


「なんと無礼な!

私はそのような愚かな真似をしたことなどない!

第一今回のことは恋に溺れたなどでは済まないであろう!

下手をすれば公爵令嬢が無実の罪で国外追放されるところだったんですぞ!?

それを考えたら臣籍降下など、軽い処分ではないか!」


「いやしかし、ヘイリー殿下は亡き王妃マルグリット様の忘れ形見であり、儚く散ったあの方のことを思えば…!」


「確かに故王妃はヘイリー殿下に対して心を砕いておられたが、そもそもは王妃様が殿下を甘やかしたことが問題なのだ!」


「そうだ!元はと言えば、周りの者の忠告も無視して殿下を甘やかし、愚かな人間に育てた王妃様の責任でもある!

殿下は未成年であるが、今は亡くなって王妃様が責任を取れないとなると、やはり臣籍降下は妥当な手段だ!」






その日、議会は紛糾していた。

内容は三ヶ月程前に起こった、王立学園の卒業パーティでの婚約破棄騒動のヘイリーの問責決議だ。


あれからしばらくして主犯格の子爵令嬢ルイーズやその父親、偽証人として立った男爵令嬢キャスリーンの裁判が行われ、子爵家の取り潰し並びに主犯二人の強制労働やキャスリーンの修道院送りが決まったため、ついにヘイリーの責任が追求されることとなった。


しかしヘイリーは皇族であるため、罪に関しては裁判にかけられることはない。

皇族の進退は国王夫妻並びに議会に一任されるため、ヘイリーは議会に招致されて沙汰を待っている。

だが議会は混乱し、決議は一向に進まなかった。


この国の国王は賢王で権力が比較的強いため、表立ってそれぞれの王子の派閥が争うことはしてこなかった。

まぁ水面下では色々あったのだが、表面上は穏やかに、お互いに小さな牽制程度で済んでいたのだ。


しかし第一王子のヘイリーが今回の問題を起こしたことで、状況は一変した。

これまで静かに虎視眈々とヘイリーの失脚を狙っていた第二王子派は、これを機にヘイリーの王位継承権剥奪と臣籍降下を声高にするようになり、第一王子派は窮地に立たされることとなった。

そして今に至る。




議事堂内で大臣や貴族達が言い争うのを聞いて、ヘイリーは辛そうに眉を寄せて下を向いている。

自分の愚かな行いを責められるのはわかっていたし、それについて文句を言うつもりは無い。

ただ自分のしたことによって亡くなった母までが酷く言われるのは酷く堪えた。


「母を悪くいうのはやめろ!」


そう叫べたらどんなにか楽だろう。

だが今そんなことをしたら、議会は更に荒れることになる。

ただでさえ王位継承権剥奪や臣籍降下の話が出ているのに、そこへ火に油を注げば反省の色なしとみなされ、下手をすれば貴族籍すら剥奪されるだろう。

流石のヘイリーもそれくらいはわかるので、今はただ唇を噛んで耐えるしかなかった。





「皆静粛に!」


それまで成り行きを見守っていた国王が声を上げると、その場はこれまでの喧騒が嘘かのように静まり返る。

そしてそれを見渡した国王は、隣にいた側妃のイーディスとヒソヒソと話をして頷いた。


「第一王子ヘイリーの進退について、側妃であるイーディスにも意見をもらいたいと思う。」


本来なら側妃が議会で発言するなどということは有り得ないのだが、これまで王妃の代理として国の為に尽くしてきたイーディスの言葉に、臣下達は静かに耳を傾けた。


「側妃の私が口を出すのはどうかとも思うが、国王陛下にお許しをいただいたので、皆にどうか聞いてもらいたい。

皆それぞれ思うところがあるだろうが、まずは私は今は亡き王妃マルグリット様に責任はないと考えている。

確かにマルグリット様はヘイリー殿下をとても慈しんでいらっしゃった。

それに対して「それが過剰だったのが問題なのではないか」という意見もあるが、私はそれを否定するつもりはない。

しかしそのお気持ちが行き過ぎてしまった時、お諌めし切れなかったのは他ならぬ私だ。

私はマルグリット様の臣下として、また王妃殿下のお側に居た側妃として進言すべきであった。

マルグリット様亡き後も私は側妃としてヘイリー殿下をお諌めすべきだったところ、亡き主君の面影恋しさに自分を律しきれなかった。

死んだ者に生きている者を導くことはできない。

それが出来るのは同じく生きている人間だけだ。

であれば、その責任を問われるのは私も同じ。

全ては不甲斐ない、私の責任でもある。

殿下の側にいる大人として導き切れなかったこと、その結果この様な大きな問題になってしまった事を、まずは公爵令嬢アレクシア様並びに公爵家の皆様方に心よりお詫び申し上げる。

それと同時に、いらぬ混乱を招き心配を掛けてしまった皆にもお詫びしたい。」


そう言って立ち上がると、イーディスは静かに頭を下げる。

臣下達からは驚きの声が上がり、辺りは騒然となった。

ヘイリーはイーディスの言葉を聞き、胸が締め付けられるようだった。


あの時もそうだった。

婚約破棄騒動の現場である王立学園の広間からルイーズと共に連れ出されたヘイリーは、そのまま王宮へと連れて来られた。

国王や宰相からの叱責を受けて憤ったヘイリーは、護衛を振り切ってアレクシアの元へと向かった。

その後アレクシアとデュークに説明され己の仕出かしたことと母の気持ちを理解したヘイリーは、気落ちしたまま王宮へと戻った。


自室に帰り、どうするべきかと悶々としていた時、部屋を訪れたのが側妃のイーディスだった。

彼女はヘイリーを見るなり、深々と頭を下げて詫びた。

自分が不甲斐ないばかりにヘイリーに迷惑をかけた、と。

亡きマルグリットに代わって自分がヘイリーを支えなければならなかったのに、政務にかまけてそれを怠った、と。

こんな不忠義者をどうか許して欲しい、と。


何故イーディスが頭を下げるのか、ヘイリーには意味がわからなかった。

一体彼女のどこに非があったのか、少しもわからなかったからだ。

しかしそれでも、こんな浅はかな自分のために心を砕いてくれていることが、深く胸に突き刺さった。








「今回のことについてだが、一番の被害者はヘイリー殿下の婚約者であったアレクシア様だ。

私はアレクシア様のお気持ちこそ優先すべきだと思うが、皆はどうだろうか?」


その言葉にザワついていた臣下達も、次第に賛同の頷きを送っていた。

それを確認したイーディスが、傍聴席に座っていたアレクシアに視線を送る。

議長に前に出るようにと促されたアレクシアは、事務官の指示に従い議事の場へと躍り出た。


「アレクシア様にお伺いしたい。

此度のことについて様々な意見が出ていることは今この場でお聞き及びかと思うが、ヘイリー殿下の進退については如何お考えだろうか?」


演壇に立ったアレクシアは、イーディスからの言葉を受けて静かに議員席に座る貴族達を見渡した。

そして、


「国王陛下、側妃イーディス様、並びにご列席の皆様方に申し上げます。

わたくし、アレクシア・ルステンバーグは、元婚約者である第一王子ヘイリー殿下に対する罪罰を一切希望致しません。

その代わり、イーディス様による第一王子の再教育を強く希望致します。」


アレクシアの高らかな宣言に、辺りは混乱を極めた。

ザワザワとどよめく議事堂内に、ゴンゴンとキャベルを打つ音が何度も響く。


「静粛に!静粛に!」


議長を務めている宰相が声を張るとどよめきは落ち着いたものの、まだそこらかしこで貴族達からの混乱の声が上がっている。


「アレクシア様、貴女様こそヘイリー殿下への厳罰を願っておられると思っていたが……。

理由をお聞かせ願えますかな?」


宰相の言葉に深く頷くと、アレクシアはゆっくりと話し始めた。





「確かにわたくしは、先日の騒動を受けてとても大変な思いをいたしました。

身に覚えのない罪を着せられ、卒業パーティという大勢の貴族子女や来賓の集まる場で断罪され、とても怖かったのは事実です。

ですが、わたくしには支えてくれる人がいました。

ヘイリー殿下のお側にいた側近のセドリックやニコラスはわたくしの幼馴染としていつも相談に乗ってくれていましたし、何かあれば殿下に苦言を呈してくれていました。

侯爵令嬢のブリジット様は普段はあまり交流はありませんでしたが、ルイーズ嬢の企みを知った時にはいち早くわたくしの元に駆け付け、いざと言う時は力になることをお約束くださいました。

第二王子のデューク様は表立っての支援はありませんでしたが、でも陰ながらいつも応援してくださっていました。

家族もそうです。

私が困った時にはいつも相談に乗り、助けてくれていました。」


そう言って皇族席に座るデュークや、貴族席、傍聴席に座る家族や幼馴染を見遣る。

みんなどんな時でもアレクシアのことを心配し、助けてくれていた。

いくらアレクシアが特出して秀でていても、周りの助けが無ければここまでやってこれたとは思えない。


「ですが、ヘイリー殿下はどうでしょう?

幼き日に最愛の母に旅立たれ、父である陛下は政務にお忙しく親子としての時間はあまりありません。

側妃であるイーディスさまは主君の忘れ形見にお心を砕いていらっしゃいましたが、それも側妃というお立場を考えれば多く口出しもできません。

側近達も同じです。

いくらお近くに居たとしても、側近は側近。

主君に対しては遠慮もあり、実家との関係を考えれば強く言えぬこともあったでしょう。

わたくしも同じです。

いくら婚約者とはいえ、王子と公爵令嬢という身分の前に、遠慮があったことは否定できません。」


まぁそもそもヘイリーがルイーズも出会ってからは、これ幸いと本懐を遂げるためにアレクシアが裏で手を回していたことは秘密である。


「そういった孤独な状況で、下心があったとはいえ自らの心に寄り添ってくれる者が出てきたら、心が揺らぐのは当たり前では?

王子は王子である前に、一人の感情を持った人間です。

時には過ちを犯すこともありましょう。

それを責め、咎めることだけが最善とは、わたくしには思えないのです。」


ヘイリーの置かれた状況を想い熱弁を振るうアレクシアに、一同は心打たれたように深く頷いている。


「確かに間違いは間違いです。

ヘイリー殿下が盲目になられていたことは否めません。

ですがヘイリー殿下に王子たる素質があることは、近くで見てきたわたくしは知っております。

だからこそのやり直しを。

イーディス様のご教育については、第二王子であるデューク殿下をご覧いただければわかるはず。

それにより、ヘイリー殿下の再教育に相応しい方こそ、イーディス様であるとわたくしは思います。」


アレクシアの言葉に国王やイーディスが拍手をすると、議会からは大きな拍手が上がった。







議事堂を後にして王宮に向かって廊下を歩く。

廊下一面に敷かれた重厚なカーペットは、毎日誰かが歩いているのにこんなにも美しい。

ここを掃除するメイド達はとても真面目なのだなと思いながら、アレクシアは感心していた。


「アレクシア!アレクシア、待ってくれ!」


カーペットのお陰で音は半減されているが、パタパタと駆けてくる音に振り向くと、そこにはヘイリーがいた。

咄嗟に控えていた護衛の騎士が前に出るが、アレクシアはサッと手を上げると後ろに下がらせた。


「ヘイリー殿下、廊下を走るのは感心しませんわね。」



微笑みを浮かべながら窘めるアレクシアにヘイリーは一瞬気まずそうに視線を泳がせたものの、すぐに頭を下げる。


「不躾な真似をしてしまい申し訳ない。

ご忠告痛み入る。」


その殊勝な言葉に、アレクシアがおやっと眉を上げる。

二人の後ろに控えている護衛達も、態度にこそ出さなかったがその瞳はかなり驚いているのが見て取れた。

あの第一王子が謝った、と。


「謝罪していただく必要はございませんわ。

それで、如何なさいましたか?」


アレクシアの言葉に頭を上げたヘイリーが姿勢を正す。


「まずはお礼を言わせてくれ。

議会では私のために心を砕いてくれてありがとう。

私はお前に対してあれだけのことをしたのに……その……まさかあのように庇ってくれるとは思わなかった。」


「礼には及びませんことよ。

わたくしは思ったことを申し上げただけですし、以前にも申し上げましたが今回のことは私も手を加えておりましたから、ヘイリー殿下だけが責を負う必要はないと思っております。」


「そうか……。」


「それに、今回のことはイーディス様からのお願いでもありましたから。」


「イーディス殿の?」


ヘイリーの問責決議が決まってから、イーディスはお忍びで公爵邸を訪れていた。

側妃という立場の人間がおいそれと王宮を出ることは出来ないので、内密での行動になる。


「イーディス様は今は亡きマルグリット様の忘れ形見である殿下を、どうしても守り抜きたかったようです。

見上げた忠誠心ですわね。

ヘイリー殿下は必ず自分が改心させてみせるから、そのチャンスを与えて欲しいと懇願されましたの。

陛下からのご寵愛深い、次期王妃と目される方からのお願いを無碍にするわけには参りませんから。

それにこれはイーディス様だけでなく、陛下や殿下に対する貸しにもなりますものね。

でもそうね、感謝してくださるのならそのまま恩を大切になさって?」


にっこりと微笑むアレクシアに、ヘイリーは苦笑いした。

みなまで言われずとも、ヘイリーはこの恩を生涯忘れることはないだろう。

美しいカーテシーをして去って行くアレクシアを見送りながら、ヘイリーはその後ろ姿に深く一礼した。







「で、全ては君の思い通りになったわけだな。」


「うふふ、結果的にそうなりましたわね。」


いつも通りソファに座って寄り添い合いながら、紅茶をいただく。

紅茶を飲むアレクシアの肩を抱きながら、時折デュークがまるで猫の子を可愛がるように優しく頭を撫でてくれる。

アレクシアはこの時間が一番好きだった。


「しかし兄上も可哀想に。

結局は君の掌の上で踊らされていただけでしかないのに、恩を感じで一生君に頭が上がらないのだろうな。」


「まぁよろしいではありませんか。

ご本人はこの結果にとても満足されていたようですし。

陛下は可愛い息子を切り捨てずに済むし、イーディス様も亡き主君の忘れ形見を守れた。

第一王子派は肝心の駒は使い物にならなくなったけど、その駒を失うこともなければそれのせいで肩身の狭い思いをすることもない。

なんせ被害者であるわたくしが更生を望んだのですから、付き従っていても後暗いことはなくなりました。

第二王子派はこれで遺恨を残すことなく大きな顔が出来ますわね。

これで全て万々歳ではありませんか。」


愉しそうに笑うアレクシアに、デュークは苦笑いをする。


「そして君は兄上への寛大さを見せることで、父上や

母上や兄上に恩を売れて、臣下達には慈悲深き王子妃として自分を売ることに成功した、と。

我が婚約者ながら末恐ろしいな。」


「あら、一番はデューク様のお立場を確かにすることが目的ですわよ?

わたくしが得られる評価など、些末なものです。」


確かに周りから人徳を得られたのだけど、アレクシアはそんなもの別になくても良かった。

それよりも母親が庶民の出で、立場的に弱さのあるデュークの足元を確かにする方が重要だ。

今回のことでデュークの方が王太子として相応しいことは立証されたし、アレクシアの実家が後見に立つことも叶った。

何より今後ヘイリーが更生したとしても、アレクシアがデュークの妻である限りその立場が揺るぐことは無い。

アレクシアからしたら自身の評価が上がることよりも、こちらの方が相当嬉しい結果だ。


ただ、本来ならデュークにこそ第二王子として演壇に立ってアレクシアのように舌弁を振るって欲しいのだけど、如何せん彼は母イーディスの教育の賜物あって王子としての野心に欠けることが心配だ。

それこそ王子としての権威を奪われようが、臣籍降下の挙句貴族から庶民に落とされようが、国の為に働けるならそれで良いという見事な社畜根性が植え付けられてしまっている。


「わたくしとしてはデューク様にもう少し積極的になっていただきたいのですけど?」


じとっと隣にいるデュークを見上げると、ふっと口元を緩めて優しく口付けた。


「俺は君の尻に敷かれてる方が性に合っているからな。

裏で手を回すのも苦手ではないけど、権謀術数渦巻く王宮で目立つのは得意じゃない。

そりゃ兄上よりは上手くやれているが、アレクシアのように手の平で転がすような芸当は無理だ。

適材適所でいいんじゃないのか?」


「あらあら、困った旦那様ですこと。」


呆れたように言いつつも、アレクシアはまぁそれで良いかと思った。

堅実実直なデュークは腹芸が苦手なことも知っているし、その心根の美しさにこそ惹かれたのだから。


「ではせいぜいわたくしのお尻の下に敷かれていてくださいな。」


クスクスと笑うアレクシアに、デュークがもう一度口付ける。

ようやく訪れた幸せな時間を、しっかりと堪能するのであった。









Fin.














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